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2011年8月27日 (土)

読物 『涼宮ハルヒの驚愕』

 バッドエンドルートに入ったことに気づいてやる気をなくしたんだろう。
P.254

 考える時間はまったく必要でなかった。それは俺の役割じゃない。突如として超常能力に目覚めて目下の敵をバッタバッタとなぎ倒す? それも武力でだと?
 いつの時代のジュブナイルだよ、そんなの。三十年も前にすたれたはずじゃなかったか? 今時そんなのやろうってのは、レトロブーム以前に人間の文化的精神がとんと進化していないという明白な証拠じゃないか。俺はもっと新時代の物語に接したい。
 なんせ、あいにく俺はひねくれ者なんでね。王道やマンネリなどくみ取り式トイレの脇に置かれている紙くらいの価値としか思えないのさ。

P.263


一人称の小説というと、私的には平井和正のアダルト・ウルフガイと、菊地秀行のトレジャーハンターシリーズが印象に深い。前者は天使憑きで、後者は魔界国で切ったが、そこに至るまではかなり楽しんでいた。
楽しんでいる最中には気にならなかったことといえば、時折、自慢話を聞かされているような気になったことがあげられる。どちらもタフなヒーローの独白であるからか。
前者については、見捨てた頃には、シーン描写なのか犬神明のセリフなのか著者の主張なのか、区別がつかなくなっていた。どうでもいいことだが、セリフが何十ページも続くといえば他に温帯が思い出される。
ハルヒは、一人称語りの特徴と思われる自慢げを自虐げにしたところが、個人的には斬新だったように思う。

結果として『~驚愕』の刊行がこのような形になったことで、『~分裂』で決定的な自縄自縛をしてしまったという個人的推測は正しかったように感じられるがそれはどうでもいいこと。斬新なアイデアがそれ自体制約になってしまうことはよくあることだ。
また、おそらく文庫本一冊分に内容が満たないという理由で、長門とみくるに対する愛を叫んで間をつなぎ始めた頃から、そう長くはないだろうという印象も抱いていた。このような現象は古参にもままあることなのでたいしたことではない。

このシリーズについては、一巻からもっていた宿命的制約をどのように回避していくのかを楽しみにしていた。
数年前は待ちに待っていたはずが、いざ読み始めてみれば前巻の内容をすっぱり忘れていてもまあいいやとなり、読み進めて間もなく私的にはオワコンなんだなと感じるしかなかった。グノーシス主義のくだりは面白かったが、アニメ一期の頃には確かにあった輝きはもうない。少なくとも、キモとなる部分をもっとすっきりまとめていたら、おサイコさん依存症という現代病を発症させずに済んだだろう
あとがきの出がらし感といい、どうも終わらせられない物語として片付きそうである。

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