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2016年6月

2016年6月26日 (日)

アニメ 『ばくおん!!』

nasne と PC TV with nasne を導入したので、機器の使い勝手を知るためもあり、2016年春はわりとアニメを見ることにした。

内容を全く知らず、バイクが出てくるけいおん的アニメだろうという程度の気分で期待せずに見ていたのだが、あるある感でかなり楽しめたし、座保とか木戒とかルパン三世パート2のEDとか、小ネタも面白かった。

いくつか思いがけず心に響く言葉が発せられたので、記しておこうと思う。

1.バイクは馬鹿にしか乗れない!

2.バイクはね、走りたがっていないのよ、倒れて横になって寝ていたいのよ
 ≒「バイクがよくコケる」のは、寝ていたいからだ

そんな風に考えたことはなかったが、言いえて妙である。

3.ツーストが絶滅した本当の理由が分かったよ!こいつは実にけしからんバイクだからだ!

これについては、加速中のニヤけ顔には覚えがある。
V-Maxに乗って加速中にバイストンウェルに逝きたいとか思う。


振り返ってみれば思うところもいろいろあるが、一言で述べるならば、
ウチにもバイクの妖精一人ください。


余談だが、原作漫画の絵はアニメのCMでしか見たことがないが、どことなくそうま竜也に似ている気がした。

2016年6月24日 (金)

わがせいしゅんのくろれきし

気になることがあって、25年前くらいの落書き帳を発掘することになった。

黒歴史とはよくいったもので、かつて自分の落書きについてそこまでは思ったことはなかったのだが、ずいぶんと久しぶりに見てみれば、まごうことなきそれであった。

気分は神魔姓を受け入れがたくのたうちまわる朝霧ダンのごとく。

見るに耐えぬものもあればそうでないものもあり、だんだんと見慣れてきたせいか、そのときどきに読んでいたあれこれが思い出される。影響を受けたものが絵柄に反映されているわけだ。

ボルドーとかエルデガインとかセイバーキャッツとかTo-yとか。似せるとかそういうのでなく、諸作家の特徴的ななにかを模倣しようとしている風。

一人で悶えているのもなんなので、ひとつ、公開しようと思う。

01

大学時代、ギルドと名のつくサークルに所属していた。
この絵の中で万人がああと思うであろう特徴的なキャラ、すなわちジブリのナニっぽいアレは、そのサークルの初代ヲサを示している。
ヲサの背後で銃のようなスタンドを頭に突き付けているのは、いまはしゃちょー、かつては閣下と呼ばれた男である。
ヲサの鉤爪に鷲掴みにされている、なにやら羽のついた兜をつけているメガネ氏との対照をみればわかるように、ヲサは閣下へは手出しをせぬ男だったが、へらへらと笑う羽兜の人物には手出しをする男だった。もちろん、手出しをされるような要因がなかったわけではない。
そうしてじゃれあっている三者へバイクらしきものでダイブしているのは誰だろう。当時、RZ250Rに乗っていたなあ。

これは普段の絵柄ではない。なにを思って描いたのかも覚えていないが、なにも考えずに描いたのだろう。
バイクの絵がまあまあうまく描けたから、そこだけペン入れしてみたのかもしれない。


もう一つ。

02

あの頃信者であったという自覚はない。CDのジャケットか雑誌かなんかに載ってた写真を見て描いたのだと思う。こんなこと滅多にしないので、よほどイカした写真だったのだと思う。
これも普段の絵柄ではないので、気恥ずかしくない。

こういうのが何冊もある。講義ノートのようなタイトルが記してあるノートが、TRPGのシナリオノートだったりする。
なかなか処分できないものだ。誰かが拾って見たと妄想するだけで死ねる。

2016年6月21日 (火)

山本貴嗣 続編マンガ『剣の国のアーニス2』制作支援プロジェクト!

支援した金額は、240pのコミックと考えれば馬鹿高いが、同人誌8冊と考えると激安なくらい。支援コースが変更できれば・・・

ともあれ、プロジェクトが成立した記念に、いろいろ買ってしまった。
なんだか知らんがヤケクソのように安いので、持ってるものも買ってしまった。

『シンバット』とか『エルフ17』とか読んでると、絵は確かに今現在のほうが進化しているけれど、昔の絵が好きなんだなあと思う。鳥山明にも同じことを感じる。

『紅壁虎』とか『弾』は初読で、というのも随分と前のことだが、『Mr.ボーイ』あたりでなんとなく興覚めしてしまったからで、久々に氏の作品に触れたからか、とても楽しく読めた。『紅壁虎』も『弾』も、終わりが見えてきた頃になんだか知らんがすげえはっちゃけて、一段と面白くなった。

個人的には氏のベストは『セイバーキャッツ』か『アーニス』と思っていて、次点が『不夜城』。
ゆえに、こたびの企画成立はすげー嬉しいのである。

余談だが『クラダルマ』をまた読みたくなってしまった。持っていたのにブックオフの出張買取という災禍にあって失われてしまったのだった。

2016年6月18日 (土)

読物 『遥か凍土のカナン』

公女将軍とはなんなのか、途中どうなるかと思いもしたが、良く完結した。
大団円に至る裏事情にややすっきりしない部分も残されているが、ローティーンのときすでにロシアから日本まで単独行を果たした人物ならばそういうこともできるだろうくらいで、腑に落ちなくもない。
世間はもうやらないヒーローばかりでなんだかなあと思わせる作品ばかり名昨今、やりすぎるヒーローであったことも良い。

シベリア出兵に関する文献は最低一冊読んでいるはずなのだがすっかり忘れていて、この物語で触れられる可能性をまったく考えていなかった。
そういう時代だったとはいえ、日本もやらかしてんだよねえ。

2016年6月13日 (月)

その後のCOBOL

オープン系のみという口約束は順当に無視され、Pro*COBOLからCOBOL、つまりはメインフレームというモノをいじることになった。

20年前すでに遠くない未来に消え失せるといわれていた技術がなぜいまだに残っているか。

その謎を解くためにいろいろと検索してみたが、強い説得力があると思えたものはただ一つ、リプレイスできないから、ということだけだった。

COBOLがいかにすぐれているか、メインフレームがなぜ家庭に流布しなかったかを説く論なんかにも巡り合ったが、まあネタであろう。
前者については数値型の扱いについてのみそうなんだろうねと肯きつつも、ゆるゆるな型定義で実装していたり、DB2をシーケンシャルファイルのように運用していたりする例を見てしまえば、所詮は設計次第であり、実装次第であろうということになり、特に優れた利点というわけでもないと思える。後者についてマジレスすれば、ン千万もする役立たずを家庭で所有できるもの好きはごく少数であろうということだ。メインフレームの利点として堅牢性があげられているが、タイムシェアリングいう仕組みはすげー弱点にもなりえるし、ン千万もするんだからPCサーバの何倍かは堅牢であらねばなるまい。これもまた、リプレイスできないからという現実を美辞麗句で包もうとしたとしか見えない。

COBOLのプログラミングは楽しくない。メインフレーム上だともっと楽しくない。
プログラマがSEという幻想の上級職へのクラスチェンジを目指したのもうなずける。うまくいっても評価されず、より多くのスタックを積まれるのがプログラマの報酬だ。SEならば評価はもう少しましな実利になろう。

どんなつまらないものでも得るところはあるもので、資産に見合った開発現場というものもあって、人生で初めてわりとまともにウォーターフォールを経験することになった。もちろん、世間一般的な、逆流するウォーターフォールである。コンピュータがマジでタイムシェアリングシステムだった時代に、社員を遊ばせておかないためにひねりだした手法が、とりかえしがつかないくらい流布してしまって権威をもつにいたってしまったんじゃないかと疑える、QWERTYのようなシロモノだ。
上流から流れてくる水はひどく濁っているのだが、下流がそれを濾すコストは見込まれていない。ので、上流に水を運んで行くと濁りが増して、再び濾すことになる。上流から汲みにくることはない。濁りが残っていると文句をつける。どのへんでコストが発生しているか理解していない。全部下流が悪い。

老害というものも、業界内の技術的見地では初めて体験した。COBOL本位制だ。COBOLができなければ人にあらず。
MSアクセスのフォーカス制御がわからないといって質問されたときのこと。ある処理をしたらテキストボックスにフォーカスするというものだが、どうやってフォームを作ったかによって、また相手の技術力によって説明難易度が異なるため即答を避けたら、よりにもよってCOBOLだったらこんなこと簡単にできるとぬかしやがった。プチ切れてCOBOLってのは画面スクロールできるんですがと尋ねたらできないとのたまって黙った。
COBOL=メインフレームというガイネンしかもたない技術者もどきがSEを気取っていたのがこの三十年なんだろう。
あるいは、嫌COBOLが技術を発展させたのかもしれない。

技術者不足だからというだけではなかろうが、義務教育でプログラミングが必須になるという。
技術者不足ではなく技術に見合った報酬を出さないだけだとどこかで見たが、それは強くうなずけるところだ。単価を惜しむ相手に対しては、単価に応じて能力を出し惜しみしたくなる。

2016年6月 4日 (土)

読物 『ブラウザハック』

読みこなすのに必要な知識を十分に持ち合わせていないためにナナメ読みになってしまいかつ、読了までに一か月半もかかってしまった。

時にはプロトコルやそれより下層のデータを解析して、コンピュータに侵入する方法を種々紹介している。
ターゲットは主にブラウザである。いろんな手口があるもので、持ち合わせの知識でもへえと思うことはできるが、それを行うのにどれほどの労力を要し時間をかけるものなのか、どれほどの幸運を要するものなのかはわからない。
電源入れっぱなしのコンピュータで、かつブラウザを表示しっぱなしのコンピュータはリスクを負っているということは認識できた。

攻撃者の立場から防衛を顧みる趣旨の内容であるが、自身のような読者には具体的措置はといえば、使ってないときはコンピュータの電源を切ろう、切らなくてもブラウザは起動しないでおこう(フックされていたら手遅れだが)、アンチウィルスは気休めでも導入しておこうくらいしか思いつかない。

ちかごろ話題のなんちゃら10とかいうOSは開発元にフックされているようなもんだから、対抗措置も無意味かもしれないが。


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