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2012年10月

2012年10月29日 (月)

読物 『極真の精神―今後の武道はどうあるべきか』

強い男がいた――
それでいいとしたので、本書について言及することは特にない。本書のターゲットは極真関係者であるということもある。

長野峻也の著作を貸してくれた先輩がまたしても貸してくださったので読んだが、そうでなければ手に取ることはなかった。面白いところと面白くないところがあり、アンディ・フグの除籍を解かなかった理由についてはなるほどと肯かされたものの、思想について言及している箇所は、それが本筋であるはずだが肯きにくい。

2012年10月22日 (月)

読物 『タイタンの妖女』

原題"The Sirens of Titan"。
読みあじはA&B・ストルガツキーの『ストーカー』、『石の笛』、『銀河ヒッチハイクガイド』、『虎よ!虎よ!』を思い出させる。つまり、底抜けに面白い。

要約すると、十五万年かかるところを五万年強ですませる物語。

おそらく『マップス』や『強殖装甲ガイバー』の根っこであろう。


2012年10月17日 (水)

読物 『グラマリエの魔法家族7 魔法使い(ウォーロック)さまよう!』

原題"Warlock Wandering"

文明レベルが中世まで退行したロストコロニーを再発見した男が、科学の力を魔法と称して云々する話だった。

君主制国家であるロストコロニーを民主化する使命をもつエージェントたる彼は、全体主義による革命を目論む敵対的勢力が存在することを知る。

こうして物語は、タイムトラベルを主軸に、冷戦下のミッション・インポッシブルな風味を強くしていく。

邦訳版は本巻が最終巻だが、次巻へ続く引きで終了しており、続きが気にならないわけでもない。
だがまあ、頃合いではあったろう。刊行とリアルタイムで読んでおり、それなりに気に入っていたはずだが、邦訳最終巻まで読んでいなかった。おそらくシリーズものにありがちなマンネリに嫌気がさして、読むのをやめたんだろう。

2012年10月 3日 (水)

読物 『なれる!SE7 目からウロコの?客先常駐術』

人間には二種類ありカモる側とカモられる側といったのは馳ノワール、民主主義と奴隷制は両立することを明示的に示したのはCiv4だった。

本書に描写されるような状況を三倍くらいぬるめにした環境には身を置いたことがある。そのようなところに集う人々から、デスマーチというものに関する諸々の話を耳にしたこともある。
実体験と耳にした談話に依れば、確かにこんな会社、こんな状況は存在する。
実態をまるで知らない管理者、はっきりいって無能な人物が取り仕切るプロジェクトというのは間違いなくある。

とある書評に依れば、昔はともかく今はこんな会社ないだろうという。
いわゆる大手数社に常駐勤務した経験があり、それは十年から五年程度過去のことになるが、官僚的な体質がそう簡単に改善できたとは思えない。大手家電メーカーがあげているという悲鳴は、どこから発せられているのだろう。それら大手は何故大規模なリストラを実行するのだろう。

世の中には果たして成功したプロジェクトというものはあるのだろうか。成功したプロジェクトの経験がなく、最初から最後まで立ち会った経験もないがゆえに、そんなことを考えてしまう。

変わらず楽しませてもらったが、同時になぜか胃の辺りになにかさしこむような思いをさせられた。


2012年10月 2日 (火)

読物 『マージナル・オペレーション02』

執筆期間の長さは自慢してもいいが、短さは自慢して欲しくない。

さておき、個人的にはユニークな著者の伝説語りは相変わらず、いやなおいっそう冴えて、読ませる。
今後間違いなく訪れるであろう青の厚志展開も期待できる。涅槃に入れなかった『Return to Gunparade』への渇望をいやしてくれることを切に願う。

このような地味さは嗜好にあうが、世間的にはどうなのだろうか。

2012年10月 1日 (月)

読物 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』

小学生の頃、プロレスブーム、カンフーブームというものが確かにあったが、人並みにジャッキー・チェンの映画を鑑賞したくらいで、特に強い関心を持つことはなかった。ぽつり、ぽつりとみることはあっても、格闘技を鑑賞する習慣は現在に至るも身についていない。

柔道、空手、プロレスをに対して無関心な我が身がなぜ木村政彦という柔道家に興味を覚えたかといえば、昭和というものを知る上でどうにも避けて通れない人物の一人であるからといえば大げさだが、間違いなくそうである力道山と密接な関係をもっているからといえばそうでもない。
本書では『東京アンダーグラウンド』で語られているような力道山の人物像を補強するかのような描写がなされている。

さておき、木村政彦という人物に対する印象は、柔道家、木村の前に木村なく、プロレスで力道山に敗れた男、キムラロックという単語をそれぞれバラバラに抱いていたのみで、統一的なものはなかった。
柔道は門外漢であるし、プロレスならブックがあるだろうと思っていたし、総合格闘技はなんだかあまり好きではない。そんな理由によるのだろうが、どうでもいいことである。
なにがいいたいかというと、そんな立場にあるものが読んでも面白いということだ。

この本はレクイエムである。誰のかといえば、著者のそれである。
木村という柔道の神が、力道山というプロレスの神に破れたとされる神話の、その実像に触れんとしたものである。プロレスの神ばかりに当たる光の中に隠されたものに迫り、その影においやられた柔道の神の相応な復権を願ったものである。
悔いというものは、どんなかたちにせよ精算されねばならない。
十年を超える調査と、四年を超える連載は、確かな成果として結実した。

あまり好きな言葉ではないが、この言葉が本書にはふさわしい。
「この物語は、絶対に面白い」

次作は岩釣兼生のアングラ格闘技伝説であろうか。

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