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2011年9月23日 (金)

読物 『ヤクザと日本人』

 土建、炭鉱での彼らの仕事は、人夫の供給と逃亡の監視、現場監督、飯場の経営、タコ部屋の支配等に分かれる。こうした「仕事」が独占資本と結びつくのは理の当然で、それは地方政界と彼らを結びつけ、その延長のかたちとして中央政界とつながるきっかけをつくる。  この政治との関係は、初期の段階においては、新政府側についた御用博徒と野党の自由党側についた野党博徒というかたちをとり、演説会その他の場において、しばしば白刃をふりかざして血みどろの争闘をくりひろげるが、政党政治時代に入ると、与野党の院外団へと変貌していく。院外団の役割が、反対党に対する暴力的前衛であったことは、ことわるまでもない。明治から大正へかけての連続的なテロや流血事件は、その直截な反映であった。
P.148

 先駆者同盟――テキヤの社会主義運動は、親分子分の義理関係によって急速な拡大発展をなし遂げていったと同時に、親分子分の義理関係にはばまれて衰微していった、と推察される。
 原因は、もちろんそれだけではない。社会州yぎのエリート指導者たちは、テキヤをルンペン・プロレタリアの範疇において、はじめから働きかけの圏外に置いていた。したがって、先駆者同盟も、彼らの指導の圏外で、テキヤ自身の手によって運動を展開するほかはなかった。そこに先駆者同盟の限界があり、衰微を早め、ふたたび芽を出すことのない原因が胚胎していた。そのことは、日本の社会主義運動史から、先駆者同盟の運動がいっさい抹殺されていることでも証明できる。革命主体を都市労働者・プロレタリアートにのみ置く、この教条主義的偏向は、そのまま獄中で温存されて、戦後にもちこまれ、日本総窮民化のなかで、彷彿として起こってきた窮民革命の芽を、一瞬のうちに押しつぶしてしまうことになる。極端にいうならば、日本の社会主義運動史は、エリートによって書かれたエリートのための運動史か、政治的セクトのエゴによって書かれた政治セクトのための運動史である。そこではつねに、無名の下積みの運動者の苦渋に満ちた活動過程は、自己の公平性を印象づける道具程度にあつかわれるか、無視されるかのどちらかである。筆者は、テキヤの社会主義運動を事実以上に評価しようとは思わない。だが、テキヤ即ヤクザ→暴力団→ルンペン・プロレタリア→反革命とする救いがたい単細胞的左翼教条主義には、怒りを覚えるものである(先駆者同盟に関する引用資料は和田信義『香具師奥儀書』文芸市場社、昭和四年版によって)。

P.246

 谷川語録抄
(1) 衣食住が満たされぬのは、それ自体が犯罪である。
(2) 運が悪いだけのものを犯罪という。
(3) ヤクザとは哀愁の結合体だ。そこにあるのは、権力、圧力、貧困におびえる姿だけ。
(4) 何が善で何が悪だといえるのは、まだ余裕のある人間だ。
(5) ドストエフスキーの『罪と罰』は所詮インテリ用。精神的遊戯だ。ラスコリニコフは、金貸しを殺しても、学問をきわめ、社会をよくするためにつくせば罪は解消すると考える。そんなことを書いてもらっても、飢えた人間は満たされぬ。
(6) 飢えなくてすむように教えること。これが教育だ。わたし自身、自分の行動力を社会改革に向けるよう刺激される教育を受けていたら、別な生き方をしたと思う。
(7) 「努力するものは必ず報われる」というのは、ひどいウソだ。
(8) 反撥することがすべてだった。
(9) ヤクザがなくならないのは、政治の貧困の結果だ――などといわれても、どうしようもない。そういうことをバカの一つ覚えみたいにくりかえしている人間は、えてしてそういうことをしゃべったり、書いたりすることを商売としている人間だ。
(10) "組"は前科とか国籍とか出身とかの経歴を一切問わないただ一つの集団だ。だから、社会の底辺で差別に苦しんできた人間にとって、"組"は憩いの揺籃となり、逃避の場となり、連帯の場となる。
(11) ヤクザに朝鮮人が多いのは、社会に出ても、あらゆる門戸から閉ざされているからだ。残されているのはみじめな雑業だけ。差別と極貧。それにじっと耐えるものもいる。しかし、ガマンできないものもいる。よいも悪いもない。柳川組はそういうものが寄っかかる"支え"としてあった。
(12) 社会からはじき出され、何かをして生きねばならない無数の人間がいる。やがてそのなかからリーダーが生まれて、グループの核ができ、"組"が形成される。"組"は、はじめからあるものではなく、つくろうとしてできるものでもない。
(13) わたしにはカネも地位も名誉もなかった。ソーニャ(ラスコリニコフの恋人)のような女性もいなかった。信仰する余裕もなかった。しかし、そういう状態のなかで「なにもないこと」の強さを身をもって知った。
 以上の語録は、数回にわたるインタビューのほか『サンデー毎日』(一九七一年二月二十一日号)、『朝日芸能』(一九六六年一二月十日号)に掲載された本人の談話から抜粋したものである。

P.269

ヤクザは室町時代に胚胎していたそうな。
統治の歪みが、時代時代に応じたアウトローを生む。
そんな内容である。

特に興味のある分野ではないのに、参考文献を辿っていくうちに、思わぬ迷い道にハマりこんでしまった。追及していることと無縁ではなく、ひょっとしたらなにか手がかりでもつかめまいかという期待を抱いたためでもあるが、寄り道過ぎ。


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コメント

ああ、これ、読んだなぁ…。
あんまり憶えてないですけど…。

まあ、市民社会がある以上、アングラ社会も何らかの形で残るでしょうから。
愛と正義をふりかざしても、どこかで限界があるものだとは思います。

でもアングラとか絶対かかわりたくないですが(笑

百姓は生かさず殺さずは現代でも変わらぬセオリーのようで、ガレキを全国に撒きましょう的な愛とか正義っぽいカンジで慰撫されているようないないような気がしないでもないですが、ドレイだとしても士農工商に含まれているだけマシということなのでしょう。

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