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2011年3月

2011年3月30日 (水)

読物 『機動戦士ガンダムUC 4~10』

 早口に言うと、マウリはせかせかと応接室から出ていった。いまさらなにが間に合うものでもないが、やれるだけのことはやった、と言い訳ができる程度にはマウリは動くだろう。職務上の勘は働かなくとも、自分の立場を守るためには特別な反射神経を発揮するのがこの手合いだ。

――第四巻 『ラプラスの亡霊』 P.67

『やさしい方でした。やさしさを活かすためには、強さと厳しさが必要であることを知っておられた。その厳しさが、時に冷酷な能力主義者と見られることもあったのでしょうが、それこそやさしさの意味を取り違えた者の見方です。現代の人は、無責任なやさしさで現実をごまかすのに慣れていますからね』

――第八巻 『宇宙と惑星と』 P.80

「風見鶏・・・・・・。大衆という名の風に吹かれて右左、か」

――第八巻 『宇宙と惑星と』 P.110

「わかるよ。なにもかもうっちゃって腐れるような奴に、この仕事は務まらん。犬は犬でも、上等な犬だからな。おれたちは」

――第十巻 『虹の彼方に(下)』 P.66

「フクイ・・・今頃ミシマ気取りでしょうね」

――一読者のコトバ

小説版ターンエーガンダム『月に繭 地には果実』で獲得した俺俺ガンダムという印象は変わりなく、オマージュがあざとすぎてどうにも好意的に受け容れられなかった本作品だが、五巻でやっと、スイッチが入った。長すぎる暖気はエンジンのポンコツ具合が進行したということか、我がことながらイヤになる。

全巻を通して、これまで顧みられなかったMSの総括の風合いも見られれば、本作に込めた気合い、あるいは、著者の地力が垣間見えようというものだ。六巻に登場する、ビグザムとエルメスとサイコガンダムをたしたようなグラブロは、その象徴といえよう。

大上段に構えつつも、自らに課したガンダムの作法を遵守する姿勢はうかがえる。しかし、かつては狂喜し、小躍りし、ニヤリとさせられたであろうオマージュにも冷笑をしか禁じ得ず、間違いなくファンサービスとして配されたソレコレにも眉をひそめさせられるばかりだった。オマージュとはもっとさりげないものではないかと思うのである。

大上段の構えに勢いはあっても、心情は盤石ではない。本作品に感じてしまうそのような著者の気配は、ガンダムをhackして自論を語ることへの怯懦から発露したものか。福井作品にはいずれも、これに類する宿命的な構造の脆さがあると感じている。それは自信のなさから発するものであろうか。立てと叫び、嘲笑で応じられるのではないかとの怯えから発するものであろうか。
ともあれ、その脆さが物語に歪みを生じさせることになるが、これに対するに、水が低きに流れるように、歪みを一身に引き受けさせられる変態を用立てることで解決が図られる。歪めば歪むほど変態はとどまるところなく変態となってゆかざるを得ず、それを贄としてカタストロフィをなんとか乗り切らせる。『終戦のローレライ』『月に繭 地には果実』『Twelve Y.O.』『亡国のイージス』には、そんな印象を抱かせられた。

さておき。
Zから発色してZZ、CCA、Vとファンタジーの色調を強めていったガンダムだから、いまさらいちいち突っ込むようなことはしない。
宇宙世紀のターンエーをやりたかった。シンクロ率400%を達成し、イデを発動させたそれはだが、ひどく矮小であると感じることを禁じ得ない。
シーブック・アノーやロラン・セアックのようなよい男は、なかなか生みだせるものではない。
そんなカンジ。

2011年3月25日 (金)

久々の単車

起きたら8:24だったので。

危惧していたバッテリー枯渇はなかったものの、エンジンがなかなかかからない。老朽車に,
9日のブランクはリスクが高すぎる。

昼、飯を食う前に、単車に飯を食わせようと試みるも、近隣のスタンドは在庫なし。

あと20kmくらいは走ると思うが・・・さて。

2011年3月23日 (水)

帝京級達成

昼休み、食事に出かけようとしたところ、サドルになにやら付着している。
どうも、先ほどぱらついた雨とともに落ちてきた花粉やナニヤラらしい。郵便局へ行ってその後食事と思ったが、雨がまた降り出してきたので、買って済ますことにする。
職場でもそもそ食っているとなんだか目が痒い。雨滴のついた眼鏡は拭かずに自然乾燥させていた。かけているときは近すぎて気にならなかったが、外してよく見てみると花粉らしきものが付着している。よりによって内側だ。
ほんの数滴に、それと分かるほどの花粉が含有するとわ。

痒い午後を過ごし、帰路、帝京級に挑戦する。
比較対照は1.1km、帰路の上り坂は750m、比較的緩やかな登り、最期にきつい登りという構成が比較対照と非常によく似ている。
呼吸にあわせてマスクが膨らんだり萎んだりする。明らかに呼吸の障害となっているのでマスクを外してみると、呼吸は楽になるがたちまち鼻が冷たくなる。三月も末だというのに冷え込みが厳しい。

ちんたらとだが休まずクリア。甲斐あってその後の下りが快適。
食料品など、相変わらず一部の物資が不足しているものの、ソウショク系でも手に入れらるようにはなった。ガソリン渋滞も解消されつつあるようだが、急ぐこともあるまい。

2011年3月22日 (火)

ちゃり in the rain

ン十年ぶりに雨天カッパ走行。
こんな雨天でなければ上着の前方を解放したり袖をまくったりすることで放熱も可能だが、こんな雨天なので、あまりそうしたくはない。
迂回路も途中までずっと緩やかな上り坂で、通学するヒトビトに次々と追い抜かれていく。ヒルクライムは苦手だ。
汗をしたたらせながら職場到着。
こうなるとわかっていたので、チャリ通を考えつつも躊躇っていたわけである。

昨夜、唐突にパトレイバーを見たくなってしまい『二課の一番長い日』を見た。アイキャッチの98式が肩をデフォルメしたデザインで、当時はこういうのが流行っていたんだなあと思いつつ。

んで、劇場版も見たくなる。
劇中における篠原重工と政府の取引には、なにやら現在進行中のナニカと符合するような気がして、腹黒い気分になったりならなかったり。

2011年3月21日 (月)

読物 『邪神ホラー傑作集 クトゥルー怪異録』

『這い寄れ! ニャル子さん』のあまりの外道っぷりに、同じ外道でも極上な『妖神グルメ』が読みたくなり、探すも見あたらず。
そういえばかつて引っ越しの際BookOffに買い取りに来させたときに、売らない方に分別していたものまで引き取られてしまったことを思い出した。以前も再読したくなったとき、同様に記憶をたどったことも思い出した。

古本でしか入手できないモノなのでとりあえず出待ち登録をして、この無聊を慰めるものはないかと情報を漁っていると、菊地秀行が短編を寄稿している選集があることを見出した。
目録は以下の通り。

『曇天の穴』 佐野史郎
『蔭洲升を覆う影』 小中千昭
『邪教の神』 高木彬光
『銀の弾丸』 山田正紀
『出づるもの』 菊地秀行
『地の底の哄笑』 友成純一

専業作家でない佐野史郎の作品が、一番クトゥルーらしいと感じられたのは因果なことである。肝心の作品は、期待ほどではないが、耽溺していた頃の風合いを見出せたことは僥倖と言えよう。『銀の弾丸』はクトゥルーというより逆宇宙シリーズのようであるが、山田正紀が与えた影響は存外に大きいのかもしれないと改めて思い知らされた。

Dの派生シリーズ、十六夜京也の続刊シリーズも刊行されたようで、久々に菊地秀行を追ってみようかと思いもすれど、これまでに幾度かそうさせられたように今回も後悔してしまいそうで躊躇われる。

読物 『狼と香辛料ⅩⅥ』

なんだか唐突だが、完結したらしい。
当初期待していたようなアレコレには全く応えてくれておらず、また、いろいろブツクサ言ってきたけれど、とりあえずは呪になるまえに全うしてくれてよかった。

読物 『機動戦艦ナデシコ ルリ AからBへの物語』

なんだかいろいろあって、続編だとかもう望めないらしい。
そんなことを知ったのはずいぶんと前の事だが、それなりにハマったわりには取りこぼしがあり、これもその一つだった。

TVシリーズと劇場版をつなぐ物語。
短いながらそれなりに読みではあったし、燻っていたものもいくらは消えたようではあるが、かつてのような渇望もまた失われたようである。

2011年3月20日 (日)

読物 『去年はいい年になるだろう』

Android携帯を手に入れ、Gmailを利用するようになり、Googleリーダーというものを使うようになった。定期的にWebサイトを巡回するなど、随分と久しぶりのことだ。
リーダーに登録した中に「これだけは読んどけ!ってSF」というニュース速報版のスレッドを紹介するサイトがあり、同スレッドの1には「『SFが読みたい! 2011年版』「ベストSF2010」ランキング発表!」とあり、国内版、海外版、それぞれのベストテンが記されていた。
本書は国内版ベストテンの五位。リスト中から唯一興味を惹かれたタイトルであり、GA無双話の余韻もほどよく冷めたことで読んでみる気になった。

2月18日に手に入れた。
手をつける前に、3月11日が訪れた。
本書の帯には、こう記されている。
「米国同時多発テロも、あの大地震も、犠牲者はゼロ!?」

なんという虚しさだろうか。

このようなときにこのような作品が手もとにある。お彼岸の客待ちの時間潰しに選び、読破したということは、忌避する気持ちよりも、そうでない気持ち――おそらくは、救われたい、という――が勝ったということになろう。

『フーコーの振り子』や『ハイペリオン』をなんとなく思い出しつつ。
『ウィザードリィ日記』級の自分語りに引きつつ。
らしいといえばらしい、らしくないといえばらしくないオチだが、しかし山本弘を確かに感じた。
こういう遊びが許される大家になった。そういうことなのだろう。

余談だが、時間改変モノといえば、『魔法少女まどか☆マギカ』が面白い。
二十年前の自分なら決して触れることはなかったであろう作品である。たゆまぬ訓練によって、昨今では忌避する前にまず見るということを覚えた。
未完だが、現在の印象的としては短編作品の『ZETMAN』が近い。

2011年3月17日 (木)

ちゃり ON チャリ

朝、通勤路をてくてく歩いていると、チャリ通の女子高生に追い抜かれた。
青葉台級に続く坂をすいすい登っていく。

若さを目の当たりにしながら、俺はぜったい登れないと思った。
小学生の頃、ノストラダムスの大予言の年にはアラサーになっている我が身に気づいたとき、だめだきっといきのこれないと絶望したことを懐かしく思い出しつつ。

計画停電で15:20から輪番となる職場の地域、同地域にあるDIY店は、本日は14:00までの営業だという。上長に許可を取って、午前中にチャリを買いに行った。

そのDIY店、普段は店舗の前に二十台くらい自転車を並べているが、今日、それらがきれいさっぱりなくなっている。嫌な予感にとらわれつつも店舗をのぞいてみれば、数台、残っている。一番安いものでブリジストン製37,800円。
ソウショク系、またも出遅れたことになる。
一分程度悩み、予算の倍程度の出費でチャリをまかなった。パナソニック製、三段変速、暗くなると自動点灯するライトつきだぜいぇいorz

停電で早上がり。帰路、帝京級に挑む。
ダメだった。身体がチャリの乗り方を覚えていない。無駄に力が入っている。あっという間に息が上がった。ハンドルの形も身体に合っていないようだ。
やがて、背筋を伸ばして脱力してハンドルを取るような具合に乗れば、疲れは少ないとわかった。映画なんかで、深窓の令嬢が真っ白なドレスに白い帽子を装ってピンと背筋を伸ばして自転車にお乗りあそばされているシーンがあるが、そんな風に乗ればよいようだ。
なんだかかつてないほどに健全な方向へ矯正されようとしているような気がしないでもない。

本日、約12kmを乗って具合を確かめ、身体もチャリのなんたるかを思い出しつつあるが、体重が落ちない限り、ケツが痛いのはきっと慣れないに違いない。

2011年3月16日 (水)

停電

じょうじゃくなぼくは、きょう、ていでんのじかんが20:30までだということをしらなかった――

18:30頃てくてく帰宅して、ぼくの住処たる集合住宅を見やってみれば、明かりがついている。
今日も停電はないのかなと、部屋に戻る前に、道路を挟んでむかいのスーパーに買い物に行くことにする。一見やっているようにみえて、スーパーは閉店していた。同じ敷地内のDIY店は、やっていないようにみえてやっていた。柔軟剤と、キットカット、ポテチを買う。晩飯の炒飯に肉をいれるつもりだったが入手できないので、ポテチをいれてみようという作戦だ。なお、普段はカップラーメンなども置いてあるDIY店に今日は菓子類しかなく、他には種芋があるだけだった。

さて、帰宅しようとしたら、信号が消灯している。ひとつ隣の信号は点灯している。
この地域は、ぼくの住処たる集合住宅あたりを境界にして変電所が異なることは、地震の日に発生した停電でわかっていた。どうやら輪番が来たらしい。

先だって、第三だか第五グループの、おおよその停電時間は調べておいた。この時間となると、19:00までのはずだ。

はずだった。

真っ暗な部屋というのはなにもすることがないもので、喫煙し、Androidで遊んでいればじきさと気楽に待っていたのだが、いっこうに回復する兆しが見えない。
キットカットで命をつなぎつつ、寝て待つ。時間を過ぎても復帰しない。バッテリーの残量が気になるところだがたまらずネットで調べてみたら、「~実施されることになった。20:30まで~」のような記述がみえる。

被災地でこげなことやられたら、そりゃあ、そうだよな。

徒歩40分

わりと最近ガス欠でえらい目にあったので、今日一日くらいはなんとかなりそうだと思いつつも乗らないことにした。念のため、朝一で近所のガソリンスタンドをチェックしてみたが、店員曰く今日は営業しないという。

通勤に、徒歩で40分かかることを実測。途中、コンビニに立ち寄って引き落としなんかをした。それを除いても30分強は要したことになる。Google Mapによると2.5km、32分を要するらしい。
毎朝こんなことをしていたら健康になってしまう。

自転車を買おう。
青葉台級の坂道があり、これが見通しが悪く、チャリでは危ないという気がしないでもないが、健康になってしまうよりはマシかもしれない。

2011年3月15日 (火)

停電グループ

3か5ということはわかっていた。

詳細な情報だというので見てみた。

やっぱり3か5ということしかわからなかった。

職場も3か5だが、今のところ停電はない。

2011年3月13日 (日)

近況

近所のスーパーでは、インスタント食品、パン、菓子、米の棚が空に。少し遠いスーパーも似たようなもので、野菜も調理しやすいものは在庫がない模様。
豚肉が人気か、国産品はほとんど在庫なし。鳥は胸肉が人気か。
一昨日は惣菜が完売だったが、日中はまだ在庫があった。

近所のガソリンスタンドに長蛇の列。昼過ぎから現在に至るまで、列が途切れない。
市内のガソリンスタンドは売り切れ状態。

日中は、時折消防車のサイレンが響いていた。

墓を見てきた。
石碑と供台の一部がズレていた。ウチのばかりではなく、他の墓石も似たようなありさまである。早くも補修されているものがあった。

2011年3月12日 (土)

読物 『龍の七部族』

いろいろなことを考え、思いもしたが、「聞法修学は他者を否定しない」の教えに深く感じいった昨今としては、万感の想いをただ一文に託そう。

俺には、あわなかった。

『カペルドーニャの鉄騎士』はいまだに宝物だし、かつては画集を買ったりしたものだが、最低十年くらいは動向を追っておらず、たしかわりと近年新装版が刊行された『ファファード&グレイマウザー』シリーズのカバーイラストを手がけたことくらいしかしらない。それを一瞥して思うところもあったにせよ、もはや語るほどの熱量は有していなかった。

だが、今回は言わせてもらおう。末弥純にはがっかりだ!

2011年3月10日 (木)

読物 『鏡の法則』

いつものつもりがいつもよりも消耗してしまった三月度武専の座学にて、本部派遣講師よりご紹介いただいたものである。

座学では珍しくディスカッションの時間が設けられた。そのまとめの最後に講師はポツリと「川上濁れば川下濁る」と漏らされた。講師は本業が高校の教員であり、同校の校長先生がなにかの折にふと漏らした言葉だったそうだ。「川上」がなにを指すのか、それは明示されなかったが、肝に銘じるとともに、思い当たる実例が幾つか脳裏をよぎった。

我々ないし私が他者に与えられる影響は時には存外に大きいものとなりえるが、常にはないといって差し支えないほどのものである。
週二回、たった二時間のことである。一週間は168時間。その他のことをして過ごす時間に比べれば、無いに等しい。

このようなことを考えされられた初めてのケースは、県内の他の道院をたらいまわしにされてきた子と出会った時のことだ。当道院で三か所目だったか、二年か三年在籍して辞めていった。私が首座を継続的に勤め始めるようになってまだ間もない頃のことだったと思う。
泣き虫で、一度拗ねると膝を抱えてうずくまってしまう。度が過ぎると道場内から姿を消し、どこかへ行ってうずくまり、誰かが探しに来て慰めに来るまでそこにずっといる。その子の事をよく知らないうちは、かなり心配して気を配ったものだが、だんだんとわかって来るにつれ、構わなくなった。フォローはしていたが、それでも彼のためだけに消費したコストを他の子たちのために振り分けられたら思うと、気が滅入るばかりだった。
同年代の子たちは最初はかばってあげていたが、なにやら悟るところがあったようである。技をかけてもかけられるのは嫌がり、技をかけあう前からペアの相手にダメ出しをし、しまいには構われなくなるどころかペアを組まされることを嫌がられていた。
甘ったれ、なのだ。
そんな我が子を、母親は「エジソンと同じなんです」と言った。エジソンの母親は我が子になにをしてあげたのか知ってて言っているのだろうか。
いじめられる側にも理由がある。そんな理屈あるかいな。その子と出会うまでは、そんな風に考えていた。今では、いじめられる側にも理由がある場合もある、と考えを改めている。
対等に並び立つことができなければ、立場を変えるか自分を変えるしかないのは老若男女を問わずあらゆるコミュニティで成立するルールだ。KYや弱者をかばいすぎると社会が混乱し疲弊していくのは現実がよく証明している。ネトゲで経験した方も少なくないのではなかろうか。コミュニティの指導者の器が大きくとも、構成要員のそれが同じとは限らない。そうした要素が混入していることを嫌ってコミュニティを去る場合もある。
子供の社会は平等だ。しかし、それは弱肉強食と同義でもある。言葉悪く言えば、バカの相手をいつまでもしてくれない。子供はまた不公平・不正を嫌う。自分はよくて他者はダメ、などという持論をかます奴はハブられて当然だ。
そんな子でも、一時期はかなりよい感じになったと思えたことがあった。その直後、来なくなった。しばらくして来たら、前のようになっていた。
家庭内でどのような扱いを受けているのか知らないが、甘やかされた挙句にもとのようになったと推察できる。

もう一例。
父親と息子がます入門し、母親ともう一人の息子がついで入門し、一家そろって拳士になった家庭があった。
熱心なんだかそうでないんだかよくわからない、というのは、技をかけると「痛い!」といって猛烈に怒るからだ。痛いことってわかってやってんだろそりゃないぜせにょーる。
夫婦そろってそうなのである。別に痛いことしたいわけじゃないし、自ら望んで怒られたいわけでもないし、だんだんに触らないようになっていった。
旦那の方は、こちらが他の方と技の稽古をしているのに雑談を持ちかけてきて空気も読んでか読まずしてかそれをずっと継続したがる。しかもアニメの話だ。すげなく袖にはしないが、長くは続けたくない。俺は稽古したいんだ! ますます距離は遠ざかる。
しばらくして、父親と二男がまず辞めた。もうしばらくして、母親が辞めた。
長男も辞める。
四年ほどになるのだろうか。ついにこの長男は正しく結手立ちを覚えぬまま辞めていく。彼の父親がやっていた、だらしなく膝を緩めて、だらしなく結手を垂らした姿をそれと覚えて、辞めていく。父の背中をずっと追っていた彼を誉める者はあるだろうか。
父親にも何度か指摘した。年上の方には注意しにくいもので、やりたいわけではないが、やった。治らない。子どもの方は、毎回どころではなく、同じ時間のうちに何度も注意した。治らない。
その子も近頃はペアないし、稽古の組にいれようとすると、相手の子たちから拒否られるようになった。まともな稽古にならないからで、しかも危険だからである。太って足が上がらなくなったことを意にも介せず、金的を蹴り上げて悪気もない顔をしている。甘ったれのツラだ。

褒めよう。
首座を務めるようになってから数年経って、簡単には褒められなかった幼少時代を振り返り、そんなことを思った。自らの経験を振り返れば、褒められた時には嬉しかったし、成果を出して足りないといわれた時にはやる気を失ったりもした。
簡単に褒めるのはよくない。価値がなくなる。だから、成果に評価を与える意味の褒め言葉を与えようと思った。
褒めたくても褒めることができない子というのもいるもので、こういうのは褒める側のセンスのなさなのか、褒められる側の間の悪さなのか、かつては褒めてあげられたのに、なにがどうなってそんなんなっちゃったのってなカンジもある。モノの本には難易度を下げて褒めろというが、そもそもやる気のない子は基本すらやりたくないわけで、褒める要素が見つからない。
やる気を持ってもらえるように、楽しんでもらえるようにコンテンツに工夫もしているが、それでもなお、というなら、もういいやという気にもなる。指導者モードは仮面なのだ。素の私は求道者なのである。変な言いわけをしようもののなら斬って捨てるタイプなのを、それじゃいかんと自らに強いているのである。

合う合わないというのは確かにあるので、なにやってるんだかわからずにさせられてる子供にとっては、よくわからんことで怒られたり褒められたり、そんなカンジなのだろう。楽しんでもらえる子にとっては楽しんでもらいつつ上達もある。

本書の意図することは、私的な例とは微妙に異なる。
そうする必要のないほど具体的で短く簡単な内容ではあるが、あえて本例に即して翻訳を試みるならば、例えば我が子に礼儀を教えたい方が、そう望んで我が子を入門させたとしても、ご家庭で礼儀をおろそかにするシーンをお子様に日常的にお見せしているならば、我々ないし私が礼儀をお教えすることは不可能に近い、できたら奇跡である、ということになる。

2011年3月 9日 (水)

喘息

日曜日。
普段と同じ調子で稽古をしたつもりだったが、終わってみればいつも以上の消耗感で、空腹は感じていないのに飯を食う必要性を感じる。16:30頃、つけめんと餃子を食す。苺とコーラを買い、帰宅。洗濯して風呂入って寝る。

月曜日。
予想通りの筋肉痛。大臀筋とかにも感じるのは予想外。
通勤時は雨で、職場に到着する頃には霙、すぐに雪になった。体調がぐんぐん悪くなり、昼頃には発熱を自覚した。近所の食堂に向かうのも億劫で、それよりは近いコンビニでパンなどを買い、食す。
退勤時間まで持たず、16:30頃途中退社。
買っておいた苺がまずく、味覚異常を自覚する。コーラと水を補給しながら寝る。

火曜日。
腹は減っているが食欲がない。昼頃、近所のスーパーでバナナとパイナップルとコーラと食パンを買う。夜半までかけてバナナ四本を食す。まずい。パイナップルはうまく感じられるが、固形固形したものは余り食す気になれない。食パンとカップスープ、ヤキソバを食べたような気がする。
肋骨周辺が痛い。期待されている気圧保持がなされておらず、内側に押されているような感覚。

水曜日。
なんとか気力ができたので、かかりつけになり始めた医院に行く。指先にクリップのような装置をつけられなにやら測定された。かつて自前のTRPGで最も呪わしいNPCと自他共に認められたキャラクターの容貌に激似と我が脳内で評判の老医師は、「呼吸レベルが落ちてますね」と告げ、「喘息でしょうね」という。
花粉症や風邪の症状がひどいときに喘息を併発しているというようなことおをいわれたことはあるが、喘息それそのものを診断されたことはない。
呼吸はとても大切なものだと自覚する。気力もさることながら、体幹の力を発揮することができないために、簡単な動作にも一苦労するありさまである。
ラーメン食って帰ろうと思ったら店が開いてなくて、スーパーでカップラーメンとコロッケ二個を買って済ます。カレーのような味わいだと不味いと感じることはないらしい。食ってすぐ腹が減るが、食欲はない。
寝たり、『魔界都市<新宿>』のOVAを見たりして過ごす。著者には評判が悪い作品だが、「その瞬間宙に舞っていた」感をよく再現している作品として、氏の映像化作品としては我が内で不動の一位を維持している。久々に胸熱く鑑賞してしまった。
19:00頃、固形物を食う気が起こらないのでラーメンを食う。消化も始まっていないであろううちから、復調を自覚しはじめ、かくて駄文を書き綴れるほどには回復した。
食も基本である。

かつては、病気で体力が減退しても食ってなんとかしてた。
食うのにも体力がいると自覚したのは二十代の後半で、アラフォーで食う気力が湧かなくなった。
やれやれだぜ。

2011年3月 7日 (月)

漫画 『デビルマンレディー』

こわしてしまうのは 一瞬でできるから――

あとから考えてみると、幼少の折、テレビくんやテレビマガジン、コロコロコミックなどで氏ないしプロダクションの漫画作品を目にしていたはずであり、そうでなくとも『マジンガーZ』や『グレンダイザー』、『鋼鉄ジーグ』、『デビルマン』、『どろろんえん魔くん』、『キューティーハニー』のアニメ作品は見ていたはずである。

だが、永井豪という名前が我が脳内に留まったのは『デビルマン』の原作からである。小四だか小五の頃、盲腸で入院したとき、叔母が退屈しのぎにもってきてくれた全五巻のマガジンコミックスからである。

すごかった。デビルマンというと緑の巨人でビームでカッターで空を飛びだったのだが、ミキちゃん祭と、明、足! 足!な作品となった。

以後、『手天童子』『凄ノ王』などにコーフンしながら、『鉄戦士ムサシ』や『アイアンマッスル』にがっかりしつつ、幼年期の終わりを迎えていった。モンキーパンチの『ルパン三世』を立ち読みしたのもこの頃である。

『デビルマン』の衝撃は語りつくされたことであり、個人的なアレコレはそれらと大同小異であろう。ともかく自分史的にも、『人造人間キカイダー』や『バビル二世』の漫画版ともども、ジャイアントインパクトかカンブリア爆発くらいの衝撃はあったようだ。
その後、『魔界水滸伝』や永井兄の小説版『凄ノ王』に手をつけたのはそのインパクトのせいもあろう。栗本某が天野某からトンデモネー影響を受けてグインで耽美一直線となったように、永井豪も栗本某から影響を受けずにはいられなかったようだなんてことを思ったり思わなかったりしつつ。
さておき、省略すると、『デビルマンレディー』を読んでしまうことは、自分史の否定にもつながりかねないと恐れたわけで、つまりは今日まで読まずに過ごしていた。

その後『バイオレンス・ジャック』やその他もろもろで修業を積み、ゲッターロボもアークであないなことになったしと、いろいろ解脱したようなので、読んでみることにした。

 まあ、ありじゃないかな。ニューマンとか懐かしかった。

 クライマックスはすげーカオスで、『トッツィー』のラスト、ダスティン・ホフマンのマシンガントークなカンジ。

 あるいは、ラストがああじゃなかったなら文句なく面白いといえたのかもしれないけれど。

 あんなにイカしてたカイムが・・・カイムが・・・

 ミキちゃんカワイソス。

さておき、永井豪がどんな本棚を有しているのか、知りたい。

2011年3月 3日 (木)

漫画 『砂の薔薇』

まったくもって、いまさらであるが。

アニマルハウスを購読していた当時、まるでスルーしていたことに、たぶん、理由はない。
敢えて理由をつけるなら、『ベルセルク』を渇望していた当時、女性が主人公の青年漫画にはまるで興味がなかったということになるが、だとしても一読もしていないという事実は我ながら驚愕に値する。さらに理由をつけるなら、歪み始めた絵を毛嫌いしたということになろうか。

そうして時は過ぎ。どこかでなにかを求めていたとき、ふとオススメする評を目にした。
それが、いまさらながらの理由である。

面白い。
八巻で息切れ。以下惰性だとしても。

物語の落とし所となった、ヒロインであるマリーの因縁話は、全15巻のものとしてはいささかナニで、当初はもっと尺の短いストーリーを構想していたと思われる。

昔の漫画および漫画家に対しては思い出補正が強度にかかり気味で、昔は良かった的な感覚に陥りがちだが、そうではないことを思い出させてくれた。初めてこれを感じさせてくれたのは二十年ほど前、松本零士であったことは奇しなる縁というべきか。

『エリア88』の最初のOVAが観たくなってしまった。

2011年3月 2日 (水)

ぜんとうきん理論

俺学
だいきょうきん理論
その後のだいきょうきん理論
またまただいきょうきん理論 上腕の凝
4度だいきょうきん理論 拡大する悪果
そして背中合掌へ

以上のように展開してきた「だいきょうきん理論」は発展的というか収束的に次段階へ飛躍することとなった。本論がそれである。

だいきょうきん理論をまとめると、身体前部のコリは身体背部と対称的に対照されるもので、身体背部のコリの原因としては四肢の捻れや疲労が無縁ではなく、肉体の許容範囲を超えると相互に影響し合ってわけわかめとなる。俺学では、そういうことになる。

慢性的な肩こりは運動不足が原因かと考えて定期的な運動を初めて十年、今では俺的肩こりの主原因は眼精疲労であると理解している。運動を行えば、血行が盛んになることにより一時的に緩和されるものの、解消はされなかった。
やや激しさと痛みを増してきた運動が原因として追加されたのではないかと考えもしたが、それも一因ではあるにせよ、仕事による影響――より詳細に述べるならば、コンピュータディスプレイを凝視すること――が最大であるということも経験的にわかった。

独居にて低下した文明レベルは、電子レンジという利器を得て蒸しタオルを実現可能とした。
最初は目蓋のうえに乗せるようにしていたのだが、どうも額に乗せる方が俺学的に真らしい。蒸しタオルを乗せていると、終日、眉をひそめ続けていたんだなあとわかるカンジに、擬音にするなら「ウジュル ウジュル、ウジュル ウジュル ウジュル」な具合に、ほどけていくなにかを感じる。それが首筋や背に、腰に、広がってゆく。
目の疲れから、こめかみや額を揉んだりすることはあった。だが、これほど劇的な効果を体験したことはない。同様に、首筋に暖かいものを当てて横になるのもよいようだ。

長らく腰痛として扱ってきたものが、右股関節の慢性的なコリに由来するらしいこともわかってきている。脇腹の柔軟性についての考察とともに、今後の課題となっている。

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