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2011年4月29日 (金)

読物 『ひよこメガホン』

人生で二番目にゲームづくしだった四年間を過ごしたかつての古巣で、TRPGを接待されたことがあった。所属していたギルドの、当時の現役生え抜きメンバーたちによって。
彼らを純粋培養したのは三回生まで同期であり、卒業時には同期ではなくなった男である。他の同期はそれを揶揄して彼を元老院と仇名した。元老院体制下のテーマは「鬱エンド」であり、物語を絶望的に終わらせることだった。そして、力づくで「熱く展開を盛り上げる」ことだった。なにかというと「アッツい」「アツいですね」と口にする。他者の行動を賞賛することそれ自体は素晴らしいことだが、行きすぎるとシラける。というかキモい。全くついていけなかった。
エヴァよりも前のことだったと思う。当時主流だったお気楽極楽なリプレイ連載に学生らしい嫌気を覚えたか、『ベルセルク』か『痕』か、そのへんから影響を受けたのではないかと感じたものだ。
そういうのもアリだとは思うが、そういうのばかりというのもナンだと思うのである。

そんな彼らのマスタリングといえば、プレイヤーの言動はシナリオに影響を与えない。そんな印象を受けるセッションばかりだった。
TRPGにおけるシナリオというものは、ダンジョンやウィルダネスをうろつくだけのシンプルなものもあれば、セカイ系のNPCとダンスするのものもあり、多種多様である。前者は主にダイス目によって悲喜が決定するが、後者はだいたいゲームマスターの掌の上で踊ることになる。うまく踊らせてくれるなら文句はないが、陰鬱さは増すばかり、テンポは外れていくばかりの音楽にのせられて、まるで急な坂道を駆け足で駆け降りさせられるかのようなダンスはなかなかしんどい。主役級だったりすると、セッションをぶん投げたくなる。というか、一度だけ、ぶん投げた。二日間、長時間拘束されていたこと、PS版ガンダムで3D酔いになっていたことがまずかったのだろう。ヤニの煙が疲れた目に染みて涙がとまらず、乾いた笑い声をあげながら、それまで必死に演じてきたかよわい少年PC像を自ら踏みにじるキレっぷりを示した。なにもかも耐えられなかった。
我が身がマスターをしたときにも、彼らの嗜好は顕著に顕れた。死にたがりなのだ。いかに散るか、そればかり考えている。犬死ににも美学はあると、少なくともTRPGではそういうこともあると経験から知ってはいるが、彼らの自己陶酔には、同類項であるはずの俺様ちゃんでもひかざるを得なかった。

さて。
ホントのタイトルは『家のない少女たち』。「担当編集者に、表題のようなタイトルを希望として伝えたら苦笑された」とまえがきにある。本書が扱う事柄のうち、一部報道などで取り上げられた事件に関わっていると察せられることもあるようだ。記されたことが本当ならば、報道が表層的なものに過ぎないことを示す一つの証といえよう。
世の中にはいろいろなことがあるものだが、本書の主題となるようなことは十年二十年の間に突如として発生したものではなく、きっと大昔からあったことなのだろう。正道を歩めたならば、その才能を無駄なく発揮できたに違いないと思わせる凄い方も紹介されている。
昨今もなにやら話題作がなにがしかの物議を醸しているようだが、「鬱エンド」がどうこうのたまっているヤツは読んどけ。
そんなカンジ。

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