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2016年4月

2016年4月30日 (土)

アニメ 『新訳 Zガンダム』

三部作だと知って、完結したら見ようと思って忘れてた。

うん、Zガンダムに強い思い入れがないせいか、とても楽しく鑑賞できました。まる。

・・・

古い映像と新作映像が混在していて困るとかいう感想も聞いたけれど、そんなには困らなかった。MSが新しすぎて困ったのは0083とかで、新作部分はいわゆる作画の良い回みたいに見ることができたように思う。
新作部分は原作の挿入話的な働きもしているように感じられて、うろ覚えながらもTV版を視聴していたものにとっては、既存の部分を都合よく脳内で補完して、新エピソードをヲタク的に楽しんだということになろうか。
腰に手をあてて出撃するキュベレイとか、ビジュアル的にも楽しかった。

TV版オンエアの頃はフォウさいこーと思っていたけれど、おっさんになったせいか、ファええなーとか思いながら。

2016年4月29日 (金)

アニメ 『学戦都市アスタリスク 1期』

TVを見なくなって久しいが、Vitaで見ることができたらまた見るようになるだろうか。
そんな風に思ってnasneを手に入れた。

結局TVはろくすっぽ見てない。
腐らせるのもなんなので、使い心地を知るために2016年4月アニメを録画して見ることにした。ついでにドラマも1シーズン4話分を録画したが、出来がアレっぽいので15分しか見てない。

新作アニメのTV放送とかまるで興味がなかったのだが、見てみると面白い。今のところ、『ジョジョの奇妙な冒険』『甲鉄城のカバネリ』『山賊の娘ローニャ』がとてもよい。『ジョーカー・ゲーム』は微妙だが、まあよい。『マクロスΔ』と『ばくおん!』と『ふらいんぐうぃっち』はあわないっぽい。
『学戦都市アスタリスク 2期』は前者だったが、1期をアニマックス PLUSで見てちょっと微妙なカンジになった。2期だと知らずにいきなり見てなかなかいけると思ったのだが、1期を見たらあんまりそうでもないと思うようになってしまった。なんでかな。


ところで、いわゆるTV機器が存在しない環境において、nasneを軸とした視聴システムはかなり便利だという感想を得た。
PC TV with nasneはPCでnasneを使用するものだ。使いもしない野郎が作ったような変な使い勝手があるが、便利ではある。nasneやtorneに録画したものをPCやNASやBlu-rayに移動できる。ただし、PC TV with nasneで作成したBlu-rayディスクは、PC TV with nasneでは再生できない。データとして保存するのではなくBlu-ray形式で保存するため、別途、Blu-ray再生ソフトなりが必要となる。インデックス表示がなされないため、ビデオテープの早送りな感じで次の動画の頭出しをする必要がある。PS3ではインデックス表示されるので、PS3または専用再生機で見ろということか。
めったに使わないが、Androidでもアプリ経由で視聴できる。
もちろん、Vitaでも視聴できる。torneだけだと録画したものオンリー、nasneを追加するとTV視聴が可能となる。
これまで家内Wi-Fiは存在するだけというものに過ぎなかったが、やっと利便性を確認できたことになる。

2016年4月25日 (月)

読物 『氷と炎の歌』

ぎぶあっぷ宣言など書くにも値しないのだが。

このシリーズを初めて見かけたのはロバート・ジョーダンの長編シリーズが何冊か並んでいるところを見かけたころで、なにか洋物ファンタジーシリーズを求めていた時のことだった。

完結していないし長くなりそうだったのでどちらも見送ったのだが、読書記録によると2001年の4月に『時の車輪』シリーズに手を出している。そのころには『氷と炎の歌』は四冊くらい並んでいたように思うが定かではない。

『時の車輪』シリーズは39冊、『黒竜戦史』(笑まで読み切って、投げた。
終わらせないシリーズだと思った。ジャンプ漫画かよと思った。その後著者は死去し、遺稿は引き継がれ完結されたと聞くが、手を出すつもりは今のところない。

どうでもいいことだが、これ以後、個人的洋物ファンタジー神への信仰は試され続け、『ダレン・シャン』とかいうハズレ(これはサンデー漫画というカンジだ)を引いて、神は死んだ。

時は流れ。
我がポンコツ記憶装置は、神が死んだことをあまり覚えていなかった。
ろくすっぽ調べもせずに十分寝かせたからいい塩梅だべと、凝りもせずついに手を出したわけだが、『氷と炎の歌』もまた未完であった。初見からじゅうなんねんもけいかしているのに、みかんだった。
ということを、読み始めてから知ったわけである。

とりあえず読み進めてみたが、どうにもあわない。
面白くないわけではないが、タイミングが悪いというべきか。今のところ我が身は爽快感を第一に欲していることを自覚している。この物語はそれに相反している。

ハワード的なキャラは下衆ばかりで因果応報的に死んでいくばかりだし、どいつもこいつも不幸でどこにも救いがない。それが狙いで、救世主降臨へむけてアップの最中であるのだろうと妄想もしたし、一方で、ひょっとするとなにもかも氷に飲まれておしまいとおいうオチもありえなくないなーと思いもした。

妄想ちからが働くくらいだからそれなりには楽しんでいるのだろうが、アホばっかり登場するドロドロな陰謀劇ばかりでは飽きる。胴体輪切りで回転する上半身と下半身の間に生じる歯車的砂嵐の小宇宙とか、えんじょいあんどえきさいてぃんぐとか、必要だと思うのですよ(とはいえ、アレも見限ったけれども)。

かくして、第四部『乱鴉の饗宴』まで読んで、投げることにした。

2016年4月18日 (月)

COBOLを読むことになった日

Javaの仕事を希望していたのに、なんでかCOBOLを読むことになった。COBOLは未経験だと言っていたのに、そういうことになった。このご時世に、COBOLが読めないことがまるで欠点であるかのような言われようをして、なお読むことになった。

WebのUIからシェルスクリプトがキックされて、シェルスクリプトがPro*COBOLのプログラムを実行する、らしい。
Pro*COBOLのプログラムはOracleのDBからデータを取得し、加工して生成する。その生成物は、たぶんシェルスクリプトがクライアントから参照可能な場所にファイル出力している。この辺の機器構成は公開されなかった。
WebのUIはその後、クライアントに配置されたマクロを自動実行するエクセルファイルを開き、クライアントに配置されたバッチファイルを実行する。バッチファイルはFTPで先のファイルをサーバからクライアントに転送し、エクセルはそのファイルを読んで内容を表示する。

なんとも煩雑な仕組みだが、コストをかけないことを最優先要求としてイントラネットの社内ツールを設計すると、20年くらい前ならばこんなカンジになるのかもしれない。

いつものとおり、仕様書はないが変更仕様書は書け、という仕事だ。公開されたのはCOBOLのソースとエクセルファイル、概要レベルのフローチャートとDBのテーブル定義書だけである。エクセルのVBAがOracleのVIEWを参照しているのだが、VIEWの一覧は存在しないらしい。VIEWの定義書は不要だが、それに機能名が書かれていれば、一覧が助けになることがある。ID的なものでなにもかも命名され、ソースファイル内のコメント濃度が希薄な場合には特に。

Pro*なんとかとかOracleとか、触るのは20年ぶりくらいになる。20年ぶりに触ったOracle関係のあれやこれやはユーザ視点では相変わらず不愛想なカンジだ。なじみの薄いあれこれだからという理由だけではない、不愛想さだ。

問題のCOBOLプログラムといえば、読み始めて二日が経過したが、とても気持ち悪いという実感が強い。変数がすべてグローバルというのがその最たるものだ。
ドヤ顔でCOBOLの仕事を渡してくるのだから、さぞかし優れたCOBOL開発環境があるのかと思いきや、テキストエディタで読んでいくしかないらしい。2000行くらい、あっちこっちに行かねばならない。そんなのが二つ。
脳内にポインタを差し込んで根性で保持しているようなカンジ。慣れない文法に疲れるとかじゃなくて、気持ち悪くなるカンジ。たぶん、グローバル変数使いまくりな出来の悪いソースを見ているときに感じるなにかだと思うが、COBOLはこれがスタンダードらしいのでしかたない。
グローバル変数は嫌いだが、心底嫌いというわけではない。世の中には心底嫌いだということが滲み出ている方もいらっしゃって、なんでだろうと思っていたのだが、COBOLの経験がそうさせたのかもしれないと思うようになった。

この業界に足を踏み入れたころ、およそ20年前のことになるが、COBOLは遠からず廃れる技術であると言われていた。10年ほど前だったか、都内の電車内で株式会社COBOLの広告を見かけて、需要尽きずという印象を抱いた。
未だに資産が底をつかないというのは、すごいというべきなのか、あきれるべきなのか。

2016年4月 9日 (土)

ゲーム 『Brandish The Dark Revenant』

先月末日頃に、そのときには「ブランディッシュ」で検索してもまったく無関係なソフトばかりヒットしていたPSStoreでPSP版を入手した。
今現在は、「ブランディッシュ」で検索すると「ブランディッシュ」だけヒットする。なんか革命的な刷新が図られたのか、先月アクセスしたPSStoreはニセモノだったのか、どういうことだ。


PC98版の1作目を発売されたころに遊んだ。忍者マスターとの激闘が鮮烈に記憶に残っていて、もう一度遊びたいと思っていたはいたが実現には至らず、ついに機会を得たことになる。

PSP版は、ゲームとしてはとてもよくできていると思う。98版のマウスオペレーションのほうが面白かったと感じはするが、二十年以上昔の記憶であるので相当に美化されているであろう。
アレスでクリアした後に解禁されるドーラ編まで堪能させていただいた。

ゲームグラフィックも、ドーラのお腹以外はよくできていると思う。正面から見たとき、おなかぽっこりしてみえるのがとても残念なカンジ。往年のアイドルが、中年になってから腹だしスタイルで出てきちゃったみたいな。

イベントグラフィックは・・・
イース7もそうだったが、ファルコム作品の静的なビジュアルはとても残念である。
オリジンはまあまあよかったが、なんだかちょっと違う感じはする。
どういうわけなんだろう。会社の体質として絵師にアレルギーでもあるんだろうか。


久々に末弥純氏の手になるパッケージイラストを見て、今はどんな仕事をしていらっしゃるのかと検索してみたら、パーンとかセイバーとか描いていらっしゃっていてビックリ。

2016年4月 3日 (日)

Windows10について

期限の一か月前まで寝かせておくはずだったWindows 10へのアップグレードがなぜ我がマシンに適用されているか、そしてそれがどうなったかを語ろう。

昨年のいつごろからか、ブラウザの隅っこにWin10のアップグレード勧誘がうざくポップアップするようになった。期限の一か月前にやったるよと冷ややかに放置していたわけだが、先月のあるとき、確か月曜か火曜だったように思う。どういうわけだか、「木曜日の23時からアップグレードしますぜダンナ(意訳)」というポップアップに変わっていた。寝て覚めたらというタイミングだったように記憶している。
PCをスリープから復帰させるときにマウスをクリックした覚えもなく、ましてや意図的にクリックした覚えもない。取り消す方法を探すのもメンドイので、受けて立つことにした。


さて、X-Day。
Windows 10のアップグレードは十分に時間のかかるものだったが、進捗表示が「もう少し」となってからさらに1時間程度費やすものでもあった。もう少し means about an hour in microsoft english。その後Windowsが起動したが、挙動がめっさ怪しい。スタートボタンが表示されないし、アプリケーションがまともに起動しない。就寝前に怒り心頭。ありがとうマイクロソフト、僕の健康は君によって阻害された。
動作確認するまで寝れねえと思ったがつきあいきれず、寝た。

そして明朝。普通に動いた。
見た目はともかく、操作感はWin7と大きく違うということはない。この現象を体験ベースで解釈すると、「もう少し」の表示終了とともに終わったと思わせたアップグレードは実は終わっておらず、OS起動後も終わったふりをしてなにやらコソコソやっていた、ということになる。
まさしくこの「コソコソ」こそがWin10アップグレードを思いとどめさせられていた理由であり、しょっぱなから負け犬モードのしてやったり感で満たされたことになる。

Win10の画面表示は、Win7特有の大きい画面を狭く感じさせる仕様を捨てたようだ。どう設定しても画面が狭かったWin7と比べて、画面が広く感じられる。
それ以外の点としては、特に起動が早くなったとも感じられないし、すげー便利になったという感じもなかった。
ドライバ関係がトラブルを誘発するという情報を得て、それなりにドライバのアップグレードや再インストールなども行ったが、特に問題なく使えていた。昨日までは。


今朝、モニタに何も映らなくなっていた。
PCの電源を落として起動しなおしても、BIOSからログオン直前のWinロゴ画面まで表示されるのに、その後 NO INPUT状態になる。DVIケーブルを変えてもダメ。グラフィックアダプタがマルチモニタ対応タイプなので、念のため別の差し口にさしてもダメ。
余談だが、Win10のセーフモード起動は、Windows起動後に設定して行うか、起動に3回失敗すると選択できるようになっていると知った。不具合起こさねえぜという自負のあらわれだろうが、我が身が被っている災難にとってはまるで迷惑な仕様である。

すごい手間なセーフモード起動を繰り返して原因の特定を試みる。
すごい手間の内訳は、3回起動して電源切ってOSに起動失敗と見なさせ、4回目に起動したオプション画面でセーフモード起動を選択し、5回目にセーフモード起動、6回目に5回目で行った設定変更の確認をする、というものである。
あれこれやってみたが、ちっとも原因がわからない。

現象を整理すると以下のようになる。
・BIOS起動時、Windows起動時はモニタ表示される
・Windowsログイン前画面が表示されるタイミングでモニタがNO INPUTになる
・その後Windowsログイン画面表示時の音が聞こえているのでOS起動は不可視ながらも正常に行われているようだ
・DVIケーブルを変えたが変化なし
・DVIケーブルの差し口を変えたが変化なし
・グラフィックアダプタをさしなおしたが変化なし

BIOS画面が表示されないならケーブルまたはグラフィックアダプタ、モニタが原因と考えられる。
画面表示が消えた状態で再起動ループになるとかならHDDまたはOS破損が疑える。
だが、上記要件を満たすトラブルは未体験だ。ぜんぜんわからない。

msconfigでサービスやスタートアップを全無効にしても解消されず、ついにせざるを得ずWindowsのクリーンインストールを行う。状況改善せず。

この頃にはPC買い替えが脳裏をよぎっていたりして、なかば解脱している。

人にあげるつもりで放置していた液晶モニタをマルチディスプレイとしてつなげてみることを思いついたのはこのときであった。クリーンインストールの前にやっておけば。
メインモニタは状況変わらずだが、マルチモニタの方だけ映った。

メインモニタはNO INPUTでもマルチモニタのほうには信号が来ているということである。マルチのほうだけつないでいてもあかん。
ケーブルを変えたり指し方の組み合わせを変えてもメイン表示はできなかったので、メインモニタをHDMI接続したら、メインとマルチ、両方表示されるようになった。
整理すると、本文中でメインと称しているDiamondcrysta RDT231WLMをDVI接続するとNGで、同モニタをHDMI接続するとOKということになる。

ここまで6時間以上経過している。まいくろそふと万歳。
なんでこういうことになるのか、まったく理解できない。
ちなみにマルチモニタは最低1年は使用しておらず、当該モニタはケーブルすらPCから外していた。Win 10アップグレード時には間違いなく机の上から撤去されていた。


ある日突然アップグレードすることに決められて、アップグレード終わったふりして、一か月くらい普通に動くふりをしていたWindows 10は、ある日突然動かなくなることがある。しかもその解決には、普段使っていないマルチモニタなどを動作確認のためもちだす必要がある場合もある。
そういうまとめ。


2016/04/05追記:
我がメインモニタにはHDMI端子は一個しかついておらず、ゆえにPCはDVI接続、めったに使わないがPS3はHDMI接続としていた。今回PCの接続がHDMIとなったため、ケーブル二本と切り替え器が新規に必要となった。
その費用、3597円也。まいくろそふとばんざい。

切替器のほうは給電用のUSBケーブルが付属しているが、このケーブルなしでもリモコン使えるし、切り替えもできる。なんに使うのか不明。ケーブル三本差しだと必要なのかな。

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