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2011年4月25日 (月)

読物 『黒パン俘虜記』

 これが軍隊は運隊だという昔からのいい伝えの通り、運命の明暗をはっきり分けた。

上巻 P.9

 粥とパンとの配給が終わると、後はどうやってそれを少しでも長く楽しみ、腹の中に持たせるかの工夫になる。絶対量が少ない上に、これ以上は夕方の食事どきまで、粟粒一つ口に入らないのだから、皆真剣だった。
 一番人気のあった喰べ方は次のような方法であった。
 黒パンを小さなさいの目に切り、飯盒と共に枕もとにおく。喰べる者は、左腹を下にして寝ながら匙を持ち、少し粥をすくって口の中にふくむ。二度に一度はパンの小片を口の中の粥に交ぜてのみこみ、胃の中で粥の水分を吸収させてふくらませる。
 腹内に長持ちさせるには、人為的に消化不良の状態を起こさせる必要がある。左腹を下にすると、口から胃に届く時間が長くなり、それだけ食物との接触感が楽しめる。胃に入っても消化しにくいから、中に長くたまり、幸運な場合には、胃の中に発酵したガスがたまって、飽食感さえ味わえる。ぼくもいろいろ試みた後で、この方法が一番長持ちする気がして、その信奉者の一人になっていた。

上巻 P.43

 人間が死んだかどうかはすぐ分かる。こんな派手な死に方でなく、誰も気がつかぬうちに夜ひっそり死んでる者がよく出るが、すぐ分かった。どんな場合でも、それまで体中にびっしりとまつわりついていた虱が一斉に逃げ出す白い列が見えて確認された。

上巻 P.68

 まだ二ヶ月先の白パンでは話が遠すぎるが、人々は久しぶりに昂奮して、なかなか寝つかれなくなった。現役兵の中には、白パン一本をまとめて喰べる日のことを想像しているうちに、性器に血が集中して半年ぶりの勃起をしてしまい、自然に手でそこを押さえた者が何人かいた。口の中で柔らかく咀嚼されていく架空の快楽の甘美さが、無意識の手の動きとなった。こんなに栄養が不足しているのに、若さとは不思議なもので、嚥下の想像と共に、白い飛沫の噴射を知った。誰にとっても入国以来初めての性衝動であった。

上巻 P.78

 そんな労働の間にぼくはよく考えた。
 もしこの蒙古共和国が我々を永久に解放してくれなかったら、何世代か後には、今いるやくざの幹部のような人間が貴族になり、王様となって行くのではないか。つまり、世界の王侯貴族というものは、こうした状況の中から、自然に生まれてきたものではないのだろうか。

上巻 P.107

『運命は 従うものを 潮にのせ
       逆らうものを 曳いて行く』

ラブレエの警句 上巻 P.218

 四月に入って雪が少なくなるころ、この国では木の芽どきに当るのか、四十すぎの独身女性のアレクセイナ少佐の機嫌が急にひどく悪くなった時期があった。折あしく、院長官舎の水道パイプがつまり、そのヒステリーが頂点に達し、軍医連中もとばっちりを怖れてかなり気を使って応対していた。ところが十キロ離れた首都から、たくましい体付きのパイプ修理工がやってきた。宗主国の人間で、すぐ院長と一緒に官舎に入って行ったが、そのままカーテンをしめきって、丸三日間出て来なかった。その間工事の気配どころか、食事の注文さえもなかった。
 四日目に出て来た修理工は何の工事もせずに首都へ戻り、一日おいて荷物を持ってきて院長の官舎に住みこんでしまった。それ以後院長のヒステリーはおさまり、同時に排水設備の専門工の常住で、他のパイプ関係のトラブルも無くなり、病院の中はずっと明るくなった。
 ぼくたち勤務員は、これを、二つのパイプのつまりが同時に直って、まことにお目出たいことだと、冗談をいって笑いあった。

上巻 P.224

 立ち上がって歩きだしたが、もう足がまともでない。もともと栄養がないので、二食抜かすと体がもたない。病院の死体解剖室で働いていたとき、竹田軍医から見せられた、患者たちの大腸を思い浮かべた。大腸のはしや、直腸に近いあたりは、体への栄養補給で消耗している。腸壁が、紙みたいに薄かった。中には腸が溶けて無くなりかけていた者さえいた。ふらついて歩きながら、内臓の一部を燃やして生きて行く。その燃料が、後何日続くか心細い。

上巻 P.336

 特務は助手席から後ろを振返りながら、ぼくにいった。
「ここに一万六千人の兵隊がいる。二万人がこの国へ入った。二割の四千人が死んだ。これは、全シベリヤの収容所と比べても異常に高い死亡率だ。本国の査察官が驚いて、この国の抑留者だけを早急に全員帰すことにした」
 本国とは北の方にある大国のことだ。その仲間を見送るためにここへ連れてこられて、囚人のぼくだけが、また首都の牢獄に戻されるのだったら、泣いても泣ききれない辛さだっただろうが、昨日脱走で捕まってからこの特務の中尉の口ぶりから察すると、そんなことはなさそうである。
「どうして今日の昼まで皆に知らせなかったのですか」
 幾分気が楽であったので、囚人の身でありながら、勇気を出してそう質問した。
「以前、おまえたちが来る前に、ドイツ人がこの国で働いていたのを知ってるか」
 ぼくらがやってくるのと入れ代わりに、ドイツの軍人の俘虜たちが、役務を終えて帰還のためにこの国から出て行った。入国当時そのすれ違いの行列を羨ましい思いで見送った記憶がある。
「はい」
「その連中は、機械のボルトを抜いたり、作業用具を巧妙にこわしたりして、使えなくしてから出て行った。出国して何日かたって判ったときは、私たちの国の者では、それを直すことができずかなりあわてた。本国のゲ・ペ・ウからもひどく叱られた。それで今度は当日のその時間になるまで知らせないことにした。今でも、ここに集まってくる者たちは大部分が、何で急に集められたか知らない。はっきり知ってるのは、おまえだけだ」
 今日の特務中尉は、やはり罪人のぼくにひどく寛大であった。
「四千人も死んだことについて、私ら蒙古共和国政府にすべての責任を押しつけられても困るな。作業の量も食料も国連の示す規定通りであった。殺された者のうちの大部分は、日本人同士がお互いの利害で殺し合ったのだ。その事情はおまえにはよく分かってるはずだ」
「ええ分かっています。どこで聞かれてもそう答えますよ。日本人俘虜は、皆、同じ抑留者 の仲間のボスに殺されたんですと」
 語調におもねる感じがないではなかったが、気持の上では、ぼくはそういいきってもおかしくない思いだった。
 特務は妙にしんみりとしていた。
「私としては、せめてこの一万六千人だけは全員、無事に帰ってほしい。これ以上仲間がいがみ合っての殺しが起こらないように願うよ。みんな二年も苦しい作業を耐えてきたのだからな」
 ぼくはふとこのとき異常な事実に気がついた。蒙古共和国の人が日本語を話すときは、いくら上手な人でも、ハ行が必ずカ行になる。カタラク(働く)キルメシ(昼飯)などで、この特務も最初、あの川っぷちの収容所での、日本人スパイとの間の会話では、へたな分かり難い、訛りの強い日本語でたどたどしく話をした。だからこそ、ぼくが通訳として呼ばれたのだ。
 しかし今語る日本語は、ごく自然の当り前の日本語であった。びっくりしたように見ているぼくに、少し淋しそうにいった。
「おまえは日本に帰れる。私は羨ましい」

下巻 P.8

 ぼくたちが収容所から支給される食糧はどこでも労働に比べてあまりにも少なかった。それでもし倉庫や野原で鼠でもみつけたら大騒ぎだった。四、五人で追い回して必ず手把みで捕えてしまう。すぐに皮を剥ぎ針金に串刺しにして焚火で焼いて喰べた。殆ど唯一の動物性蛋白質で、美味であった。これを蒙古焼鳥といった。俘虜たちの居る区域からは全く鼠の姿が見えなくなり、蒙古の警戒兵からその話が首都の市民に伝わり、鼠は日本人の好物かと問われることがよくあった。

下巻 P.22

「わいもその口よ。何としてもあそこを出たくなっての、作業中足先を水に濡らしてから寒風にさらし、わざと凍傷になったのぞい」
 別に見せてくれともいわないのに、明るい焚火に向けて靴を脱ぎ、靴下の代わりのボロ布をほどいて、怖ろしい足を見せつけられた。
 丁度紙のはげた団扇のように、足の指が五本骨だけになって、肉から白く突き出していた。

下巻 P.35

 蒙古共和国とその宗主国との間の国境線の通過は朝から始まった。
 国境の集落は、蒙古側がナウシカ、宗主国側は、ナウシキといった。

下巻 P.89

 噂の中で、一番全員を緊張させたのは、港には思想調査の関所があって、そこで態度や経歴を調査され、日本に帰すのが不適格と判断された者は、容赦なくはねられてシベリヤへ送り返されているらしいという説であった。

下巻 P.101

 戦いはこれからだと覚悟をきめた。
「ここでは全員に、民主教育の仕上げをする。一人前の共産党員として、日本に戻ったら日本の民主化に献身できる同志に仕立ててやる。宮城の前で全員が、スターリン元帥閣下万歳をするのだ。これが教育の目的だ。できるようになるまでは絶対に船に乗せられない」

下巻 P.174

 どっと喚声が起こった。すると今まで、ぼくらのことを、馬鹿者、乞食、帝国主義者、と罵ってばかり居た指導者たちが一斉に回りで拍手をした。
「お目出とう」「民主教育終了万歳」「日本へ帰還したら頑張ってくれよ」

下巻 P.222

 全員が甲板に立っていた。桟橋まで見送りに来た民主聯盟員がすぐ目の前にいる。ぼくは霧立のぼるをしきりに目で探したが見つからなかった。
 陸との間のつながりが切れた瞬間、甲板に立っていた全員が一斉に声を上げた。
「スターリンの大馬鹿野郎」
「天皇陛下万歳」
「大日本帝国万歳」
「ロシヤ人はみんなくたばっちまえ」
 目の前にいる民主聯盟員に向って
「てめえらが日本へ戻ってきたら、一人残らず叩っ殺してやるからな」
 と叫ぶ者もいる。声は届かなかったのだろう。彼らは拍手し手を振り上げて機嫌よく見送っている。
 充分に民主教育を施し終って、祖国へ革命戦士を送りこんだという自信に迷いはないようだった。

下巻 P.230

図書館で借りたわけだが、どういうわけか「大活字本シリーズ」というものしかなかった。
読むのに差し支えはあるまいと借りたわけだが、上巻3,400円、下巻3,200円というシロモノで、「社会福祉法人 埼玉福祉会」というところから刊行されている。限定500部だそうだ。

抑留というとシベリアという印象だが、本書の舞台は蒙古共和国である。地理的には隣接しているので、気候や風土に大きな差異はないのだろう。
冬の北京は、足先から骨に染み透るような、乾いた寒さだった。いずれにしても、それより暖かいということはないだろう。過酷な環境だ。

主人公が経験した二つの収容所。
そこでは、わずか数ヶ月前まで絶対的なものとして存在した軍隊階級による統制は失われ、力ある者による暴力的な支配が敷かれた。いずれもそれを支えたのは食糧である。著者はこれを黒パン本位制と称した。
一つは、やくざ上がりの男による君主制。被支配者たちの労働は均等だが、食糧は支配者たちに集中した。
一つは、社会主義。食糧配給は均等だが、支配者たちによる労働搾取がなされた。
本書には、確たる裏付けではないが、個人的に追及していることへの一つの回答が示されている。五木寛之氏の講演を思い出させる、極限状態での人々のありようが記されている。
あとがきにも明記されているように、鬱々たる内容を十分に伝えながら、そうとは感じさせないのは著者の力量であろう。

興味深い内容であったという言葉では足りないが、内容が内容だけにおもしろいというのは憚られる。とにかく一読に値する。
とはいえ、『軍神』にも感じたことだが、おもしろさと裏腹ななにか、決して投げっぱなしではないのにそうされてしまったような、どことなく突き離されたような、表現に困るなにかが読後につきまとう。
たぶん、ノンフィクションと信じて読んだのに、フィクションだったとわかったから、なのだろう。

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