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2012年11月

2012年11月28日 (水)

読物 『だから僕は・・・』

書籍の存在は既知としていたが、興味はなかった。
数年前、なにかによってその存在を思い出させられ、興味を抱かせられた。
入手を決意して古書の出待ち登録をしていたが、出品即売り切れのような状態が続き、ようやく入手に至る。

アニメをわりと見ていた頃は監督の人となりやエッセイなどに興味はなかった。
ほとんど見なくなった今になって興味を覚えたのはノスタルジーであろうか。

読中にカンジさせられた既視感はなんだろうと思えば『∀の癒し』で、比較できるほど内容は覚えていないが、大まかに一致する印象がある。

2012年11月16日 (金)

読物 『ハーモニー』

会話がアレな作家というとまず思いつくのが神林長平である。
キャラクターの対話が、神林長平と神林長平の対話みたいに感じられてどうにも困る。
この作家も、基本的に会話は不得手のように感じられる。

本作品の場合、大きな話を小さく書いたことにはわりと好感が持てるが、大仕掛けの破綻感が「Vガンダムを自己基準とする某作家」の作品を思い出させてどうにも困る。
好みではなくなってしまった、あるいは、あまり好みでない作家を思い浮かべてしまうということはつまり、好みではないということなのだろう。

21世紀後半、いわゆるキラキラネームがデフォとなった世界のお話。
大ネタとしては、OSがウィルス、みたいなカンジ。ネタがご都合に感じられてしまったことも、楽しめなかった要因かもしれない。

ナチスドイツが禁酒・禁煙を励行していたことは知らなかった。
糖尿病が、血液の凍結を防ぐために人類が獲得した形質の一つであるらしいということも知らなかった。
あまり好みではないが、勉強になった。

なんとなく、ここのところ連発している芝村作品が相似形を描いているような気がする。

2012年11月 7日 (水)

読物 『この空のまもり』

ハヤカワと芝村裕吏という組み合わせは、個人的には、実現してもよさそうだと思いつつも、違和感を覚える組み合わせである。特に理由は思いつかないが、読後、なんとなくわかったような気になった。

あくまでも芝村裕吏なのである。レーベルは関係ないのである。

純愛のためにセカイを護るという、理想を語りつつそれを実現する実利的手段を成し遂げていくという、『Return to Gunparade』から変わらぬ語りでなのある。

ハヤカワでもよいが、ハヤカワである必要はない。むしろ星海社のような個人的には未知のレーベルがふさわしい。そんなことを感じてしまうのは、押井的二次創作の神という作風――オリジナルなんだけれども、そんなことを感じてしまう――のせいだろうか。

クロスレーベル的な試みもなされており、もし将来、シリーズ化したときに『十二国』的な困り方をするんじゃないかと思ったり思わなかったりするが、本書は一冊完結、続編はきっとないので多分困らないんだろう。

あいかわらず短期納期を自慢しているが、業界にはそれが受けるのだろうか。個人的にはあまりそうしてほしくない。
来年も定期的に刊行される予定らしい。

読物 『真剣師小池重明 疾風三十一番勝負』

~師というとなんとなく脳裏に浮かぶのは『立喰師』である。初見は『紅い眼鏡』で、長らく押井守の想像の産物であるとは知らず過ごしてきた。これについて押井の周囲はドッぴきだが、本人はいたってマジメになんとか撮ろうとしてできたのが『立喰師列伝』だとかなんとか。やめときゃいいのにという内容であったことは余談である。

さて、将棋に真剣勝負、すなわち賭け将棋があると知ったのは『風果つる街』で、こりゃすげえと感得したものである。
本書のあとがきはその著者である夢枕獏が記しており、それによれば夢枕獏は小池重明本人と面識はないという。小池の知人であり夢枕獏の同級生である人物づてに知り、著したのが『風果つる街』だそうな。作家というものは恐ろしいものである。

破天荒なギャンブラーというと『麻雀放浪記』を思い出すが、小池重明はそれを地でいった人物である。少なくとも、物語からはそう読める。
小説より奇なり。


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