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2010年7月 3日 (土)

読物 『急降下爆撃』

 十一月は間近だった。私は六百五十回目の出撃をしたが、この数週間、気分がすぐれなかった。黄疸だろうか。目の白いところが黄色くなり、皮膚にもその兆候があらわれた。大したこともなかろうが、作戦から除外されてはかなわない。
(中略)
 蜜柑のように黄色くなってしまった。将軍の命によってロストウの病院に送られることになった。言うことをきかなければ、腕ずくでも連れてゆくと、メッサーシュミット109が到着した。
 途中、スターリングラード近くのカルポボにある、わが空軍部隊に報告のため、着陸することをやっと承知させた。そして、司令に向かい、病院行きをやめて、ここにとどまるよう計らってくれと頼んだが、もちろんきき入れられるわけもない。
「なおったら、きっと一番機でロシア戦線に向かえるようにしよう。が、まず何をおいても入院することだな」
 そういう司令の言葉を受けて、私は十一月上旬にはロストウの病院に閉じ込められてしまった。

P.66

 つねに危険に身をさらされていると、人は誰しも運命論者になる、そして一種の冷血動物になるものだ。夜間爆撃をくらっても、ベッドから出ようとする者もなくなった。一日中、間断なく空を飛んで神経をすりへらし、くたくたになって、死んだように眠っているせいもあろうが、一つには、死ぬときはどこにいても死ぬんだ、という気持ちが暗に働いているせいであろうと思う。

P.106

 ソ連機の爆撃があると、そのつど市民たちは大喜びだった。ソ連機が去るや、みんなバケツを持って河岸に殺到する。爆弾は橋に当たらず、河の中へぽかりかりと落とされるので、あとには魚の死がいが無数に浮かんでいる。長いこと魚の食えなかった人々はこれによって大満悦を与えられたのである。

P.111

 二十対二、まともにぶつかったら彼らの餌食になるばかりだ。渓谷のうちに逃げ込もう、私は足で方向舵を蹴ることができないので、はげしい逃走行動をとり得なかった。ただ操縦桿を押して徐々に方向転換をしてゆくほかない。ロースマンは、
「敵が・・・・・・敵が・・・・・・」
 と何かわめき出した。
「うるさい、物をいう代わりに撃つんだ」

P.163

 町を歩いて驚くのは犬の多いことである。すべてが野良犬で、至るところをうろついている。私は葡萄畑のついた小さな別荘を宿舎にしていたが、夜中になると二、三十匹もが、一列縦隊になって葡萄畑を行進してゆくのが見えた。ある朝、私の部屋の高い窓から犬の顔がのぞいている。おかしなことだと思ってそばへよってみたら、十匹ばかりの大きな奴が順々に肩車をするような格好で、後足で立ち、一番上のが窓わくに前足をかけている。この曲芸には感心してしまった。

P.170

 私は公式に引見された。ゲーリングは昔のローマ人が着ていたような服装をしていた。
「君の戦区で、間もなく大規模な作戦行動が起こされる。気球が数日間揚げられるだろう。戦車が三百台出動する」
 こうした前置きのもとに、彼は総統と打ち合わせた詳細、精密な作戦を語りはじめた。
「三百台? ほんとですか」
 私は耳を疑った。私は補充さるべき戦車数の実際を、正確な報告によって、誰よりもよく知っているつもりだ。三百台の戦車なんて、それはお伽噺だろうと、頭から問題にしなかった。半信半疑の面持ちをしたゲーリングは、参謀総本部長官のもとへ電話をかけた。
「君はX作戦の三百台のタンクの企画表を総統に提出してしまったかね」
「はい提出しました」
 電話の声が非常に高かったので、みんな聞こえてしまう。
「私は、この作戦に関係のある師団の名と、現在彼らの持つ戦車数を正確に知りたいんだが、いまここに、それらの現状をよく知っているという者が来ているんだがね」
「誰ですか、それは」
「うん、部下の一人だ。第十四装甲師団は、本当のところ何台持っているんだね」
「六十台です」
「一台だっていうぞ」
「いつ前線を離れてきた男ですか」
「四日前だ」
 しばらく沈黙が続く。
「四十台のタンクはいま前線へ行く途中です。残りは修理工場に入っていますが、行動開始の時までには、確実に間に合うはずです。ですから計算図表は正確なものです」
 同様の答えを、他の師団からも得た。ゲーリングは憤然として、受話器をガチャンとかけた。
「この通りだ。総統は不正確なデータで計画をたてている。嘘の情報で、作戦がうまくいかなかったら、どんなにがっかりすることだろうか。君から偶然にも真相を知らされて、ありがたい。ほんとうに感謝するよ。何だって、こんな夢みたいなことをいって来やがるんだ。敵の爆撃機がうろうろしている中で、四十台のタンクが、いつ前線へ安着あそばされるっていうんだ。修理工場で必要な部分品がすぐにととのうなんて、いったい誰が保証しているんだ。馬鹿も休み休みぬかせ!」
 勿体ぶって、長いパイプをくわえていたゲーリングが、いつの間にかべらんめえ口調になってしまった。

P.175

 ある日、私はフイッケル以下を率いて敵の集合地攻撃に向かった。ソ連軍の電話が聞こえてくる。
「スツーカが西方から近づいてきた。隼隊全員に命ずる。スツーカをただちに攻撃せよ。約二十機――先頭に二本の長い棹をつけたのがいる。それが中隊長ルデルだ。われわれの戦車をやっつけた奴だ。隼隊全員に命ずる。その長い棹をつけたスツーカを撃墜せよ」

P.180

 晩夏の、ある日のことであった。
 北方のソ連軍が突破口をつくった地帯に飛んでゆこうと、飛行場上空一五〇フィートの辺りまで上昇したとき、突如対空火砲が火を噴きはじめた。それは、ソ・米機の攻撃からわが飛行場を守るために配置されたルーマニア軍である。私は破裂砲弾の方向を見やって、敵爆撃機の姿を求めた。
(中略)
「高射砲隊は私たちを攻撃したものと確信するが、どういう考えでやったのです」
「ドイツ戦闘機がルーマニア至急便飛行機を射落としたのを見て憤激のあまり、発砲したのです」
「私はこれからソ連軍攻撃のために出発するが、もしまた発砲するようなことがあれば、高射砲陣地のみならず、司令部をも爆撃するから、さよう御承知願いたい」
「それだけは勘弁してもらいたい。少なくともスツーカ隊に対しては、絶対攻撃を加えないよう、私の責任において保証するから――」

P.193

(前略)これらの作戦で、われわれユンカース87搭乗員が明瞭に知ったことは、追いかける猟犬は兎よりもずっと時の利を得ているということであった。

P.202

「あと二日でクリスマスだな、諸君、そうじゃないか」
 まさにその通りである。カレンダーはこれを教える。だが、離陸―出撃―着陸―離陸―出撃、私たちのリズムはこれ以外にはない。明けても暮れても、ここ数年間つづいたリズム、他のあらゆることがこれに吸収されてしまっている。寒さも、暑さも、夏も、冬も、日曜日も。一日が過ぎて一日が来る。今日の呼吸は昨日の呼吸と全くおなじである。”出撃””どこへ””どの部隊に””対空砲火”このようにして、永久につづいていくのが、私たちの人生であろうか。

P.214

「エルンスト、俺の右足がなくなったよ」
「そんなことはないでしょう。足が吹っ飛んだら、話なんかしていられるもんですか。それよりか、左翼が燃えていますよ。不時着するんですね。二度ほど四〇ミリ高射砲弾をくらいましたよ」

P.249

 みずからを価値なしと思うもののみが、真に価値なき人間なのだ!

P.280

戦闘機乗りの物語に初めて触れたのは、松本零士の作品であっただろうか。『風の谷のナウシカ』であっただろうか。
ともかく、なんらかの刺激を受けて『エリア88』を鑑賞ないし読むに至り、『大宇宙のサムライ』を経て『大空のサムライ』に辿り着き、アンサイクロペディアに薫陶を受け、本書へと導かれた。

原題"TROTZDEM".
アンサイクロペディアで十二分にその破格さを知り得ることが適う。
本書からはさらに、戦時から透かし見える時代の風景も伺うことができる。

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