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2011年10月

2011年10月31日 (月)

読物 『吉鷹弘の打撃革命』

徒手格闘術を習い始めて十年。
およそ六年ほどは、突き蹴りに熱心ではなかった。実践を始める前からそれなりに知識だけはあったから、いろいろと思い悩みもしたけれど、考える素地がないならば、やるしかないと考えて進んできた。
それでもどうにもなんともならないという思いを禁じ得なかったのは、例えば逆突きよりも順突きの方が威力が出るという証言だったり、なにをどうやったらそうなるのかという道しるべが見つからなかったためであろう。突き蹴りの剛法にネガティブな思いを抱いたせいでもあろうか、抜きや投げ、極めといった柔法の方が好みにもあい、偏重していた。

我が門では、初段の格に至ると武道専門コースで修学することができるようになる。2011年4月の制度改定によりこれは変更されたが、ともかく、そこで学ぶようになり実体験として剛柔一体を認識して、考え方が変わった。

以来、足下の見直しを始めた。
運歩法と呼ばれる歩法と、振り子突きと呼ばれる基本突き動作の考察である。
あちこちでアドバイスをいただいて、時には門外の知恵に依ったりもしたものの、今現在は自流にあるものだけでまかなえることを強く感じている。回り道をして原点に辿り着いた印象だ。まだまだ不足を感じてはいるものの、最近になってようやく、突き蹴りがまともになってきたように思える。

そんな折、どこだかで本書の存在を知り、興味を惹かれた。門外の知恵という位置づけになるが、読んでみると、法形という組稽古の中に既存となる要素が多い。個人的にはそれらを効率的な動きとして認識していたが、外部から補強された印象である。

本書の中ではTipsという位置づけで紹介されている。これまでの格闘技的通念としては異端であるらしい。著者のプロフィールを目にしてもピンとこない。世間的にどのような評価をされている方なのか分からないのだが、個人的にはいろいろなことが腑に落ちて、非常に参考になった。

少林寺拳法の突き蹴りに悩みを抱いている方は是非、ご一読いただきたい。
ただし、ある程度身体ができていないと実践が難しいものも含まれているため、評価や活用は慎重に。


2011年10月29日 (土)

・・・げる。

映画の前売り券を買うのはン十年ぶりだろうか。
『バンパイアハンターD』の時に買ったかもしれないがさだかではない。

漫画はもう読まなくなってしまった。黄金時代も個人的にはあまり好きではない。
劇場版にもまるで興味がなかったのだが、己の運を試してみる気になって、車行三十分の距離にあるシネコンに赴いた。ここを訪れるのも『大帝の剣』以来だ。

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カメラ等普段使わないため、接写モードというものがあるのを忘れていた。

さて。

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五種のカラーとひとつの隠れアイテム(パックか?)だというが、俺様ちゃんごときが覇王カラーを手に入れたとなれば、レアリティーはコモンに違いない。
スマホにしてからストラップがぶちぶち切れる。紐の根本、金具の部分から切れる。おそらくはストラップであろうと想像していたのでちょうどよい。これが失せて、手元に戻ってきたときは・・・我が運命を受けいれるとしよう。

さておき。

普段はオタクっぽいところのない弟にこの件を話したら、是非入手せねばなるまいなノリになった。
一度でもハマったのなら、やっぱちょっと欲しいよね。

2011年10月27日 (木)

ややハレの日

一周忌を終えた。いろいろあって、辛い次期だったが、ハレてきたカンジがしないでもない。
来年は祖母の七回忌、父の三回忌。過ぎればしばらく落ち着くだろう。

二年くらい放置されていた、七年くらいは後を引く事案も解決した。センセイと呼ばれる職業に対し、不審と疑念がどうにも募るばかりな昨今、それを助長するような経験をさせられてしまった具合になる。
いつの頃だったか、「警官と医者と弁護士は友人にしとけ」的な文面を目にすることがあった。知った当時は職能がもつ利便性からであろうと察したが、今ではそうではないことに薄々気づいている。

かつてPHSを水没させたことがあり、「自己責任だから有償でもいいからなんとかしたいのだけれど」と近場のショップに相談に行ったら、なんだか的を得ないマニュアル対応をする、ちっともこちらの意図を理解してくれようとしない店員に出くわしてしまった。「お金はこちらが出しますから」と要望を繰り返すのだけれど、暗記したマニュアルから店員があいまい検索で脳内ヒットさせる――そんなさまを感じさせるロード時間があった――ものはどれも意図に外れるもので、だんだんとイライラが募る。だから違うって。話を聞けって。声音も荒くなってくる。しまいに店長が出てきて、無償でやらせていただきます、となった。
俺、ひょっとしてクレーマー扱いされた!?
当時は東芝クレーマー事件がホットだった。客がクレーマーと呼ばれてしまう事態については、企業側のマニュアル対応にも少なからず原因があると感じさせられた出来事で、家電量販店の、個人的には特にPCに関する店員の質の低さともども気になったものだった。PCにさほど詳しくなくなった昨今は、後者についてはそうでもないと感じるようになったことは余談である。

不信感は、もつものではなく、あたえられるもの。
以前、ゲーム関連のオフ会で知り合った青年が、壺売り転じて経営者的なナニカになったようで、マニュアルマンセーを声高に唱えたことがあった。個人的にはそれに振り回された経験をしていたから否定的にしか応じられなかったけれど、彼は今も同様に考えているのであろうか。

2011年10月25日 (火)

SYMのRV250

車検の代車でビッグスクーターを借りた。
前回車検時の代車もビッグスクーターで、YAMAHAのマジェスティだったような気がする。クルージングモードとかトルクモードみたいなのがあって、まあ楽しめた。今回は二度目ということもあろうか、車両の特徴もあろうか、スクーターに対する不安感ばかりが際だつ。原チャリのような乗っかってるだけ感はさすがにないが、単車的なものに乗っかってる状態で股になんにも挟んでないというのはどうにも落ち着かない。
特筆すべきは、ショップがこのスクーターに取り付けたHIDヘッドライト。HIGHにしたときがイマイチだが、近距離はめちゃめちゃ明るい。値段がこなれたなら取り付けてもいいと思わせられた。
この車種について特筆するべき点といえば、ハンドルロックをしようとすると、給油口の蓋が開いてしまうことだ。キーを押しこみながら回すとハンドルロック、押し込まずに回すと給油口オープンという仕様のためである。回す方向は同じだ。普通のバイクは、エンジン停止位置でキーが回らなくなり、キーを押しこまないとロック位置まで回らない。慣れないせいか、ハンドルロックのたびに給油口の蓋が開いてしまい、なんか芸をさせられているような気になってくる。動物になんか操作させてリアクションを楽しむ系のアレだ。

ところでSYMというメーカーは初めて聞いた。中国らしい。
今回、タイヤ交換もするけれど、走れば何でもいい。前代のタイヤもはじっこが剥けずに終わってしまい、BATTLAXをはじっこまで使いながら崖から転落しそうになったあの頃とは違って、もはや興味ある車種もVMAXくらいしかなくなってしまった。そのくらい疎い。
とはいえ、HYOSUNGも含めて、オーナーになるなら買わないメーカーではあろう。

2011/11/06追記。
車検にかかった二週間弱、乗ってみて思ったこと。
・加速感はないが遅いとは感じない
・マニュアル車よりもアクセルの遊びが多めに必要なのだろうが、速度あるいは加速度とのリニアな感覚を阻害する
・フットブレーキがないのが寂しい
・ケツが痛い
・ハンドルロックが使いにくい
・給油しにくい
・信号待ちなどの停車中、後輪ブレーキを握ると車体の振動が大きくなる
・デジタル燃料計が上がったり下がったり、当てにならない
・190km程度で8L程度、燃費はよいほうか
・HIDのせいでパッシングされた

前々回車検時に乗ったビッグスクーター(確かTMAXだったような気がする)には物足りなさを感じたものの、強い不満を感じなかったと記憶している。とはいえ、やはり選択はしないという印象を持った。ある程度のめんどくささが、単車の面白みでもあると思うのだ。
ビッグスクーターに乗るなら、オートマ軽自動車に乗るというカンジ。

2011年10月13日 (木)

映画 『少林寺 激怒の大地』

原題『木綿袈裟』。
四枚組DVDを貸したらなんか貸してくれた。ワゴンセールで安かったらしい。意味ふめ。

全然期待しないでにやにやと見ていたのだが、主人公がストイックを貫いたところで刮目し、面白くなった。映画版『ラスト・オブ・モヒカン』のラストシーンも同様だったらよかったのに。
アクロバティックな、いわゆる香港カンフー映画で、ジャッキー・チェンのそれと等しく話はあってなきがごとしだが、馬を使ったアクションは見応えがあった。武当派拳法と道教の関係を示すシーンがあり、なかなかに興味深い。

主役、知らない俳優だと思っていたら、わりと有名な作品に出演している。監督もそれなりな人らしい。
中盤の一シーンに『真赤なスカーフ』のアレンジがBGMで使われているような気がする。どうでもいいけど、『真赤なスカーフ』の歌詞って、もまいらのことだろみたいでセツナイよね。

2011年10月11日 (火)

漫画 『喧嘩商売』

宇都宮が舞台で、あれまーこれどうしましょうな、普段、郷土愛がない者も郷土愛に覚醒してしまうような序盤が過ぎ、毒が毒で裏返ったあたりから面白くなった。

シグルイとはげに恐ろしき毒なり。
あの『幕張』の毒を、かように裏返すとは。

かなりいいところで第一部完。
鶴田譲二だなこりゃから始まった絵も、だいぶこなれて見たい絵になった。安田朗による『ストリートファイター』的な筋肉肥大が気になるところ。個人的には、妙なデフォルメ方面へ行って欲しくないカンジ。

宇都宮のことと、少林寺拳法の技術に対してツッコミはあれど、再開を強く切望する。



読物 『闇市水滸伝』

疵―花形敬とその時代』より。

戦後の出来事であるらしいが、闇市のことはほとんど語られていない。
日本に強制連行されてきた中国人が、荒れ狂う暴力の中、いかに紳士的に革命運動を行っていったかを記しているようなのだが、ラリってんじゃねえの?という文章が読解を困難にしている。

いつものように内容を云々する素養はもちあわせていないのだが、一点だけ、明らかな誤りを見いだした。
著者は門外なのだろう。文中、少林寺拳法を身につけたという実在の人物が登場するが、敗戦直後、少林寺拳法を習得している中国人は間違いなくいなかった。まだ創始されていなかったのだから。
1973年当時、一文筆家に知られる程度の知名度はあったということと、少林という名称はレフティにはピンと来る単語だったということだろうか。

2011年10月 9日 (日)

読物 『人間失格』

青空文庫 with Android。
小畑健のカバーイラストで刊行されたのはもう随分と前のこと。手に取らなかったのは、やはり小畑健のカバーイラストで再販された『新しい太陽の書』にいい印象を持てなかったことと微妙に関係しているかもしれない。

外食の手持無沙汰に、青空文庫で月刊ランキング一位だったので読んでみることにした。

ウダウダ、グダグダ。

それを通り過ぎれば、楽しくなってくる。
一人語りが痛くなってきた某ラノベと比して、違いを見出すことができたりできなかったり。
似たような印象では小説版『時計仕掛けのオレンジ』、小説版『ストーカー』か。

2011年10月 7日 (金)

漫画 『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』

人生で一番読んだ漫画は何かと聞かれれば、『ブラックジャック』全24巻(当時)と答えられる。
小学生の頃、少ないおこずかいをなんとかためて、古本屋で大人買いしたものと記憶している。一戸建てだった当時の家の、二階に上がる階段のそばにおいた書棚においてあり、なにかというと日の当たる階段に座って読みふけっていた。何度読んでも飽きなかった。

神は見上げるものではない。知らず身の内に宿るものであり、自己と対照するものである。
しかし、幼少時に身に宿った神はあまりにも神すぎた。神でも微妙な作品を生み出したりすることは知っていたが、信仰は揺るがない。かつて幾多の神を宿してきた我が身だが、その神は死ぬことがある。何年か前まではもう一柱、三浦という名の神が宿っていたが、その神は死んだ。
元祖・我が神は、おそらく死ぬことはないであろう。

かつては「いい人」「スゴい人」的にしか描かれていなかった伝説的な漫画家に対する情報解禁は、なにがきっかけとなったのであろうか。サイバラかw? 安孫子センセの酔っ払いぶりは面白かった。

こんな生活なら、早死にも必然であろう。むしろ、60歳までよくぞ、と思わざるを得ない。
この漫画も十分面白いが、荒木飛呂彦の『奇人変人列伝』か、島本和彦のあのノリで描かれたものを読んでみたくなる。そんなエピソードが綴られている。


漫画 『アーマードダークネス ジャッカル軍団大逆襲!!』

『機動戦艦ナデシコ』では、劇中にて死んだ彼氏がこよなく愛したアニメを見た彼女が目をぱちくりさせて「死んだり、生き返ったり・・・」と嘆息していたが、ゲッターロボにせよガッチャマンにせよ、それほど頻繁に発生していたような記憶はない。ウルトラマンの漫画、主に内山まもるのものや、ジャンプ漫画の方が印象に深い。

さておき。
内山まもる、かねてよりウルトラマンを描かせたらこの人と個人的に思い続けていて、世間的にもどうやらそうであるらしいが、愛蔵版のオマケについてた『ウルトラマンティガ』でなおいっそうの冴えをみせて、驚かされたものだ。相変わらずの筆の冴え。
ウルトラ一族一のブサメン、ウルトラマン80をダサく描いて見せたり、シリアスなシーンでレオアンブレラ使って見せたり、キングがハードボイルドだったり、いろいろうれしい。
メビウスはよく知らないけれども、映画なんぞを見てある程度その立ち位置を見知っていれば、脇を立てる主役として安心感を覚えられる。メビウスなんぞよりも、オリジナルキャラクターが立ってしまったのはどうなの?というカンジはなきにしもあらずだが、前作(『ジャッカル軍団編』)からの因縁とあれば仕方あるまい。


2011年10月 5日 (水)

にくいあんちくしょうの

かおめがけ叩くツールを手に入れた。

サンドバッグ専用スタンド

ずいぶんと前から物品ないし環境の入手を目論んできたが、果たせなかった。
後者の検討としては、サンドバッグを備えたジムを探していたが、素手で打たせてくれるかどうか不明であり、存外に費用もかかるため、適度なものを見いだせないでいる。
前者の検討としては、立てるタイプが初登場したときから続いている。スペース的にはこれが望ましいが、安定性に難ありとのレポートを目にしており、購入対象外としていた。専用のスタンドは場所取りすぎ、この手の構造物は急激に劣化するという印象があり二の足を踏んでいたのだが、送料込みセットで二万円以下という価格になったので試してみる気になった。

商品のレビューを読むと賛否あり、十分だという意見もあれば、サンドバッグスタンドの組立てに難ありとか、安定性がイマイチで天井から吊るすことにしたとか、そんなカンジ。
組立について1時間かかったという報告があったが、だいたい同程度で完了した。レビューと同様、汗だくになりつつ。この手の構造物に付属の組立ツールは使いにくいのが常なので、あらかじめ二千円くらいでラチェットを二つ購入していたことが幸いした。付属の組立ツールを用いたなら、もっと手間取ったことだろう。

さて、ペラ紙一枚の組立説明書によると、サンドバッグを吊す前に砂袋を置け、とある。
砂袋が付属することは知っていたが、その内容物が付属するかどうか、付属しないとして、容量はどの程度なのか不明だった。迂闊だったが、メールで問い合わせてわりとすぐ返事が来た。30kgの砂が入るらしい。

道路を挟んで向かい側のDIY店で袋入りの砂を買う。250円くらいで、20kg。湿っている。
袋を開けて均して乾燥させればよいのだろうが、スコップなど買うのもなんなので、砂袋に入れて数日放置する。三日くらい放置して乾燥しきらないので、湿気取りを封入して使用を開始することにした。
段取り悪し。

サンドバッグを吊るすのがまた一苦労。
このサンドバッグは公称値よりも重いのではなかろうか。現在のところ我が身は、片腕で50kgのものを立位前屈状態からアームカール的に持ち上げることができるはずである。形状や持ち方によっては重さの感じ方が変わることは理解しているが、いかにも重い。
サンドバッグ側の金具はフックなのだろうと思いこんでいたが、最近やたら流行っぽいカナビナになっており、これでは二本の腕では足りない。なにか適当な台が必要だ。50kgの重量に耐えるものが。
我が重量に耐える風呂場の椅子に乗せてみることにした。吊るしてみると、支持架の高さが足りない。支持架を高くすると、風呂場の椅子では足りない。支持架を低くした状態でサンドバッグを吊るし、その後、支持架の高さを変更することにした。腕の先に50kgの重量がついた状態で支持架を上げるのは、ブルワーカー的な辛さがあった。

試し打ち。
騒音。ご近所さんの顔色が気になるレベル。
揺れる。重石は一つでは足りないカンジ。
音は厚めのタオルケットを巻くことでかなり解消されたが、振動は如何ともしがたい。
床にダンボールを敷いており、接地面はまあいいとして、支持架の揺れが半端ない。強度的に不安を感じる。
もう一つDIY店で袋入りの砂を買い、未開封のまま支持台の足において様子を見てみることにした。

胴の位置の突き蹴りは当ててやる稽古をするが、顔面の位置はなかなか叶わない。
重くて、硬いものを打つ必要がある。
そう思いはじめてからずいぶんと経ってしまったが、早速、いろいろと確認できた。

2011年10月 1日 (土)

読物 『渋谷 道玄坂』

 灸点師[示爾]一はそのふぐりが股間をふさぐ程大きく、膝を組むことができなかつたのであぐらをかいたまま灸をほどこしていた。もとは素人であつたがその灸は奇妙に利くといつて、二里も三里も先からここを訪ねて来る人が多かつた。だが人はその苗字も名も呼ばず、上原の大ふぐりとあだなして灸の利き目を人に説いた。
P.49
地元の県立図書館は、児童の好みに合う書籍がなくて、児童の頃、「たいへんつかえない」という烙印を押していた。 さて、本書は『疵―花形敬とその時代』に引用されて興味を抱いたものであるが、長年愛顧してきた市立図書館には蔵書がなく、古本でも見つからなかった。 先日、県立図書館がIT化されたことを知り、ふと思い立って検索してみると蔵書あり。

昭和三十六年刊行。320円。
この時代に、市井のおかみさんが一冊の本を書き上げたことは非常に希なことではなかろうか。

渋谷が昔は谷だったとかいう話は聞いたことがあるが、道玄坂が「人殺しの坊主、道玄」由来だとは知らなかった。
そんな由来から始まって、著者が少女時代の風景、関東大震災、空襲などの事々によって、そしてまたそれによらず変化していった地元のできごとがエッセイ風にまとめられている。

個人的なことだが、実家のある場所は城のお堀を埋め立てた場所であったとか、今は昔の物語は身近にあふれ、そして忘れられていく。

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