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2011年6月

2011年6月29日 (水)

郵便番号データ

郵便番号データ」という、まことにありがたいモノがある。
初めてこの存在を知ったのは十数年前のことだったと思う。以後、時折業務と関わったりしていたがここのところご無沙汰で、久しぶりにまみえた。

データ形式の例を示す。
※これは一例で、少なくとも10種程度のパターンがあることを確認している。

600042    北海道    札幌市中央区    大通西(1~19丁目)

このようなデータは、

600042    北海道    札幌市中央区    大通西1丁目
600042    北海道    札幌市中央区    大通西2丁目
600042    北海道    札幌市中央区    大通西3丁目

というふうに登録されている方が使いやすい。データのメンテナンスも楽であろうと思われる。
事実、「ゆうパックプリント」という、同じロゴマークのアプリケーションは、検索結果から明らかなように、後者のようなデータ形式を採っている。

「ゆうパックプリント」で使用している住所データの元は「郵便番号データ」と見受けられるが、自社内?からですらデータ形式を変換せずにはツカエネーという評価を受けているようなもので、いったいどのような力が働いているのかと、投げやりにバンザイと叫びながら思ったり思わなかったりするのである。

2011年6月27日 (月)

送別会にて

先日、お世話になった方の送別会を開催した。

その方は転勤にて当地に来られ、三年間ほど、ご指導くださった。未熟なくせに、帯だけは色がついているもので、指導に回らねばならない我が身にも、暇を見つけてはご指導くださった。過ぐる二月、昇段試験に臨むことができたのも、この方のおかげであろう。

送別会には、下は三歳から上は先生まで十数名、ご父兄の方々も数名参加くださり、それなりに盛況のうちに終わった。

中三男子との会話。
学校における『もしドラ』の影響が語られた。なんでも、部員12名の野球部に、女子マネージャーが50名も参加しているらしい。『もしドラ』風に会議をもったならば、そりゃあもう大紛糾であろう。これを仕切れる女子マネがいたならば、将来は国家主席にもなれるかもしれない。
彼は『キノの旅』を読んでいる。「最近はどんな漫画を読んでる? 読んでない? 何読んでる? ラノベ? なんかタイトル言ってみ?」「言ってわかりますか? 『キノの旅』です」「『キノの旅』は一巻だけ読んだ。終わったら続きを読もうと思ってる」「アレ、終わんないスよ」
我が身が中学の頃、終わらない作品といえば第一部完だったような気がする。そうでない作品は、終わらないことに喜んでいたような気がする。

十歳女子との会話。
なんだか、彼女はよくわからん感性を有している。例えばタオルの色。赤いタオルを懐に忍ばせれば「内蔵だ、血だ」という。
この日この席は稽古の後のことで、しこたま汗をかいていた。汗が引かず、飲みの席に黄緑のタオルを持ち込んでいた。それを見て十歳曰く、
「緑色の汗! すごい!」
わけわからん。が、そうはいわない。
「え、これ汗の色なの? 俺、何星人? ナメック星人!?」
こんなボクでも、ちいさいひとたちとつきあうようになって、ボケることを覚えた。
最近のネタは、タラコくちびるだ。下唇と舌でつくる、人造タラコ唇。「タラコにしちゃうぞ」とか言うと、ウケる。

二十台後半、男性拳士二段との会話。
彼はあまり稽古に来ない。飲んだイキオイか、初段の高校生と演武をやることにしたらしい。
そんなこというまえにやることがあろう・・・・・・と思いつつも、稽古不足を指摘する代わりに動画を見せたら、絶句した。五花拳をこのレベルでやろうとしたら、今の彼ではまったく覚束ない。剛法も同様である。もっと稽古に顔を出してくれるようになるといいのだが。
余談であるが、動画について、一部、らしからぬ動きを見せる白帯が見受けられるのはどういうことか、ロシアの層の厚さと思っておこう。

去る人があって、来る人がある。上の層がなかなか、厚くならない。
そんな中、ありがたい御縁であった。

読物 『移動都市』

原題"MORTAL ENGINES"。

惑星ゾラか関東大砂漠か。モチーフはとてもよい。

文章はだが、なんらかのテンプレートに沿ったような印象で、小説というよりはプロットと感じられてしまう。一言で表現するなら、ハリウッドヒットの法則、に従ったような。

そんな不快感を覚えつつ。
ランドシップはえがったなあ。あんな作品、また出てこないかなあ。

どうでもいいことだが、後藤啓介のセンスは相変わらずで、なんだかちょっと困ってしまった。

2011年6月26日 (日)

読物 『民主党政権は、なぜ愚かなのか』

いろいろ引用しようと思ったがやめた。

政治家や日本の政治史、日教組については無知も同然で、例えば田中角栄が社会主義者と見なされていること、宮沢喜一郎や金丸信、小沢一郎がそれを踏襲して売り続けていること、バラマキは全体主義者のありがちな振る舞いであること、マルクス主義は憎悪を起点にしていることなどを本書から教えられた。

民主党政権を成立させたことに対して、いろいろと語る向きもある保守党支持者は、この辺、どう思っているのだろうか。

主題を論ずるに当たってまず、ドーキンスの論や、どの程度の信頼性があるのか分からない"サイセンタンの脳科学"が持ち出されている。これにはある程度無知ではなく、丸呑みできない。多分に恣意的な論述も、その一因である。
利他的な愛などないという、個人的には十代後半で悟ったことを持ち出されて、高二病罹患の病歴を苦々しく思い出したためでは、ないと思いたい。

2011年6月25日 (土)

読物 『憚りながら』

 朝日新聞「虱の会事件」

 そうして何年か、野村さんと親しく付き合ってきたんだが、平成を過ぎたあたりから野村さんが、今度は朝日(新聞)と喧嘩を始めたんだ。喧嘩といっても"言論"の世界で、だけどもな。野村さんと朝日の対立が決定的になったのが、例の「虱の会」の事件だ。

 1992年(平成4)年、野村が代表となり、参議院選挙に候補者を擁立した政治団体「風の会」を『週刊朝日』に「ブラック・アングル」という風刺イラストを連載していたイラストレーターの山藤章二が「虱の会」と揶揄したイラストを掲載。これに対し野村は猛講義し、朝日新聞社などを公職選挙法違反で告訴。朝日新聞社は風の会に対し、公式に謝罪した。

 伊丹の事件(伊丹十三監督襲撃事件、第8章で詳述)の時もそうだったけど、ヤクザや右翼がマスコミ絡みで事件起こしたら、マスコミは「言論に対するテロだ」なんて言うけど、マスコミによる「言論によるテロ」だってあるんだよ。
 この野村さんの(風の会の)事件なんかまさにそうだ。彼らが自分たちの思想信条や信念に基づいて、ちゃんとした手続きを踏んで作った政治団体を、だよ。確か全国で50人ぐらいが立候補して、30万票ぐらい取ったんじゃないか。そんなちゃんとした政治団体を「虱」呼ばわりはないんじゃないか? そりゃ野村さんの考えは、朝日の考えと真逆だろうが、だからといって「虱」というのは、ひど過ぎる。
 しかも、野村さんから抗議を受けたら(朝日は)「すみません」と謝るばかりだったが、あれは「すみません」で済む問題じゃない。野村さんに対し、風の会に対し、朝日新聞という組織としてどうケジメをつけるかっていう話だ。結局、朝日はケジメのつけ方も分からんで、最後には野村さん自身がケジメをつけちゃったんだけど・・・・・・。
 言論の世界なら、暴力使わなきゃ何しても許されるってもんじゃない。野村さんの場合はまだいいよ。マスコミに対して抗議できる能力も、立場もあったからな。朝日にケジメつけさせる実力を持っていた。けど、そういう知恵も、能力もない人間がマスコミから叩かれたらどうなる? ちょっとしたことでマスコミに叩かれて倒産した会社や、表舞台に立てなくなった人っていくらでもいるよ。
 マスコミってのは、人を傷つける仕事なんだ。サツでもないのに、人を追い詰めて、追い詰めて、最後には命まで取っちゃうんだからな。ヤクザでも、仇でない限り、そんなことはしない。それで散々人を傷つけといて、会社を倒産させといて、その記事が間違ってたら、数行で「すみません」なんて謝る。テレビだと番組の最後に「お詫びして、訂正します」ってこれだけだ。そんなもんで済むのかよって、いつも思ってるよ、俺は。だからマスコミには、うんと気をつけて欲しいんだよ。その典型的なケースが野村さんの(風の会の)事件だった。
 野村さんの遺書になった『さらば群青』(二十一世紀書院刊。同書初版の奥付は、野村が自決した「平成十年十月二十日」となっている)って本を読んだんだけどさ。あの中で、朝日の幹部4人にそれぞれ、野村さんが「あなたは、極東軍事裁判で、"日本は無罪である"と判決を下した、インドのパール判事の判決文を読まれたことがありますか」と尋ねるシーンが出てくるんだ。野村さんにこう聞かれた朝日の幹部のうち3人が東大出で、ひとりが京大(卒)だ。けれどもその4人全員が「いや、(読んだこと)ありません」って答えるんだ。そこで野村さんは唖然とするんだけれども、俺だって唖然としたよ。(『さらば群青』では)その後も天下の東大、京大出た朝日新聞の幹部が、「東京裁判をどう思うか」という議論の中で、野村さんからクッタクタにやられてるわけだ。
 朝日新聞っていやあ、日本のマスコミを代表する新聞だろ。そこの幹部といえば、言って見りゃ、日本の言論界のトップにいるわけで、そういう人たちは当然、日本の歴史や世界の歴史が頭に入ってて、世界情勢語らせても、日本の政治語らせても、一流の論客だろ? 俺のようなもんは、そう思ってたんだ。ところが、元愚連隊で、独学で勉強した野村さんに、それこそ"言論"で、徹底的にやり込められてるんだよ。日本の言論機関のトップなら、野村さんにどんな論争を挑まれても、笑って返せるぐらいの度量が欲しいよな。それが完全にやり込められて「すみません」「すみません」だものな。

P.146

日本の歴史に興味を持ち、いろいろと当たっているうちにいつしかはまり込んだ枝道に本書はあった。枝道か裏道か、道の基礎か、よく分からないが、そういうことらしい。

インタビューをとりまとめたという形式を執っており、自著ではなさそうである。時代に関わったというような論調ではなく、傍観者として時代を俯瞰したというような印象を受けた。
本書における、いわゆる筋モノについての主張は、『疵―花形敬とその時代』などと対照するに、主観や主義に左右されるということになろう。

極道を引退したあと、『BOX 袴田事件 命とは』を仕掛けたらしい。

2011年6月21日 (火)

読物 『虎よ、虎よ!』

「お金は慈善事業に寄附するの、フォーマイル?」
「とんでもない。私のスローガンはご存じでしょう。熱力学には一セントもやらない、というわけですからね」

P.191

 オリヴィア・プレスタインは上座の席についていた。この美しい白子のプレスタインの令嬢はご機嫌をとっている崇拝者にとりかこまれていた。彼女は不思議な、おどろくべき盲目だった。普通の可視ベクトルよりはるかに下の七千五百オングストロームから一ミリの波長の赤外線しか見ることができなかった。彼女は熱波、磁場、電波を見ることができる。彼女は赤い放射能の背景に反射する有機光線の不思議な光のなかで崇拝者たちを見るのだった。

P.211

原題" TIGER! TIGER!"。

物語の面白さとは別に、疾走感というものがあることを体感したのは1990年代後半のことだった。実際にそれを感じたのは作家で一名、作品で一つ。秋山瑞人と、『RETURN TO GRNPADARE』、そして新たに、本作品ないし著者のアルフレッド・ベスターが追加された。かねてより作品の存在を知りながらも手に取ることはなかったのだが、若いときに読んでいたら、今のような読後感を得られはしなかったかもしれない。

当初の印象は、なんぞこれwなスラップスティックだった。
宇宙に存在する居住施設の増設にセメントが使われたり、真空中でダイナマイトを爆発させたりしている。エスエフなのに。しかしながら、それも韜晦であるに違いないと思わせるなにかがある。
読み進めるうちに、個人的に既知としている作品の種であることに気づかされた。『ニューロマンサー』『キャプテン・スーパーマーケット』『ハイペリオン』『銀河ヒッチハイクガイド』『AKIRA』、おサイコさん、などへの、影響ないしは捧げられたオマージュが見て取れる。一冊の本の中にこれほど多くのネタが散りばめられていることに驚きを禁じ得ない。

現時点で、本年度最高の一冊。

2011年6月19日 (日)

EC03スマートパワー体験試乗会

震災の前後、ヤマハの電動スクーター EC-03というものの存在を知って、後日、わりと近所で体験試乗会が開催されることを知った。
興味を覚えたので、普段は赴くことなど全くないモールへ行く。モールでは、おりしも一歳となるアルパカのお誕生会をやっており、猛烈に臭うかこいの周囲に、幼児が群がっていた。

非常に小さく、軽い。自転車よりも軽いかもしれない。少なくとも乗り心地はそうだ。
説明を聞いて、50Vのバッテリーは取り外しが危険なため取り外し不可とし、エレベータにも乗せられる重量とサイズをひねり出した、と解釈した。

アンケート担当のぱにおんがDQNだったことはさておき。

おもちゃとしてはおもしろいが、二十五万円なら普通のスクーターを買う。バッテリーが取り外しできるならまだしも、いちいち部屋の中に引き入れるのもメンドイ。とはいえ、駐輪場に置いておいたら持って行ってしまわれそうな軽さではある。

ともあれ、YAMAHAならこれよりもまずV-MAX、ではある。

読物 『ミストクローク』

アルミニウムは電気精錬を行う必要がある。
それを知ったのは高校時代、化学に強い男が主宰するTRPGにおいてであった。
「非常に軽量の武具を発見した」
ファンタジー漬の脳はそれをミスリルと解釈したが、マスターはそうではないことを指摘したくてうずうずしていたのだろう。問い詰めるまでもなく、アルミニウム製だと自白した。これを実現したのはおそらく魔術だろうが、この国の文化には、そういうものを見いだせるバックボーンがあるようだ云々。
剣だか防具だか忘れたが、アルミニウム製品が近接戦闘用兵器として十分な耐久力を持ちえるのか疑問に思ったものだが、口にはしなかった。

さておき。

『ダヴィンチ・コード』( ゚д゚)ポカーン

な大作であった。

すべてを見通すかのような敵との死闘というと『リフトウォー・サーガ』第二部が思い出される。
非常にキショい敵で、状況はどうしようもなく絶望的でありながら、謎を解き、敵に迫っていく様が痛快であったように記憶している。
本作もそのような展開だが、『ダヴィンチ・コード』的というか『時の車輪』的というか『ダレン・シャン』的というか、週刊少年漫画的というか、構想によるというより場当たり的な展開に感じられる。
おそらく大作はもう肌に合わないんだろう。

あるいは、アルミニウムという金属が登場したことによって、いろいろと不整合を感じてしまったせいかもしれない。

あと訳者、やっぱ日本語おかしい。

2011年6月15日 (水)

親鸞聖人750回大遠忌法要

京都まで新幹線。
東京発のぞみは大雨のため品川で数十分の停車。不信心が祟ったか。

西本願寺。
四千人弱という参列者の唱和に、『帝都物語』の怨敵調伏のシーンが思い出される。
くーるとか評されて喜んでるアホにも響かぬものではない。

01_2

ペットボトルのキャップで作られた親鸞聖人の肖像

夜は懇親会。
地区の参加者は四百人ほどで、大宴会場がいっぱいになる。

翌日、ぢごく開始。
比叡山延暦寺、観光。いろいろとアレだった。
琵琶湖で昼食。鮎を食う。ご当地BeforeAfterを発見。

02

Before

03

After

エコノミー症候群と闘いながら、石川県は和倉温泉に到着。
ずいぶんと昔、この近辺に宿泊したことがある。確かキャンプだった。海に間近いキャンプ場で、誰もおらぬ深夜、波音、風の音、風に鳴る木々の音、それに混じってナニかが上陸する音がありはしないだろうかと戦々恐々としながらあかり一つない暗闇で過ごした一夜を思い出す。

宿泊施設は『あえの風』。『加賀屋』系列だそうな。
海に臨している。『加賀屋』の施設が利用可能で、シャトルバスで送迎してもらえる。両者の温泉に大差はないが、『加賀屋』のそれにはエレベータがついていた。風呂内にエレベータがある施設を利用したのははじめてだ。
温泉は、しょっぱい。塩化物泉だそうな。

04_2

千里浜なぎさドライブウェイ。
ここもかつて通行した。四輪車がドリフトしたような轍が随所にあり、こわごわ走ったものだ。

黒部インターあるぺん村。
高速を降りて昼食。ヤギ鑑賞。とあるknt!のヲトナの事情、だろうか。

居多ヶ浜。
親鸞聖人ゆかりの地。今年四月にオープンした、親鸞聖人の伴侶・ゑしん尼の記念館をおとなう。

北陸自動車道から上越自動車道、ちょっとだけ関越自動車道、北関東自動車道を経由してぢごく終了。

この旅を詠んで一句。

 ヘビー級 ケツにこたえる バスツアー

楽しかったが、辛かった。

仕事をためずに休暇をとったのに、戻ったら仕事がたまっていた。
久々に、まいくろそふとばんざい!と叫ぶ。

なお、バスで隣り合った方から後日、縁談がもたらされたことは余談である。

2011年6月 6日 (月)

読物 『老人と宇宙』

 考えてみてほしい。二十五歳、三十五歳、四十五歳、それどころか五十五歳になっても、きみはまだまだ世界を相手に闘えるような気がするだろう。ところが、六十五歳になって、自分の肉体に差し迫った崩壊のきざしがあらわれると、“あらゆる内科的、外科的、治療的、療法および処置”が魅力的な響きを持つようになる。七十五歳になると、友だちを何人もなくしているし、おもだった臓器を少なくともひとつは交換しているだろう。ひと晩に四度もトイレにかようし、階段をのぼれば息切れがする。それでも、歳のわりにはなかなか元気だといわれてしまう。
 その状態と引き換えに戦闘地域で新たな十年間をすごすことが、すばらしい好条件のように思えてくる。なにしろ、それを拒否した場合、十年後には八十五歳になり、きみとレーズンとのちがいは、どっちもしわくちゃで前立腺がないが、レーズンには最初から前立腺がないという点だけになってしまうのだから。

第一巻 P.19

(軌道エレベータについて)「(前略)いったいなにが、このケーブルを支えているわけ?」
「信念だよ。ケーブルは落ちないと確信していれば落ちないんだ。そのことはあまり考えないほうがいい。さもないとたいへんなことになる」

第一巻 P.37

(CDF――コロニー防衛軍に所属することについて、地球人は情報を制限されている)
「もとの人生は気に入っていた」わたしはしゃべりはじめた。「他人にとって刺激やおもしろみがあったかどうかはわからない。だが、わたしにとっては、よい人生だった。この人生のまえにもうひとつ人生があるなんてことは、あのころは真剣に考えたりはしなかった。この人生がどんなものになるか、じっさいにはじめてみるまでは真剣に考えたことはなかったからな」
「じゃあ、どうしてこの道を選んだんです? どんなふうになるか、すこしはイメージがあったんじゃないですか?」
「いや、なかった。みんな同じだったと思う。ほとんどの連中は、戦場に行ったことも軍隊にはいったこともなかった。だれひとり、軍がわたしたちの中身を取りだして、以前の自分との共通点がわずかしかない新しい体に入れるなんて知らなかった」
「そんなのバカみたいですよ」 ボーア(ゴースト部隊――生前に採取した死者のDNAから短期間で成長促進された強化人造人間の部隊、その若い兵士)がいった。二歳かそこらでは、気配りに欠けるのもむりはない。「自分がどうなるかよくわかっていないのに入隊するなんて」
「まあ、きみは老人になった経験がないだろう。改良されていない七十五歳の人間は、きみたちとはちがい、根拠のないやみくもな行動をとりがちなんだ」
「そんなにちがうものですか?」
「相手は永遠に歳をとらない二歳児だからな」
「おれは三歳です」 ボーアはすこし身がまえるようにいった。

第一巻 P.348

 五日目の午後、人類の各コロニーの配置やほかの知的種族との関係(はっきりいってつねに険悪だった)についての説明会の場で、第八分隊は、コロニー時代よりまえに生みだされた、エイリアンとの星間戦争を題材にした思弁小説とエンタテインメントの批評をおこなった。評決はおおむね一致した。『宇宙戦争』は高く評価されたが、結末だけは安易なトリックとみなされた。『宇宙の戦士』は、すぐれたアクションシーンがいくつかあったものの、あまりにも多くの哲学的な概念の展開が必要だった。むしろ映画のほうが好評だった――たとえ、そちらのほうがレベルが低いとわかっていても。『終わりなき戦い』は、隊員たちの多くに不可解な悲しみをもたらした。戦争がそんなに長くつづくという考えは、生後一週間の人びとのグループにはほぼ理解不能だった。<スター・ウォーズ>を鑑賞したあとは、全員がライトセーバーをほしがり、現実にはそんなテクノロジーが存在していないことに腹をたてた。イウォーク族は皆殺しにするべきだという意見には全員が賛同した。

第二巻 P.134

GANTZでレベルEと呼ぶがよい!
なカンジがまずあった。著者は『宇宙の戦士』をこよなく愛しているようだが、その映画版はもっと愛しているようだ。

そんな印象を抱きつつ。

第一巻『老人と宇宙』、原題"Old Man's War"は、75歳の新兵と6歳の中尉の物語。
『宇宙の戦士』なカンジで、主人公がややキムボール・キニスンで、結末は『夏への扉』なカンジだった。

第二巻『遠すぎた星』、原題"The Ghost Brigandes"は、1歳の新兵の物語で、『たった一つの冴えたやり方』な(ry

第三巻『最後の星戦』、原題"The Last Colony"は、90歳になった75歳と18歳になった6歳が5歳の養女を引き取った後の物語。『無責任提督(ry

第四巻『ゾーイの物語』、原題"Zoe's Tale"は、第三巻の裏話。『アザリン十六歳(ry

ゴジラとかガメラとか草薙素子とか。日本へのオマージュはハインライン仕込みか。
んなどうでもいい個人的感慨はさておき。

最近読んだハヤカワFTとは比較にならぬ高密度な文字配置で、とても落ち着く。

SFかと思ったらスペオペ(悪い意味ではない)。
このジャンルでは個人的には『銀河ヒッチハイクガイド』以来の大ヒット。面白さ夜更かし級。ただし、補完する内容とはいえ、第四巻は75%くらい第三巻とかぶるので、やや食傷感がある。

さておき、ここのところずっと思っているのだが、邦題のセンスはなんとかした方がいい。


2011年6月 2日 (木)

ゲーム 『ハイドライド3』

先日あらわになった我が最古層で、Panasonicの文字が描かれた、青と黄色のビニールケースが見出された。パンパンに膨らんだそのさまは、なかにめいっぱいナニカが詰め込まれていることを明らかにしており、なにが出てくるか、期待と恐れを感じることを禁じ得ない。

革っぽいベルトを外してみると、FM-XとA1が出て来た。

捨てたと思っていたのに。
そういうものが意外にある。

これが起因となって、先のカセットテープMp3化に至り、そしてまた数十年ぶりの『ハイドライド3』リプレイへと至った。Ⅰ・Ⅱほどではないがそこそこマゾく、しかし面白かったという記憶は正しく、すっかりぬるげーまーになってしまった今でも遊べる。確かMSX2版を先に遊んで、88版も遊んだ。MSX2版の方がスゲーじゃんとか思ったように記憶している。
根性入れて銀の鎧を装備できるようになるまでレベル上げたこと、宮殿あたりまでのことはかろうじて覚えていたが、その後ずっと記憶になく、本当にクリアしたのかどうかさだかではなくなってしまったが、ボスの倒し方は覚えていたので、きっとクリアしていたのだろう。
利便性はおろか、悪意すら感じさせる町のデザインなども含めて、堪能した。

まったくの余談であるが、ミスドの焼きドーナツはあまりおいしくなかったことを付記する。

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