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2010年7月20日 (火)

読物 『技と知覚の丹田格闘メソッド』

順突がわからない。
当然、逆突より順突の方が威力があるという主張も理解できない。
だが、差し替えた順突が威力があるということはわかる。
難癖ではなく、理解したいのに、その答えとなるものに巡り会えないという論旨である。さまざまな参考事例には触れ得ども、クリティカルな回答には触れ得ない。そんな状況が久しく続いている。個人的には膝・足首に故障があり、突きの身体運用時にそこに大きな負担を感じる。これが個人的なトラブルに由来するものなのか、当流のシステム的な問題なのかを切り分けたいという事情もある。
そんな中、一つの回答が示されているらしいという暗示を得て、本書を手に取るに至った。

月に一度の講習会では、スポーツインストラクターを専業とされている方のご指導をいただく機会もあり、ご指導の中には丹田を意識した運歩、体捌きを扱うものもあった。ゆえに、本書の内容は個人的には目新しいものではない。あるいはその方も本書を参考にされたのかもしれないが、いずれにせよほぼ既知とする内容であり、歩くように突くべしという主張に対し本書にて新たに感得するものはあったにせよ、また実運用の事例が二、三あり、これについて参考にできそうだと思いはすれど、本書から得られたものは大きくはない。
本書では突きについて「差し替えて順突」のみ挙げられており、これに関する身体運用は理解できる。個人的課題である「差し替えない順突」については例がなかった。

核心となる主張は、「人は無意識であるときに常にはない集中力や動態反射を発揮することがある(※1)。意識的に丹田に意識を集中することで意図的に対外的無意識状態を作り、※1の状態を作り出す」というものである。
個人的な理解としては、意識を丹田におくということはすなわち重心を意識するものだというものだった。本書はこれに加えて、目付を含む意識のおきどころとして説明をしている。
この主張そのものは首肯できるものだが、主張するところを実感するに至った著者個人の経験はともかくとして、その他の論は哲学に過ぎず、文脈も乱れがちで、マス目を埋める作業であったのだろうという印象を拭い得ない。情報の価値としては、全体の10%程度か。

我が身が学ぶものにおいて、順の運歩からの突について失伝があるのではないかという懸念をいっそう深めただけに終わった。

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