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2011年2月

2011年2月27日 (日)

読物 『なれる!SE3 失敗しない? 提案活動』

「土曜日、ビーフシチューを作る」

そう宣言したら、スネ肉を用意された。せめてもの救いは前日にわかったことか。

これで土曜の予定が狂う。バラ肉でテキトーに作ろうと思っていたのに、昼から着手せねばならなくなった。

まず、修理が完了したメガネをとりにいく。
修理中に使用していた旧式メガネ由来でか、頭痛と首の凝りがひどい。これは、愛用のメガネを着用したからといってすぐに治るものでもない。この日一日、具合悪く過ごすことになる。
さらには花粉侵略による脳力低下が顕現し、メガネ屋に提出する書類を忘れたり、買おうと思っていた食材を忘れたり。頭痛も微熱も花粉のせいもあるかもしれない。

午後二時調理開始。
スネ肉を水から茹で、いったん水で洗い、赤ワインとローリエと水で再度数時間煮込む。

その間、どうして時間をつぶしてくれようと考えて用意したのが本書だが、二時間しか潰せず、残りの時間は Robo Defence に費やすこととなった。

あいもかわらずファンタジーだ。このセカイのどこに天才ロリSEとか、美人で万能なひとり総務とか、サイコなきょにうSEとか棲息しているというのか(サイゴのだけ、っぽいのを観測したことがある)。クールビューティな担当課長など見たこともない。
我が経験が裏付けてしまうリアリティがなければジュッパヒトカラゲなラノベってカンジで、三巻にいたってその傾向を高めているものの、楽しめている。
かつて所属した組織で、先輩社員が「社長案件」という単語をいかに皮肉な調子で口走っていたこととか。その先輩がプレゼンテーションでノリノリになってしまい、軽くブレーキを踏んでやらねばならなかったこととか。
必要と思われる工程は踏まずに作業を押し付けるくせに、変なとこだけ手順を踏みたがる元請けとか。休出に責任者不在で、Temp領域がフルでviが起動しない場合、どうすりゃいいんスかね、Temp領域の削除にroot権限必要なんスけど、パスワード分かっちゃった場合、消しちゃっていいんスかね、とか。
仕事を取ってくることは貴重な才能だと思うけれど、赤にならず、Win-Winな結果を残せるように取ってくるのは希有な才能であるように思う。

さておき、二時間ばかりで読み終えてしまい、煮込みにはさらに数時間を要するわけで、もうちっと読み応えのある、流行のノリツッコミに走らない続編を期待したりしなかったり。

できあがったビーフシチューは市販のルウをつかったにしてはすんげーできばえで、口の中でとろける仕上がりになった。家族にも好評である。
だが、手間を掛ければオイシイ料理になるのは当然なので、成果としては二流といえよう。手間が掛からないオイシイ料理が一流なのである。
圧力鍋欲しいなあ。

2011年2月21日 (月)

ちゃりはフランスへ行くことになった

かもしれない。

目的地はパリとトゥールーズ。

せっかくだから観光すっかと思いはすれど、フランスに行きたいと思ったことがないので、見たいところが思いつかない。

しかたないからParisienneでも見てこよう。

2011年2月20日 (日)

メガネを修理に出した

愛用しているメガネは金属フレームで、ツルの所をネジ止めし、レンズを固定するタイプである。

先日、同道院の女性拳士から目打ちをされ、避け損ねてメガネをはじき飛ばされた。
はじき飛ばされたメガネは、前述のネジが抜け落ちてしまったらしく、片方のレンズが外れてしまった。修理に出したところ、ネジは無くなったのではなく折れていて、除去したものを見せてもらったところスンゲー錆びていた。
フレームはステンレスな金属でも、ネジは違うらしい。稽古の時にも着用しているから存分に塩は染みていることだろう。

レンズの傷が気になり始めてからしばらく立つが、ネジが錆びるほど年を経ていたかと思えば、交換を決断すべきだという判断にもなる。
現在のフレームは気に入っており、フレームごと買い換えるという選択肢は現時点ではない。万人に受けの悪い我がメガネはフレームのレンズ枠が大きなタイプで、似たような大きさのものは販売されているが、それらは愛用のフレームよりも若干小さい。多少であろうとも、不便なものに変える気はない、ということである。

修理に出して、古いメガネをかけている。
前世紀に作ったメガネで、何代前かは忘れたが、こんなこともあろうかと保存しておいたものだ。

このメガネをかけてみると、不思議なことに、身長が伸びたような気になる。単車に乗ってもそう感じるのだから、座高が伸びた感覚なのだろうか。
足下が不如意になり、視界に入るフレームがどうにも気になる。疲れる。

それよりは新型のふちなしメガネはかけ心地がイマイチだがフレームがない分、疲労感は少ない。耐久性で劣るので、稽古のときは外さざるを得ないだろう。

修理には一週間かかるという。

2011年2月15日 (火)

倒れた

マクー空間で通常の三倍のエネルギーを消費したうちうけいじちゃりばんは、耳鼻科に行くのが手遅れになり風邪をこじらせた。
では、その発病プロセスをもう一度見てみよう。

木曜日、雪。
首の右側にひきつるような凝り。肩、肩胛骨周りも。
年中どこかしらなにかある我が身なので、凝りなのかウェザーペインなのか、風邪なのか、容易に判断がつかない。かつて扁桃炎をこじらせたとき、医師に「普通ここまで腫れたら動けないんだけどね」といわれたくらい鈍いからというわけでは決してない。その医師には「体力あるんだね」とフォローされたものの、馬鹿は風邪を引かないんじゃなく、風邪を知らないんだという言葉を味わい深く噛みしめたことは余談である。
夜半、風邪気味らしいと判断する。

金曜日、雪。祝日。こもる。

土曜日、こもり続ける。
試験前の最後の稽古日なのでなんとしても参座したい。初段を受ける子がいるので、稽古相手を勤めなければならないからでもある。
エサ食って稽古開始直前まで眠る。目覚めたら脱水症状。ひどく辛い。調子が悪いながらも参座。やってるうちにそこそこ回復する。
コーラとか苺で体力を支援。

日曜日。
早朝6:00に起床したもののゲインが得られず、布団にくるまってコスモを高め、いけそうだという暗示を完了させる。6:30までヤバかった。
路面凍結、放射冷却による猛烈な冷気、ガス、転倒という試練を経て、試験に挑む。
基本をやり、汗をかかせた後にペーパーテストという謎の慣習のため、冬季の試験では上着が欠かせない。念を入れて首にタオルを巻く。
ペーパーテストの後、実技試験。同段位の受験者は三人であるため、端数の分、相手を務めるよう仰せつかる。いつもより多めに回し(ry
「力、強いですね」といわれることには、力も技のうちと受け容れるようになった。かつて「力の一号、力まかせの二号」と呼ばれ、一号だった過去があるが、いずれ技と感じていただけるように精進したいものである。
試験後、喉の痛みを覚えるも、医者に行く気力もなく、力尽きて寝た。

月曜日。
昼食休憩時に耳鼻科に行こうと決めて出社したら、マクー空間に引きずり込まれた。マズい飯が気力に影響を与えたことは間違いない。
退社後、耳鼻科に行ったが、この時点で手遅れ気味な体調に。
「とら、んき、らいざー?」を彷彿とさせるデカい抗生物質を処方された。

火曜日。
病欠を決定←イマココ

病気していても寝続けるとさらに具合が悪くなるタイプのナントカなので、ぼちぼち活動して調子を戻さねばならない。
難儀なことだ。

2011年2月14日 (月)

喉が痛い

なんだかしらんが、SWEETS PARADISEなる店に連れて行かれた。渋谷スペイン坂発らしい店内はジョシばっかで入口でヘタレる。

サラダなんとかというご飯ものがメチャまずく、早々に士気低下。スイーツも特別おいしいというわけではなく、全く食が進まない。唯一、パスタだけが食える部類だった。

BGMは『バレンタインデーキス』のカバー。最近、行きつけのラーメン屋でもコレをよく聞く。
大股おっぴろげて甘味をむさぼり食っているジョシーコーセーらしきものを認識しながら、マクー空間とはこのようなものであろうかというインスピレーションが不意に湧き出でてきて、宇宙刑事の孤独と絶望を理解したような気になる。

今日は昼休みに耳鼻科に行くつもりでいたのだが、急遽入れられたこの試練のために退社後に行くことにした。
耳鼻科に行っておけばよかった。

2011年2月13日 (日)

Level-3

二日前から風邪気味で、今朝6:30まで結構やばかった。

三日前から断続的に降り続けて不安をあおっていた雪は止み、晴天である。街中にはほとんど残雪はないが、路面は凍結している。放射冷却がすさまじく、都市部から離れるほどにガスが濃くなってゆく。

まあいけるかなと出発したが、案の定というか、郊外のスポーツ施設近辺は雪が盛大に残っており、久しぶりに走行中に転倒した。10年以上なかったことである。
そのせいでアドレナリンが分泌されたか、風邪など消し飛んだ。

こういうのを天啓というのだろうか。「お前にはまだ早い」との警告であろうか。
はたまた試練か。

さておき、さまざまなアレコレを経て三段に昇格した。

そして今、アドレナリンの効能も切れたか、受けたりかけられたりしたところは痛いわ、風邪っぽいナニだわ、転倒の衝撃もアリアリなカンジ。

ここまで来るのに十年。
八年以内にもう一段がシバリである。

2011年2月10日 (木)

漫画 『東京物語』

格納場所ははっきりとしていたが、長らく手に取ることはなかった。

しなくてはならないことがあるとき、よそ見をしてしまうのはどうやら人の性であるらしいことは、ここ数年勤読してきたラノベにも明らかなことであるがそれはさておき。
唐突に、無性に気になって手が伸びた。

京極夏彦の「あのシリーズ」はたしか『塗仏の宴 宴の支度』で疲れて、しばらく寝かせることにして以来十年くらい手に取っていない。
なので、記憶があやふやなのだが、京極堂の過去バナが語られるシーンで、既視感にとらわれたことだけはよく覚えている。物語の中の時代の空気に『帝都物語』のそれを感じつつもとりたててその印象にとらわれることはなかったのに、そのエピソードには何故か、強烈に感じさせられた。厨くさい設定だったからかもしれない。

それがなんだったのか追求することはなかったが、『東京物語』を再読してああこれだったのかと得心した。

ふくやまけいこ著『東京物語』は、作品としては非常に中途半端な印象を禁じ得ず、それは当時も思ったに違いないが、今に至るまで粛正を免れ続けている理由の一つは、古き良き高橋留美子テイストな絵柄にあるのだろう。フミちゃんかわいいよフミちゃん。

高橋留美子テイストとというほど共通点はないが、ふと、新田真子を連想する。どこへいってしまったんだろう。
RUSHシリーズ、なんとかならんもんだろうか。

2011年2月 6日 (日)

読物 『まおゆう』

子細は知らないが即興で編まれたものだという。
労作である。序盤から中盤まではこの上なく好みであった。
個人的に総括すると、なんというか、hack という一言に尽きる。

読み出しから中盤は。
『狼と香辛料』とか『銃・病原菌・鉄』とかベースにしてんのかな、とか。
駄肉という言葉の響きが懐かしい。『ベルガリアード物語』が思い出され。
『十二国記』なんかも彷彿とさせた。

終盤は。
エヴァのSSで月の歌がどうとかいうのがあったけれど、著者のセカイ系になってしまって読むのをやめたなあ、とか。
公式サイトのGPM小説は、わけわからんことのたもうてたけど、筋だけは通していたように思うんだけどなあ、とか。
そーいや、『精霊ルビス伝説』ってどんな内容だったかなあ。もっかい読んでみるかなあ、とか。

そんなカンジ。

2009年3月頃にはおサイコさんを禁じ手にすべきではなかろうかと思ったものだが、哲学戦闘も禁じ手にすべきではなかろうかと思ったり思わなかったり。

そういえば、昔、ドラクエ2で論文発表したという話があったなあと、ふと。

魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」

2011年2月 4日 (金)

読物 『ミニスカ宇宙海賊』

『ブラスティー』を再読したい
発端はこうだ。

『クルーズチェイサー・ブラスティー』
スクエアとサンライズが共同で開発するという謳い文句で、戦闘シーンはフルアニメーションだというアオリで、発売前にはやたらと胸をときめかせたものだった。当時のパソコンゲームといえば、グラフィックがまばたきするだけで衝撃と大感動を与えられたもので、ギョーカイでアニメーションの第一人者といえばスクエアみたいな雰囲気があったことは余談である。
ゲームの出来はといえば、ひどくマゾいシロモノで、今やれといわれれば善処すると回答したくなるような内容である。いまよりはツワモノだった我が身はとりあえずクリアはした。宇宙空間で二次元マップかよとかいらんツッコミをすることのなかった無垢な頃のことだが、いちおう世界観的にそれはフォローされている。

さておき、ホビージャパンで並行して展開された企画に独自のノベライズ版があった。後にソノラマ文庫からも上下巻で発売されたがそれとは別物である。
再読熱に駆られたものの、その辺のことを失念していて、手に入れたのはつまらないほう――ソノラマ版のほうだった。

読み始めてそれを思い出し、ホビージャパン版に対する渇望とソノラマ版に対する冷めきった感情との相克が現実逃避として結露し、カバーイラストを手掛けた鈴木雅久に短絡した。当時もそこはかとなくそう思っていたのだが、改めてみるといがんだ絵を描く方であり、しかしながら当時はかなり好きなイラストレーターだったが、柴田昌弘のアシスタントだったとは知らなかった。

短絡してしばし。笹本祐一を想起するに至った。
熱心な読者ではない。いつか読もうと思っていた『妖精作戦』は未だに手つかずである。『エリアル』も完読していない。
まだ仕事してんのかなー的に情報収集してみると『みにすかぱいれーつ』なるキーワードが目についた。

笹本www
なにやってんのwwwww
wwwwwww左舷弾幕薄いw

脊髄反射的にそんな印象を抱いたものの、よく考えてみれば、エリアルというシロモノを世に問うた男である。
エリアルという存在の変態さ加減に比べれば、ミニスカの宇宙海賊など取るに足りぬ。たとえその語感のセンスが80年代だとしても。
共通しているところは「買う方の身にもなってみろ」というところだが、当時と違って今はネット通販がある。人類が得た革新に誉あれ。

内容はといえば。
ドクーガや竹尾ゼネラルカンパニーによって経費というカタチでこのセカイに導入された経済の概念、それを発展させた侵略行為――後に『砲神エグザクソン』に受け継がれたそれを著した男の、スペオペである。
印象として似たようなところでいうと、『宇宙船サジタリウス』やクレギオンシリーズか。

一言そえるとすれば、ごんぶと、である。

2011年2月 2日 (水)

アニメ 『刀語』

アニメは三話。小説は二巻くらい。
嗜好に合うか合わざるかというモノには、判断のためにそれくらいのコストがかかる。
小説を読破していたためか、アニメ版視聴にはコストは発生せず、とはいえ、休み休みではあるが鑑了した。

西尾作品アニメ化プロジェクトなるものがあったという。
曰く、アニメ化不可能といわれた西尾作品をアニメ化云々。
西尾作品は『クビキリサイクル』と『化物語』『刀語』しかしらないが、前者をアニメ化しようとしたならばアニメ版『うる星やつら』のメガネガタリというか千葉繁節を延々とやるようなもので、出来なくはなかろうが、見て楽しいものかどうかは、さて。そんな印象である。

アニメ作品を視聴するに至ったのは、文章作品でアレだった格闘描写を確かめるためだが、DB的ナニでわざわざ確かめるまでもなかった。鐚話、大仏殿の決闘にて、暗闇に備えて片目をつむっていたなど一部こだわりの描写を見いだせたことが、収穫といえば収穫か。
ともあれ、言葉遊びが過ぎて解釈に難ありな文章が、誤魔化しはあっても絵として示されるために解釈が容易である映像によって、いろいろとすっきりした。

どうでもいいことだが、カッコいい忍者って現代のクリエイターには創造不可能なのだろうか。
そんなことを、ふと。

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