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2015年11月

2015年11月21日 (土)

近頃のゲームプレイ状況

WoWというゲームはとても遊びやすくできていたはずなのに、Warlords of Draenorという拡張セットでは、コンテンツ消費を少しでも食い止めようとする措置がそこここに感じられて、とても苛立たせられた。
それは主に移動のときに感じられるもので、ゲーム中で最も時間を多く費やしている移動において、ことあるごとにディレイをくらっているというイライラを募らせて、いずれ飛行マウント解禁になるからと我慢していたのだが、2015年の5月頃にあったアップデートにおいてついにブチ切れてやめた。移動のストレス加速な内容だったからだ。
WoWというゲームはディレイというアクションを非常に重要視していて、手練れのPvPプレイヤーは息をするように使いこなしている。開発サイドも意識してかせずしてかこれを使いこなしているようで、プレイヤーにシステム面からPvPを仕掛けているらしい。
そんなカンジで止めた。次の拡張ではいりだんがふっかつしてでもんはんたーが使えるようになるようだが、まあもうやらないだろう。

以来、まともなパッケージのゲームを遊ばずに数ヶ月。
スマホのゲームをやってみようかと思ったらOSが古すぎてもばげの将棋くらいしかまともに動かない。これは先に記したスマホ買い換えの動機の一つとなった。

遊びたいゲームが思いつかず、ひとさまのお知恵を拝借しようとネットをうろついてみても、強く惹かれるものがない。手軽にぱっと遊べていつでもやめられてすぐに再開できるゲームというのは意外に見つからないものだ。

『3月のライオン』を幾度も再読しているうちに、ふと、それまで読み飛ばしていた棋譜が気になり、しつこく読んでスミスと横溝の対局、
Tmp
このあたりのシーンの背景となっている棋譜を解読することができた。羽海野チカは棋譜を画に起こしており、というか、画を棋譜にしてもらっているようだが、ともかく棋譜は読めずとも漫画は楽しめる。しかし、棋譜が読めると楽しみがさらに増すようだ。
弱い故に忌避してきた将棋を勉強してみる気になるくらいに。

さて、どうやるか。
市販将棋ソフトの評価は、将棋をある程度こなす方々のレビューであろうためか厳しい意見が多く、初心者ではない弱者が手をつけられるものかどうか見当がつかず、将棋の初心者サイトですすめていたブラウザ将棋からはじめてみることにした。

こまおから始めて、ハム将棋に移り、今は将皇をやっている。将皇のレベル1が長く続いており、羽生名人の将棋本なんか買っちゃったりして勉強しているが、足踏み感が強い。

負け続けるのもストレスなので、他のゲームもやっていた。基本無料のブラウザゲームも幾つかやってみたが、課金前提としか思えないバランスの悪さで、楽しいと思えるようにならない。
しかたないので、ブロック崩しやマインスイーパーをやっていたが、これがけっこうハマる。ご褒美系がフィットするのか?

そうかもしれないと思って『闘神都市III』をやってみた。初代には好印象な記憶がある。

やってみたら、記憶違いだった。メーカーは同一だが、記憶に残っていたのは『DALK』の方で、『闘神都市』とごっちゃになってしまっていたようだ。
面白くなくはなかった。よくある展開だったので、お話し的にはわりとどうでもいいカンジ。
システムはかなり頑張ったカンジがあって、たとえば戦闘システムは、単純だがちょっとしたコツとかテクニックを要する。コツとか覚えなくてもできるのがまたいい。
どうでもいいことだが、本作品をやるまで「闘神」を「とうじん」と読んでいた。なんでだろ。


というような紆余曲折を経て、PS Vitaを購入した。2010年にP4Gを遊ぶかどうか悩んで、つなぎにWoWを遊び始めて、挙げ句そっちのけになってしまった因縁のある機器を。

オレンジがよかったが品切れで、アクアブルー。2週間くらい購入を迷っていて、その間Amazonで価格変動を眺めていたのだが、2000円くらい上下していた。在庫とニーズのシビアな関係があるようだ。

購入を決意させたソフトは『ωラビリンス』。ネットニュースかなんかでふと目にして、初見、鼻で笑ったものの、ωが変なツボに入ってしまって、気づいたら買う前提で動いていた。
ローグライクというのがいい。きっと長すぎることはない。おまけにPS Vitaだから停止も再開も思うがままだろう。ご褒美系っぽいし。
近頃の個人的ニーズにかなりフィットしている。昨年はω星人ではなかった気がするのに、いつの間にか星人になってしまっていたことも無縁ではないかもしれない。

予約注文して、久々にkonozamaをくらいつつ発売日から二日遅れで手元に届いた。
ちょっと遊んでみた。キャラ同士がしゃべったり説明している暇な時間にωに触って暇つぶしができるのがいい。いずれ飽きるだろうけど。
むずかしすぎないトルネコ、システム的にもよくこなれたトルネコ、遊びやすいトルネコ、という印象である。SFC以来、トルネコやってないけど。
開始数時間の印象はかなり良い。

本作品にネガティブな印象というかいちゃもんに近いケチをつけるとするならば。
『ICO』では手をつないでる感、『ワンダと巨像』では巨像にしがみついてる感があった。
しかし、画面タッチではなにも感じないことだ。

2015年11月17日 (火)

Xperia Z5 Compact

なんとイエロー。
グラファイトブラック、ホワイトが品切れだったから。

スマートフォンを手に入れたのは初代Xperia発売まもなくの頃。長年しつこく操を捧げてきたウィルコムが敵の手に落ちたので素早く解約せざるを得なかったときのこと。旅行の幹事を仰せつかっており、代替手段を大急ぎで検討せざるを得ず、普段にはなく世に出て間もないモノを試してみる気になった。仲間内の旅行ではまだ誰も所有しておらず、テザリングなんかが話題になったことが懐かしい。

買い換えを初めて検討したのはXperia Arcが発売された頃。それまで意識したことがなかった二年縛りというものにこれを阻まれて以来、食指が動けばやれ初期不良だ次の機種がそろそろだとかで機会を逃してきた。

スマートフォンをあまりスマートに使っていなかったので強く気にしていなかったが、昨今、Android2.1updateなんちゃらでは、さすがにもうダメだ。
近頃のアプリはまったく対応していない。そもそもGoogle Playが動かない。ブラウザでしょっちゅう認証エラーが出る。電話ともばげの将棋くらいしかまともに動かない。動いてはいるがもっさりとである。

ということがしばし。一年くらい?
なぜかといえば、情報に踊らされていたからである。

Z3に換えようかな―と考えはじめたらZ4が出るというし、ならZ4かと思えば、次がすぐ来るという。きりがないのでZ4と大差ないというが少なくともOSのUpdateはZ4より長く対応されるだろうという期待のもとにZ5 Compactに決めた。Z5でもPremiumでもないのは、大きさのためである。購入時は写真による目検討のみだったが、実際に持ってみると初代とほぼ同じ大きさ感。若干大きいか。薄さ感で多少持ちづらい。もうちょっと厚くてもいいかもしれないが、ケース未装着なので意見保留。
余談だが、Z5 Compactを注文したらZ6が2016年春頃に情報が出るとかいう記事を目にしたりして、新機種を手に入れても素直に喜べないというのはいったいなんなのかと。

Z5というのはZ4から続いている熱問題が取り沙汰されてる機種で、対策されているとかそうでもないとかいう話をあらかじめ知ってはいた。wktkしながら実際に手に取ってみたときは意識に登っていなかったが、初期導入時は意識せざるを得ないほどに熱くなっていた。なにやらいろいろ動いていたためだろう、しばらくしたらそうでもなくなったが、これが熱さかと鬱の念を新たにする。

鬱といえば、買う時もそうだった。
購入はドコモのウェブショップで行った。購入時に既存契約が破棄されることを知り、それは強制で、ウェブショップでは手数料がかからないと聞いていたのに、FOMAからXi(クロッシイ)への契約変更だとドコモショップより1000円安いが手数料がかかるという。Andoid2.1なんちゃらから時を超えるのだから仕方がないと呑みこんだが、新しいものを手に入れるのに喜びよりも諦めを感じてしまうというのはいったいなんなのか。

鬱は留まるところをしらない。
契約更新時にSPモードを解約していたのに、届いた機体にはSPモードのアクセスポイントしか設定されていなかった。なにも設定されていないなら話は分かるが、どういうことだ。なにも設定されておらず、案内が出るのが筋ではないのか。dショップの案内なんかしてる暇があるなら、それくらいの余裕はあるはずだ。
MoperaUのアクセスポイントは自力でそれと気付いて設定する必要があることになる。導入手順書には書いてない。しちめんどくさい契約手続きにつきあってやったんだから、それに基づいて必要な設定をウェブで案内することだってできるだろうよ。確定申告と同じでせこくまきあげようとするから自社でも対応困難なサービスになってんだろ。

というのは全てを終えたあとにこみあげてくる鬱がいわしめること。
自宅Wi-Fiの圏外に至ってこれに気づいた時はSPモードの契約が必須なのか??と短絡し、危うくウェブで契約更新しそうになったが、ウェブサイトをうろついてMoperaUの設定を自力で発見してどうにかモバイルできるようになった。

総括すると、機体にはまだ不満は見いだせない。初代Xperiaと比較すると、PS2とPS3くらいの隔世の感があるのみ。
ただ、次はauかなと思うのみである。

読物 『海賊と刺繍女』

キャッチーなタイトルに惹かれなかったならば、少なくとも原題"The Tenth Gift"だったならば、手に取ることはなかった。いつもなら邦題については云々というところだが、本作品の場合、原題にたいした意味がこめられているわけではないように感じられるので、思うところはない。

本作品に登場する海賊は「コルセール」と表記されている。コルセールと聞いて海賊という和訳はなじみのないものではない。どこで聞たのが初出であったろうかとずっと悩んでいたが、やがてワイヤーフレームが脳裏に浮かび上がり、ダイヤモンドの騎士における「コルセア」がそうであったことを思い出した。あまり育てなかったキャラを移動したもんだから、コルセアあたりが出現するエリアでは随分と苦しめられたことも。

著作物を通してのことなので一般的な通念であるかどうかはわからないが、欧米の人々は、中世アラビアとモンゴルに強い憧れと恐れを抱いているように感じられる。モンゴルについては恐るべしのみかもしれない。
そうした作品では宗教の対照がなされることはしばしばで、概ね、あらゆる面から見て五十歩百歩、人類の所業に人種や宗派の別はないというふうに語られるようだが、一方で、キリスト教に関わる出来事が非常に政治的であるという強い印象も抱かされる。逆の視点を得られる機会があればよいのだが、なかなかに訪れない。アラブ発のファンタジーでもあったら読んでみたいところだ。

本書の主人公は二人。
一人は現代に生きる英国人女性。三十代で、刺繍で身を立てており、独身で、絶賛不倫中。
もう一人は、十七世紀の英国、その片田舎で召使いをやっているハイティーンの女性。刺繍に優れた才能を示し、自覚していて、それで身を立てることを願っている。それが叶いがたい願いであると感じており、それを阻むものの象徴として変化の乏しい故郷を毛嫌いしている。主人の決めた相手、同じ主人に仕える召使いの若者との婚約に絶望中。
二人をつなぐのは『お針子の喜び』という本。十七世紀の少女が婚約者からプレゼントされた本で、現代の女性が不倫相手から手切れ金代わりに渡された本だ。その本にしるされた少女の手記、数奇な運命の記録を軸に、過去と現代で、対称性はあるが同期性のない物語が進む。

登場する事物が全て因果を含んでしまうという点で『ダビンチ・コード』っぽいご都合さが感じられるが、物語の大仕掛けはそこまでうさんくさくなく、小さくまとまっていて、全体的に生臭いが、好印象である。

邦題に思うところはないといったが、「刺繍女」と書いて「ししゅうおんな」というルビだけはなんとかならなかったものかと思わなくもない。それっぽいものが一世を風靡してから五年以上経っているのだから。

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