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2015年12月14日 (月)

再読 『デューン』シリーズ

所蔵する『神皇帝』まで読んだら止まらなくなった。やめとけとどこからか囁やかれる声はなぜか小さく、古本を探して見つからず、諦めてしまえばいいのに図書館で借りてしまった。

さて。
『異端者』『大聖堂』を所有しなかった理由を、物語中で五千年も経っているのに、まるで昨日のことのように五千年前のことを今日もやっているベネ・ゲセリットの変わりばえのなさを、それを中心とした構成にのめりこめなかったことをしみじみと思い出しながら、マイルズ・テグを堪能することに終始した。個人的には、同時期耽溺していた『アップルシード』に登場するランスのビジュアルがマイルズ・テグのそれとして認識している。

『異端者』からは主体がデューンからベネ・ゲセリットに移行して、なじんだフレーズは陳腐化され、なじみのないぽっと出を押しつけられた風味となる。一つのシリーズでは完結できなかったというが、内容はそれほど濃いわけではなく、焦点ぼやけまくりの冴えない話がだらだらと続いている印象である。
あえて主題を求めるならば、五千年間変わらなかったベネ・ゲセリットも変わらざるを得なかった、ということか。

好きなシリーズではあるが、再読して、物語を綴る言葉に不自由さを強く感じた。世に出た時を考えればネタはすべてビジュアル由来ではなくイメージ由来で抽象的であろう事は仕方ないにしても、翻訳された時代からして翻訳の語彙に不自由感があるのは仕方ないにしても。
語感にSFっぽさが足りない気がする。メカメカしさとか、魔法めいた科学を技術的に描写しようとしてうまくいってないというか。もともとはSFっぽさは雰囲気だけで、フレーメンとか砂虫とかで押していたのに、SF寄りにしようとしてかせざるを得ずしてか、あまりうまくいかなかったというか。
新訳版が刊行されるようで、読み比べてみればはっきりするかもしれない。

デューンシリーズ再読は、息子ハーバートの著作はちょっと読んで投げたので、これで終了となる。超次元フェイスダンサーの謎とか残っているけれども、以前読んだ時よりは続きを望む気持は薄くなってしまった。
個人的にはやはり『神皇帝』でシリーズ完ということになろう。

どうでもいいが、その昔どこかで「私の彼は神皇帝」という絶妙な替え歌を目にしたのだが、ネットの海に沈んでしまったらしく、見いだせない。

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