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2010年8月19日 (木)

読物 『ヘーシンクを育てた男』

 へーシンクの勝利の瞬間、オランダ選手団は喜びのあまり、手に手を取合って、畳の上のへーシンクに駆け寄ろうとした。
「この時、一万五千人の観客は、へーシンクとは何者かを見た。へーシンクは右手をかざした。畳に駆け上がろうとするオランダ青年を制したのだ。武道館に衝撃が走った。
『負けた』
 と日本人のだれもが思った。正しい柔道を継承し、力や技だけではなくその心まで会得していた者は、へーシンクその人だと観客は知った」(馬場信浩「へーシンクが”日本”を押さえ込んだ日」『スポーツ・グラフィック・ナンバー』昭和五十八年十月二十日号)

P.216

――ジャイアント馬場は、「柔道着を着て押さえ込まれたらあんなに強い男はいないが、裸になったらあんなに弱い男はいない」といっていた。所詮、へーシンクはコンデ・コマではなかったのである。

P.228

現代、武術の、試合による弊害というものは、確かに存在するようである。
スポーツ観戦全般に興味がないものであり、また門外漢でもあるが、ごく希に見る柔道の国際試合は、これをよく現しているようだ。

高専柔道というものを初めて知ったのは『新・コータローまかりとおる! 柔道編』で、以後、格闘技系のアレコレで目に留まるようになった。それらはいずれも「寝技に特化した云々」という特徴を、どちらかというと賛美するように描いていたように思うが、本書が述べるところによって、その「特徴」とは弊害そのものであるという印象を新たに得た。

少し前は、身につけたものを試してみたいという思いを年甲斐もなく抱いたものだが、よくよく考えて思い直し、競技化を起因とする弊害というものに強い共感を覚えるに至った。
おおよそ寿命の2/3ほどを消費してきて、「機会」がどれだけあっただろうかと考れば、ほどほどで十分ということにもなる。
だが、この趣味は個人的に今ホットなもので、追求して止まないほどにハマってもいる。回復力の衰えを自覚する昨今ではあるが、度が過ぎないように自戒しつつ、ハマり続けていたいものである。

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