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2010年12月20日 (月)

読物 『産霊山秘録(むすびのやまひろく)』

『銃・病原菌・鉄』では、文明の進歩には、技術を獲得することと同程度に、それが維持されることが重要であるとしている。獲得した技術を放棄してしまった例の一つとしてポリネシアの狩猟採集民たちと、日本を挙げている。
ポリネシア人はアジアから渡ってきたとされる。移住前後の風土の差異と人口密度の低さが技術の維持をなさしめなかったという。
後者については、日本の統一政権が、政権安定のために武器の携帯と発展を厳しく制限したことが、その後の歴史の転換――すなわち江戸幕府が黒船に対抗できるだけの技術・武力を有し得なかったいう歴史的事実につながったという。

半村良は、本能寺の変にひとかたならぬ思い入れがあったのだろうか。『戦国自衛隊』と本書と、多少の恣意はあったにせよ、個人的には無作為に着手した二つの作品が奇しくも同じ題材に関係していることが、そんなことを思わせる。

本書において織田信長は、朝鮮半島に商業の起点を設ける構想があったという。豊臣秀吉の朝鮮出兵は、信長の意図を表面だけなぞらえた仕儀だとかなんとか。本書において、秀吉はとにかくひどい評価を下されている。
著者の言によれば「三百年生まれるのが早すぎた」信長は、西洋について造詣を深め、天下が日ノ本のみにあらずということを、知識だけではなく実感していた。それが天皇制打倒という発想につながり、明智光秀の造反を招いたという。天皇家尊重の思想は深く戦国武将らの心情に根ざしていたから、信長は、事に当たって重臣たちをも遠ざけた。光秀のことは、あまりにも深く信頼していたために計画の一翼を担わせる形となったが、これがどのような結果を招いたかは史実の通りである。
このとき家康は京周辺の遊山に出され、本国家臣団との連絡も絶たれていた。家康がこのとき三河にいれば、天下を取ったに違いないという。この機を得られず、関ヶ原まで待たねばならなかった家康は、必要以上に保守的になった。
『銃・病原菌・鉄』と対照するならば、それが鎖国をなさしめ、兵器技術の発展を阻害し、幕末という決定的な転換点を迎える要因となった。そういうことになる。

以上は本書の一部概略である。どの程度が著者の想像の産物であるのか不明だが、なかなか感慨深いものがある。
個人的には「戦後日本を語るには黒船来港から」と感じていたのだが、本書においては「現代日本を語るには天下布武から」ということになろうか。

マナが潤沢であった時代の、芳醇な物語といえよう。

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コメント

いやあ…(笑

なんちゅうか、ぼくの愛した半村良が、時を超えて切り刻まれるのが痛くて痛くて(笑
まあ、私の中で半村の評価は完全に確定している(故人ですし)ので、今さら揺らぎはしないんですけどね。私もいい歳ですし。

半村のベストとさえときに言われる作品ですし、記憶は薄れてますが、私も熱中した作品ではありました。
ただし、熱中度で言えば「伝説シリーズ」の中期までのほうが高かったかなぁ。しかしそちらは明らかに古びるタイプで、『産霊山秘録』のほうが古びにくいとは思います。記憶だけで言えば。

半村(と藤沢周平)については、私、客観的な評価なんかしないことにしてるので、人にオススメなんかできないのですが…。
あえて言えば、非SFの、『下町探偵局』シリーズと、『晴れた空』かなぁ。このあたりを読んだうえで「半村もういいや」と思われたのなら、甘んじて受け入れます(笑

『銃・病原菌・鉄』は、出た当初に読んだんですが、論理的アクロバットだなぁという印象でした(いい意味で)。もちろん内容はほとんど憶えてないッス^^;

個人的な既往歴とその原因として明らかなもののうち、厨二病を発火させた菊地調、高二病を発症させた荒木調とありますが、前者の祖たる存在をこの年になってようやく知りえたことに奇しき縁を感じるを禁じ得ません。

Wikipediaなどによると伝奇作家でもあるようですが、とすると、ベースとなる題材を丁寧に扱っているのが違和感があります。
伝奇作家というと個人的には歴史ふぁっきんな輩ばっか(ry

半村良の歴史解釈ってオリジナルなんでしょうか。

うーん…。
私、歴史はほんと疎くて、『産霊山秘録』もほとんど忘れちゃってるので、なかなか言いがたいものがあるのですが…。

ちゃりさんが言われたとおり、半村は思いつきでヤッちゃうタイプだったと思うのです。
同世代の小松左京なんかはコンクリートビルみたいなつくりの小説を書きましたが、半村は、遊び心のある和風建築みたいな感じですね。いや、建築なんて歴史よりももっと疎いわけですが私(笑

『産霊山…』について言えば、やっぱり基本的に思いつきを積み重ねた小説だったと思います。ヒ一族という守護集団を思いつき、それを狂言回しに使って時空を飛び回らせることを思いつき。

伝奇小説って基本的に歴史をファックする小説だと思うんですが(笑)、その意味ではやっぱりファックしまくってるとは思いますね。というかそれが味ですし(笑

ただ、そこにいくばくかの歴史観というか、一定の考証と解釈が見えるとするならば、少なくとも、既存の政治史や文明論をベースにしている…なんてことはないと思います。思いついたネタを肉付けするために、後付けで考えついたそれらしい考証、という感じかと。
またそこでも読者をだませるところが、半村の偉大な部分なのかなぁと思ったり。
正直、考証の元ネタは飲み屋でのムダ話だったりしても、私は驚きません。そのくらい嘘つきだと思います。

もしベースがあるとするなら、政治史や文明論ではなく、説話や口承文芸のほうだと思います。半村は民話や伝承のたぐいを精力的に集めていたようなので、そういうのをベースにして、独自の民俗史的な歴史観は持っていたのだろうなぁと。

ですから、オリジナルかというと、そんなこともなく、どこかに元ネタはあるという見込みに一票を投じます。それが飲み屋のムダ話であれ(笑
ただ、それをでっかくふくらませてあんなホラ話をつくったのは、半村のパワーとサービス精神だったのだと、愛を告白しておきます。ポッ。

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