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2017年3月

2017年3月26日 (日)

読物 『裁判官の爆笑お言葉集』

ネットのどこかで見かけて、タイトルから「裁判官を揶揄する内容」であろうと思い込んだ。

普段、裁判に接する機会がない身上としては知る機会を得られたという点で良書であるが、看板に偽りありで、内容は爆笑とは無縁である。

裁判官の人情お言葉集 (幻冬舎新書)
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読物 『新書アフリカ史』

 しかしヨーロッパにおける産業革命の進展は、アフリカにより大きな富の可能性を求め始めた。奴隷でも象牙でもない商品を要求したのである。ニジェール川のデルタ地方では、それはアブラヤシであり、セネガンビア地方では落花生であった。これらの作物からとれる油は、文字どおり産業革命の潤滑油として重宝された。列車の車輪の動きを最も円滑に制御できる機械油として、あるいは石鹸やロウソク、マーガリンの原料として、ヤシ油やピーナッツ油は引っ張りだこの人気商品となった。一八一〇年には一〇〇〇トンだった油やしの輸出高は、一八五五年には四万トンを超えた。
 こうした状況を見たヨーロッパ列強は、沿岸部の拠点の確保だけではもはや満足しなくなった。内陸に押し入り領土を切り取ることを欲し始めたのである。その露払いが探検家であり、キリスト教の宣教師であった。彼らは内陸の町や村で、首長や長老に出会うとスポンサーの国旗を渡し、ガラス玉や金属器をプレゼントして保護を約束した。するとその地域は、もうその国の勢力圏ということになるのである。たとえばベルギーのレオポルド二世をスポンサーにもつスタンレーは、一八七九年からのコンゴ川探検で四〇の基地を築き、四〇〇余りの条約を土地の首長と結んだ。その結果、コンゴ全域はレオポルド二世の勢力圏となり、王の私領「コンゴ自由国」の成立を導いた。
 切り取り放題の状態を憂慮した列強は、秩序だったアフリカ争奪のための会議を開いた。それが一八八四年一一月から翌年二月まで続くベルリン会議である。会議にはアフリカの領土を奪おうとする一三の国が参加した。(レオポルド二世の私的利害を代表する今後国際協会もオブザーバーとして参加)。一三の国とは、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、ロシア、オランダ、オーストリア=ハンガリー、スペイン、ポルトガル、スウェーデン、ノルウェー、オスマン・トルコ、それにベルギーであった。会議はもともとコンゴ地域における、列強の領土分捕り合戦の調停を意図してビスマルクが呼びかけた。レオポルド二世のロビー活動の成果もあって、列強はコンゴ自由国の権益を承認するとともに、コンゴ川の自由航行権とコンゴ盆地の自由貿易地域化を図った。それとともに、紛争の種であったニジェール川についても自由航行が認められた。
 ベルリン会議では、アフリカ争奪のための二大基本原則が合意される。それは勢力範囲の原則と実効支配の原則である。前者は、沿岸部の占領が自動的に後背地の所有権を生み出すという勝手なものだ。また他国の権益のない場所を勢力圏に入れるには、列強に通告しさえすればよいことになった。後者の原則は、勢力下に置いた地域では他国の権益(通商、航行)を保護できる実体的権力を打ち立てなければならないというおのである。
 アフリカ人の存在を見事に無視したこの合意について、ケニア人の歴史家オゴトはこう述べている。「一大陸の国家がより集まって、他の大陸の分割と占領について、これほど図々しく語ることが正当化されると考えたというのは、世界史に先例がない。」

P.286

エジプトをしか、アフリカの古代文明を知らないと気づいたのがきっかけだった。他になんぞないのかと調べて本書に出会った。
本書は1997年の刊行であり、最新の情報ではないにせよ、他にこれといった書も見つからなかったので、端緒になればと思い手に取った。

まず、アフリカの古代については、新発見はあるものの、1997年の段階ではよくわかっていなかったようだ。割と頻繁に発生する気候変動が文明の固定化を妨げたのかもしれない。現在はどうなんだろう。

次に、本書の大半はアフリカの植民地化とその影響について語られている。
ハルノートなんぞは「国際社会」による異端裁判でしかなかったことがよくわかる内容だといえる。

そもそもの目的は達成できず、脳内で既知としている近代日本史と対照するを禁じ得ず読み進めることになった。興味深い内容だった。

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2017年3月11日 (土)

PS VRゲットだぜ

抽選で100名系で入手。ありがたや。

セットアップは簡単だがコードがもうアレで困る。
カメラが付属していなかったので速攻購入。よく調べもせず、ヘッドマウントディスプレイとしてだけ使えるのかなと思っていたが、カメラ必須っぽい。カメラがないとVRの初期設定が先に進まない。

付属のソフトをちょっと遊んでみたが、なんだかPC88に付属していたミコアケミを思い出してしまう。俺、ちょっとわくわくしてる?
ギャラクシアン3みたいなヤツが面白い。デモをスキップできないのが難。

カメラが俺様チャンの動きを認識できる距離でないとアカンらしく、カメラから2m離れろという。リビングで遊ぶことは想定していても、デスクで遊ぶことは想定していないっぽいというか仕方ないのか。

ソフトのラインナップはどんなもんかと眺めてたら、『RIGS Machine Combat League』が目を引いた。が、酔うらしい。初代PSのガンダムで酔った身には鬼門かもしれない。面白そうなんだが。

第一印象としては。
視界がVR空間に束縛される。コーヒー飲みながらとか難しいし、よそ見をしながらということができない。
眼鏡付けたままでも装着可能だが、前髪長めのヒトにはやや難あり。
臨場感は思っていたよりもすごい。試遊したら欲しくなるレベル。

2017年3月 4日 (土)

読物 『シルマリルの物語』

10代の後半に読んで四半世紀を過ぎた今、ようやく再読を果たすことができた。
この間、いわゆる『指輪物語』は幾度か再読できているので、本書の敷居の高さないしは我が身のヘタレ具合がおのずとしれようというものである。

本書は物語ではあるが、神話とか設定資料集のようなおもむきが強く、ミドルアースの大気を呼吸しているかのようなひとびとにとっては至福であろうとも、凡俗にはいささか身に余ると感じられるのも事実である。登場人物の多さは三国志級であろう。
此度の再読も他の本を読む間に間に読み進め、二年くらいかけてしまった。

初読の時はトールキン先生すげえ! 世界を構築するのに言語からはじめなすったなんて! 的なノリで以後私的TRPGセッションにおいてはものすげえ影響受けまくりだったが、再読の今はトールキン先生の稚気というか厨二的なアレというか、そんなことを感じてしまって生暖かく微笑んでしまうことを禁じ得ない。とはいえ、『指輪物語』という作品には一切そのようなナニは(トム=ボンディバルを除いて)ないと感じられるから、一層感慨深くもある。

新版 シルマリルの物語
J.R.R. トールキン
評論社
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2017年3月 2日 (木)

読物 『侍女の物語』

いかなる経緯によって本書を知りえたのかわからないが、なにか調べていて巡りあい、本書の概要に触れて柴田昌弘の『サライ』が脳裏をよぎり、興味を覚えた。
メイドが登場すること、環境汚染とディストピアが背景であることは共通している。戦闘メイドは登場しない。

『はだしのゲン』と『この世界の片隅に』、これを陰と陽の対としたとき、『侍女の物語』と『1984』が陰と陽の対をなしているという印象を得た。『1984』を陽とするのもなんだが、そんな印象を得てしまった。『帰還―ゲド戦記』の読後感とも似ている。
要するにちょっと生臭い。

近頃、一息に読み終えることができることは稀となってしまった。ほとんど一息に読み終えてしまった本作品はそうさせたという事実だけでもすぐれた作品であると強く感じるが、10代に出会っていたのなら読破できなかったかも知れないとも思う。

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)
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