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2010年11月15日 (月)

読物 『ザ・古武道 12人の武神たち』

 私のほうは、そのままグースカ眠り込んでしまうのだが、”小説界の鉄人”と呼ばれる菊地秀行氏は、ここから先が大いに違う。
 なにが違うのか――。
 おもむろに、B5判の原稿用紙を取り出して小説の執筆を開始するのである。
 私の記憶によれば、とにかく菊地氏は、いついかなる場合でも原稿を書いていた。列車の中で鼻歌をうたいながら筆をすべらせるのはもちろんのこと、駄菓子屋の前のベンチにすわり、アイスキャンデーをかじる子供たちに囲まれて執筆する姿も目撃している。満員電車の中で通勤客にもまれ、立ったまま書いたこともあったし、宿泊先のホテルで朝まで寝ずに書くのは毎度のことであった。
 ――菊地氏はいったい、いつ眠るんだろうか。
 あの、女性ファンを魅了してやまない紳士的な温顔の下には、ターミネーター顔負けの恐るべき機械仕掛けが隠されているんじゃないか、などと真剣に考えたことさえあるくらいだ。
 だが、そんな超人の菊地氏でも、ごくまれに眠ることはあった。
 あれはたしか、無比無敵流杖術の取材のために乗った、水戸へ向かう「スーパーひたち」の車内だったはずだ。
 窓から降りそそぐ、暖かい陽差しに眠りを誘われたのか、菊地氏は原稿用紙を抱いたまま、ひなたぼっこをする猫のようにこんこんと眠りつづけていた。
 日頃、菊地氏の汲めども尽きせぬ想像力の源をなんとか探りたいものと、知的好奇心をうずかせていた私は、ここぞとばかりに氏の手もとをこっそりのぞき込んでみた。
 一瞬、おやっと思った。
 菊地氏が抱えている、原稿用紙の裏には厚紙がついているが、そこに走り書きがあったのだ。目を近づけてみると、
 ――大淫女。
 という文字が、シャープペンシルの筆跡もあざやかに、でかでかと書かれているではないか。
「大淫女」と言うからには、その秘密の部分が食虫植物のごとくぬめぬめと濡れ動き、男の体を頭から足まで呑みこんでしまう妖怪女のことであろうか。
 ふーむ、菊地氏の頭のなかには、いつもこんなものが棲んでいるのか――と、腕組みしながら、妙に感心してしまったのを覚えている。
 菊地氏が現代文学にもたらした最大の功績は、イマジネーション・パワーの回復であろう。想像力欠如の小説界において、妄想に妄想を重ね、ロマン豊かな禁断の果実を実らせたのが、菊地秀行氏なのだ。

P.249 (あとがきより)

 本書が出版されたのは1991年講談社から、手もとにあるのは1996年刊の光文社文庫版である。1991年というと、個人的にはわりとビミョーになってきていたが、まだ読んでいた頃だ。
 いつもそうかもしれないが、超多忙の折のこと、上中下完結編を123と引っ張っていた頃のこと、こんなこともしてたんかいな、という印象である。良い意味で、趣味と実益を兼ねた企画であったに違いない。実に楽しそうな筆致である。
 内容は、今となっては目新しいものも少ないが、菊地氏の文章で読むところに意味がある――読前、そんな評価を目にしたが、まさしくその通り。

 どうでもよいことだが、上述のあとがきを記したのは、同書が雑誌企画だった折に菊地氏の取材に同行した編集者である。後に小説家になり、大河ドラマにもなった『天地人』の著者だという。
 どうでもよいことだが、読んでみようという気にさせられた。

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