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2013年7月 2日 (火)

再読 『ドラゴンランス』シリーズ

今回再読したのは、
富士見書房版『ドラゴンランス戦記』全6巻、同『ドラゴンランス伝説』全6巻、同『ドラゴンランス英雄伝』全6巻より原著者のもの。
アスキー版『夏の炎の竜』全3巻、同『魂の戦争』全3巻、同『ドラゴンランス秘史』全3巻。

一度しか読んでいないとはいえアスキー版をほとんど初読のごとく楽しめてしまったことは特筆すべきことではないが、我ながら驚いたのは、初読のときは嫌悪のほうが強かった『セカンドジェネレーション』以後のシリーズを、気に入ってしまったことだ。違和感は残るものの、悪くはないものとして受け止めている。

かつて抱いた嫌悪感とはおそらく違和感だったのだろう。『戦記』においてもそれはあった――僧侶がいなくなって久しい世界で、僧侶が一行に加わって便利だというフリントのセリフなど――が、気に入ったシリーズのささやかな瑕疵として見逃していた。見逃せなかったのは『ドラゴンランス戦記』と『ドラゴンランス秘史』に感じられる違和感である。この原因は、物語では1年以内のできごとだが、現実の時間では20年以上の時を経てしまったことによるものであり致し方ないことだが、初読のときには受け入れ難かったのだろう。

違和感は幾つかあるが、大きなものは二つ。

リヴァーウィンドは希望の種火の運び手となった人物であり、なんとなくミシャカルの僧侶になってしまったゴールドムーンよりも遙かに重要人物であると感じていたが、『戦記』では影が薄く、押し出しが弱かった。他の英雄たちがこれから活躍するという状態にあって、彼の活躍はほぼ終わっている、という扱いであったためであろう。
いわゆるセカンドジェネレーション後の物語で必然的に貫禄を増していったが、『秘史』における彼の印象は、もとよりそうであったというよりは、セカンドジェネレーション以後に獲得した貫禄から還元された、という印象が拭い得ない。

初登場の衝撃から、彼女自身の振るまい――主にタニスに対するのセカイ系によって失墜へとひたはしり、とある友人をして「オオマヌケ大賞」という称号を与えられてしまったキティアラ。30代にして一軍の将であるからには一角の人物であろうと察せられようというものだが、そんな印象からか、彼女がもつスペックを十分にアピールできていなかったような観がある。『秘史』においてはその補完がなされ、戦士としての強さ、軍隊内における信望の厚さが描かれている。かつてキティアラに押しつけられた役割は、アリアカスが担ったかたちとなる。

なんだかしらないが、やたらと強力なエリスタン。要所要所で小気味よくホールドパーソンやサイレンスをかまし、エリスタンブレイクとかエリスタンビームとか使う。
エリスタンに対し「いにしえの僧侶の戦いぶり」がほのめかされていたが、『秘史』まで詳述がなかった。その補完と思えばなんということはないのだが、昨日僧侶になったような人物が5レベル呪文とか使うのは抵抗感が(以下略

タッスルホッフはもうたくさん、レイストリンももうたくさん、だが、もっとこの世界に耽溺していたいという渇望を禁じ得ない。ヒューマの物語とか、なんとかならんものだろうか。

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