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2010年6月

2010年6月28日 (月)

介の字貼り

週末、出かけようと思ったが、猛烈に頭痛がしたのでヤメ。
サロンパスを全身に貼り付けて、あれこれエンタメを消費していた。

 

『絶チル』
なんか終わんねーな、これ。読めるからいいけど。

『地球美紗樹』
岩原裕二作品は。
信じてたのに裏切られて、それでも懲りずに、結局は裏切られ、というような縁が、『クーデルカ』『いばらの王』、本作品にある。
小さくまとまれば俺好みの作品になるであろう。そんな期待を抱いているのだろうか。

『ミキストリ』
なんとなく『ゴッドサイダー』を通読したくなったのだが入手できなかったので、代替ブツとして読破する。巻来功士は『ギルファー』で見初め、『ゴッドサイダー』で見放した個人的経緯があるが、それはさておき、なんとなく、意外に影響力が大きいのではないかと思うようになったのだが、これもどうでもいいこと。
中盤以降のあからさまな原作主導、集英社主義を見せつけられて、『企業戦士YAMAZAKI』を読了していなかったことを思い出す。

『破』
『序』は明らかに楽しんだ覚えがあるのに、これはいったいどうしたことか。
車両が徐行で信号を右折するシーンに、本作品一番の感動を覚えたことに、いろいろと感慨を禁じ得ない。

『アドバンス・オブ・ゼータ ティーターンズの旗の下に』
ティターンズ創設期、実験部隊の物語。
学生時代に遊んだ『ガンダム・センチネルRPG』では連邦の実験部隊所属で、隊長機が毎回爆散するお約束があった。毎回「たいちょおーーーっ!!」とやるのだが、しぶとく生き残っているというお約束もあった。
本作品ではジオンサイドはジリ貧だが、センチネルRPGでは最新兵器が続々と投入されてジオンええなーあっちいきたいなーと思わされたことも思い出す。
昨今流行りらしい実験部隊は、商業的黒歴史のセンチネルが嚆矢か。

『C.D.A』
とりあえず入手できた12巻まで読んでみたが、なんか14巻で完結したらしい。某書評では酷評もいいところで、なんだか哀れだ。
そんな折も折、島本和彦がGガンのコミカライズをするらしい。Gガンはアニメ一話で何度も挫けており、世間的支持とは無縁の身の上ではあるが、島本節なら読んでみたいとは思う。

 

さて、数年前シップ漬となり、漬かっていると効きが悪くなることを体感して、使用を控えるようになった。
久々に使用してみると、一時的ではあるにせよ、スゲー効く。
マッサージとか鍼とか大げさに過ぎたのかもしれない。

2010年6月21日 (月)

読物 『馬賊王 小白竜 父子二代 ある残留孤児の絶筆秘録』

 それではここで、小白竜の当時の妻、「張孟声」について話すとしよう。彼女はまさに、あの深い霧に包まれた混迷の時代の女性であった。彼女は一九三九年、「無錫国学専科学校」の上海分校で学んだ。そして同じクラスで一番仲の良かった学友「馬国貞」と相談して、人生最大の、そしてお互いに正反対の「賭け」に出たのである。それはこうだ。馬国貞は、安徽省南部の中国共産党抗日軍主力「新四軍」に身を寄せた。対して張孟声は、日本人首領の率いる闇の巣窟、そう、あの「道理救済会」に入る道を選んだのだ。二人は完全に敵と味方に分かれた。そして二年後、上海で再開し、どちらの賭けが正解だったか明らかにしようという約束を交わしたのである。こうして年齢わずか十九歳、江蘇省無錫の有力素封家張家の長女「孟声」は、尚旭東の「新聞雑誌スクラップ係秘書」を勤めることになった。尚旭東の最初の妻は、日本北海道出身の「美代子」という女性だったが、北京の街に充満する粗製アヘンの臭い、生活様式も考え方も旧態依然で古くさい老若男女、毒気満々の社会を嫌い、中国の生活に馴染むことが出来なかった。また尚旭東の隠密行動の邪魔になることも多く、旭東の「三くだり半」(離別状)によって遂に二人は離婚、美代子はすぐさま帰国の途についた。だから旭東は、上海へやって来た時には独身だった。そして上海に来て一年と経たない一九四〇年、中国人秘書、李同夫婦のとりもちで、旭東は無錫に赴き、張孟声と厳粛かつ盛大な中国式結婚式を挙げたのである。この時、彼は齢四十を過ぎていたが、やはり大勢の親戚、友人、そして孟声の祖父母と祖父の第二夫人、父母と父の第二婦人、それぞれの面前で「九跪の大礼」(最高に鄭重な敬礼)を行った。この日本と中国、同文同種間の結婚式は当時の上海メディアによって大きく伝えられた。こうして張孟声は美代子の跡を継ぎ小日向白朗の合法的な二代目の妻となった。
 結婚して一年あまりが過ぎた一九四一年の十月八日、孟声は上海の宏仁医院で白朗のために、最初にして最後の息子を産み落とした。白朗は急いで病院に駆けつけ、おむつに包まれた息子を抱き上げると、その場に跪き神に感謝を捧げた。うれし泣きが声にならないほどの感激であった。彼は遂に「後継ぎ」を授かったのだ。そして早速命名した。これぞ即ち彼の一子、「小日向明朗」である。

P.17

輩(または輩份)・・・・・・世代の親等の面から見た一族内、及び代々親戚づきあいをしている間柄の長幼の序(中日大辞典 大修館)。白朗の上海時代の中国人秘書、李同氏の手記によると当時の上海青幇の輩について次のように記されている。即ち、
――青幇の輩份を明示するものは六行四字の詩、合計二十四個の「字」であり、その字がそれぞれの一代を表す。即ち二十四の輩がある。これを上の方から並べるとこうなっている。『圓(元)、明、心、理(礼)、大、通、悟、学、普、門、開、放、万、象、依、帰、羅、祖、真、伝、佛、法、玄、妙』。白朗の上海時代、第二十代の長老が、只一人ご存命で、その輩份は「礼(一説には「理」とも言われる)」の字である。輩份のそれから下は詩の文句の順序に従い、大、通、悟、学、の各代である。本稿中の青幇要人の輩份はそれぞれ次の通りである。徐鉄珊は第二十一代の「大」字輩、尚旭東即ち白朗は第二十二代「通」字輩、国民党の主要人物、蒋介石、何應欽、それに上海の黄金栄も全部「通」の輩を持っている。黄金栄と声量を争った杜月笙は第二十三代「悟」字輩である。青幇の輩份の規矩は特に厳しく、輩份が上級の人物と面会する時には、地に跪いて御挨拶を申し上げねばならず、お呼びする時も「老大爺」と尊称しなければならない。白朗の輩份は「通」で、その師匠は第二十一代の王約瑟である。青幇入門の儀式は「香堂」の祭壇の前で行われる。たくさんの先輩達が一堂に会し、本命師、引見師、伝道師の三人の師を立て、その主宰によって厳粛にとり行われる。その儀式は次の四段階である。即ち、「第一級 小香堂」「第二級 大香堂」「第三級 開善門」「第四級 閉善門」である。この中で「小香堂」は一番簡単だが敬礼は三十三回行わねばならない。「大香堂」は正式に青幇に入門したことを宣名する儀式で莫大な費用がかかる。これが「開善門」となると、上の三代、下の三代を全部招待しなければならず、費用は更に膨大なものになる。そしてこの開善門の儀式をやって初めて正式に青幇の弟子となったことが確定するのである。白朗は第三級の開善門の儀式を行って「通」の輩份が確定したが、最後の「閉善門」には参加したことが無い。しかしこの儀式はだんだんと簡素化され、当時の上海では一度に三十人、四十人の入幇式が許されていたのである。(以上、李同氏手記『闖蕩中華「小白竜」尚旭東的歴史功過與抱負』による)

P.20

白朗は、上海を離れるにあたり、「尚公館」の善後処理を全部夫人の張孟声に任せた。小日向夫人(張孟声女史)と言えば、江南の名家の出で、この時まだ二十歳を過ぎたばかりのお嬢様である。この深窓の箱入り娘が膨大な尚公館の善後処理をどうやてやり遂げるというのか。結果は散々たるものだった。彼女は、旭東の愛用車だけは何とか人を頼んで運び出したものの、金庫の中の金塊、現金を取り出すのもそこそこに、その他のものはほとんど何も持ち出せずに終わってしまった。だからこの尚公館終末の時、「あぶく銭」を稼いだ奴が何人何十人もいたのは間違いのないことだった。

P.60

 とりわけ酷かったのは、柳州地区の武宣県だ。定期市の立つ日の朝、革命委員会の処刑隊は、前もって調べておいた例の五類分子(反動分子とみなされている五種類の階層。即ち、地主、富農、反革命、右派、悪質分子を言う(中日大辞典 大修館)。)の家になだれ込み、一家全員、男女老幼の別なく全員を縛り上げ、混雑する市場に引っ張って来る。そして群集の目の前で刑を執行するのだ。鍬や鋤、或いは棍棒、めった打ちに打ちのめし打ち殺す。そして遂には、着衣を全部剥ぎ取り、身体を切り刻み、あらかじめ用意し、据え付けておいた大釜の湯の中にぶち込む。茹で上がった肉塊は、見物の連中に分け与えられ、その連中の口に入るのである。この大釜で煮られるのは、五類分子の本人だけではない。その配偶者、子女、果てはまだおむつの中の赤ちゃんまでもだ。人々は愚かにも、切り刻まれ、茹で上げられた屍体から、生殖器、乳房、心臓、肝臓までも持ち帰り、喜んで食べようとは・・・・・・、一体、どうなってしまったというのか。
 五類分子に認定された家、そうでなくても出身に問題のある家の者は、全員がビクビクと一日中逃げ廻り、身の置きどころが無い有様。何時なんどき、自分や家族が他人の家の食卓に並べられるかわからないのだ。何と惨たらしいことか! 悲しいことか! 世界人類が二十世紀、しかも六十年代という文明時代に入ったというのに、中国の革命的人間は、皿に載った同じ人間の肉を食べているのだ。こんな時にも毛沢東夫婦は、あの書斎の中で勝利の笑みを交わし、「無上の楽しみ」を味わっているというのか。

P.143

前半、小白竜の「伝奇的物語」、後半、著者の自伝となる。
著者は小白竜・小日向白朗の実子であり、毛沢東支配下の中国で辛酸に満ちた人生を歩んだ。不撓不屈、非常な努力家で、英才の人だったようである。

天地人とは「天の時、地の利、人の和」と聞き覚えてきた。
「天と闘いてその楽しみは尽きず、地と闘いてその楽しみは尽きず、人と闘いてその楽しみは尽きぬ」
毛沢東は、そんな言葉を残したそうだ。

2010年6月20日 (日)

ガテン系と呼ばれて

本日、県大会。
当道院からは参加者二名、中学三年生の男子一名、小学四年生の女子一名。
未熟者たる我が身は見学。

中学生男子は、昨今珍しい、礼儀正しく、応答の良い若者で、ともに楽しく稽古に励んでいる。そういう手ごたえが感じられる人物だ。
受験を控えた身の上の常として、離れ、そして戻ってこない例を幾つも知る者として覚悟はしてはいるものの、去ったならさぞかし残念なことであろうと、そのような別れを数限りなく繰り返したであろう師範の心情を察する次第である。
ご両親としばし会話する機会を得て、どのような教育がこのような折り目正しい男子を作り上げたのかと尋ねてみたところ、普段はそうでもない、両親がだらしないから、自分で何でもやらなきゃならないと思ったのでしょうなどという。
人は成るべくして成るものだが、それだけではない。はずである。いずれ機会があれば、謙遜の実態を知ることもあろう。
受験生であることもあわせて尋ねてみれば、今のところ当人も熱心に取り組んでおり、週に二度のこと、続けさせてやりたいとのご意向をいただいた。
この頃は、気合いや所作に少年を脱皮しつつある観があり、なるほど、頼もしくなってくるとはこういうことかと思うを禁じ得ない。

小学生女子は、例の、にゃん、である。
昼食時、やはり拳士である母親と会話する機会を得て、普段道場ではなされない話題があがった。そのひとつに、我が身がどんな仕事をしているのか、ご父兄の間で話題になったことがあるというものがあった。
質問に質問で返すのが、昨今の我が流法である。
どんな職種と思うか、尋ねてみた。
「ドカタじゃないですよね?」
まあ、この太い身体を見ればまずそれを思うだろう。残念ながら虚弱体質ゆえ、肉体労働は不得手である。笑いながら、ノンと応えた。
「ヤクザ?」
にゃん、がいう。
なるほど、そんな風に見られていたのか。

あながち間違いではないかもしれないが、自称は異なるので訂正する。
軽く驚いていただきつつ、さりげなくご父兄に触れまわっていただくようお願い申し上げた。

読物 『平和の失速(二)』

 井上元老は、誰が首相になるにしても「国策ノ根本ヲ定メ」られる者でなくてはならぬ、と反応した。
 そのあと、元老は約二時間にわたって「国策ノ根本」は財政、外交、国防の三面の調和と統一にほかならぬと自説を陳述した。
「外交ノ基礎ガ定マッテ始メテ国防ノ計画ニ移リ、国防ノ計画ヲ財政ト対照シテ行カネバナラヌ」
 それなのに、現在はこの国家の三本足が不自由になっており、その原因も明らかである。
「人格ト教養トノ間ニ連絡ガナイカラ、今ノ若キ者ハ、代言人ノ様ニ口バカリデ、御同様ニ(明治)維新ノトキニ命懸ケニナッタ決心ノ有無ハ、疑問ダ」

 P.12

「ハズバンド(夫)は道徳的純潔です。即ち、主人は妻を忘れて悪い遊びをせぬ。是が国家の為に宜しい事と思ひます」
 とは、尾崎代議士入閣を知った夫人テオドラの評言だが、中正会では、個人的純潔はともかく、党の希望を無視して自分だけの入閣をはかるのは、「政治的不純」ではないか、との声が高まった。
 おかげで、代議士会は「不平と不満」の怒声に満たされ、結局は、大隈内閣にたいしては全党一致の協力はできない、中正会設立の「本領」である「一人一党」の趣旨にそって自由行動をとる、という決議が採択されてしまった。

P.34

 ――八代海相はかつて辞表を二回提出したが、自分が慰留して昇進させた。「報恩」うんぬんはそのことを指すのだろうが、自分としては、八代海相に「動もすれば社会主義者ともならん性質」を感得したので、「野に放たぬ」ようにしたのである。

P.49

 ――国民が大隈内閣に期待するのは、「真の模範的世論政治」である。
 ――この期待に応え得るのは、「大蔵省のブック・キーパー(簿記係)」の若槻礼次郎蔵相や「保守的思想極めて濃厚」な加藤高明外相、大浦兼武農商相ではなく、大隈首相だけである。
 ――首相は、「英雄的態度」と「革命的決心」とによって、頑迷な周囲を指導し、あえて「玉砕」を覚悟して「革命的所信」を断行すべきである。
 ――ところが、「政綱」と「方針」は、これまでの「閥族政府」がくり返して述べ、「人心を繋ぐ所以」を失った抽象的意見を、「総論的に羅列」したものにすぎない。
 ――いや、周囲の「事務官的政治家」に左右されて、「言質を捉へられざらん事にのみ汲々として左顧右眄」する様子さえ見える。
「是れ、微温き不徹底なる政策を行はんとする瓦全主義の現れにしえ、(大隈)伯にして斯くあるは返す返すも遺憾なり・・・・・・憐れなり」

P.57

 斎藤隆夫代議士が、財源を無視して廃減税を呼号するのは「無意識」である、政務調査会で検討して成案をまとめるのが先決だ、と述べたが、非幹部派はおさまらない。
「廃減税は、わが党の党議なり。何条、今更政務調査会に付議するの要あらん」
 早川鉄治代議士が憤然として反駁すると、阪本弥一郎、横尾輝吉その他の非幹部代議士が次々に発言した。
 ――財源の調査も重大であろうが、わが党に廃減税の期待を寄せる世論に応えるほうが、より重要事である。
 ――世論にそむくときは、人心は離反し、大隈内閣の命運もつきることは明らかであり、内閣は死活の瀬戸際に立っているといえる。

P.59

 同時に、臨時大会では、第二臨時議会にたいする政友会の「戦略方針」も可決された。
 じつは、党内には、その点をめぐって硬軟両論が存在していた。
 硬派は、第二臨時議会では解散を求めて決戦せよ、それが政権を得る近道だ、と主張した。
 柿の実が渋柿でも木をゆすって落せ、との趣意であり、「渋柿主義」という。
 軟派は、次の理由で決戦を秋の通常議会にのばすべきだ、と説く。
 ――反対党は前議会で廃減税や大規模な行政整理を提言した。いまやその実行の責任を負う立場になったが、予算編成の通常議会では必ず「実行難の馬脚」をあらわすにちがいない。
 ――第二臨時議会で決戦するのは、たしかに政権獲得の近道であろうが、相手の公言が「空言」であるのを実証した段階で攻撃したほうが、「我党の信望を増す」ことになって有利である。
 ――政友会は大政党である。自重して気運を待てば「求めずして政権は来る」はずである。
 すなわち、柿の実が熟して自然落下を待つべきだ、という「熟柿主義」である。

P.62

 両州が併合された二日後、一九〇八年十月八日、セルビア国にはさっそく秘密結社「ナロードナ・オドブラナ」(国防)が組織され、もう一つの秘密結社「結合か死」、通称「黒手組」とともに、反オーストリア活動を開始した。
 この二つの結社のうち、前者は「文化結社」の別称を得ていたように、思想的地下工作を活動の主軸にしたが、後者は違う。
 「黒手組」は、トルコ革命に刺激された陸軍の青年将校を中心にして結成されたもので、実質的指導者は、セルビア陸軍省情報部長D・ディミトリエヴィチ大佐であった。
 「本結社は国民的思想たる全スラブ族の団結を目的とする」・・・・・・「本結社は、啓発的宣伝よりも脅嚇手段を選ぶ」・・・・・・「セルブ人の居住する全地域に革命的活動を組織する」・・・・・・「セルビア(国)以外に於いても、敵と戦ふ為には利用し得る一切の手段を講ずる」・・・・・・
 などの規約条項は、「黒手組」がたんなる政治団体ではなく、暗殺、破壊工作を実施する組織であることを告げている。

P.78

 じつは、陸将は、皇帝の至急の呼びだしをうけると、皇帝の下問を予想して、参謀総長H・モルトケ大将に軍備状況についての意見を求めた。
 大将の反応は、「肩の一ゆすり」であり、横にいた参謀次長C・ワルデルゼー少将は、微笑して応えた。
「動員準備は三月三十一日に完了している。軍は、命令があればどこにでも出動できる」
 そこで、陸将は、皇帝に返事した。
「陸軍は、東(ロシア)にも西(フランス)にも即応できます」

P.102

 オーストリア大使スツェジェニーは、ドイツの好意に感謝する旨を述べ、あわせて同盟国イタリアに話すと秘事がもれるので、事前には通告しないことにする、といい、ドイツ側の同意を得て退出した。

P.105

 引き揚げ準備として残るのは、ドイツ人使用人の解雇である。
 使用人は三人、事務員チープラと給仕ザイフェルトの二人の老人と、十九歳の女中ミットロホ・テレーゼであった。
 老人二人は、いずれも日本大使館に二十年近く勤務し、戦争になっても召集されなかった。
 女中テレーゼは、大使館の手不足のために、船越代理大使がわずかの縁を頼って、オーストリアの田舎から呼び寄せた。
 日本の最後通告が知れわたると、三人には脅迫電話がかかってきたが、誰も退去せずに働きつづけた。
 事務員チープラは、日本からの送金がとだえたと聞くと、自分の貯金二万マルクを邦人援助に使ってほしい、と申し出さえもした。
 船越代理大使は、ドイツ人の「誠実」に感動していたので、一年分の給料と賞与金を与えて別れを告げた。
 老給仕ザイフェルトには、大使館の留守番を依頼した。老夫婦で身寄りのないザイフェルトは、住居を与えられた形になったので、老眼に涙をうかべて感謝した。
 のちに聞けば、ザイフェルト夫妻は、戦争が激化して食糧不足が深刻になっても、館内に残った缶詰一個にも手をつけずに、留守番として保管の責任をはたしつづけた。
 ベルリンの外交界では、美談として話題になっていた、という。

P.267

 日清戦争、日露戦争など、いずれも二国間戦争を経験してきた日本にとって、日英同盟にもとづき「三国協商」陣営に所属して、複数国を相手にする多国間戦争に参加するのは、まったくの初体験である。
 そして、日本は、すでにその「新しい戦争」の未知の風をうけはじめていた。
 たとえば、対ドイツ宣戦の前、ロシア政府は、日本の同陣営参加を見越してか、二六センチ砲九六門と砲弾八十万発を注文し、フランス政府は、小銃六十万挺および銃弾一挺あたり三千発の買入を申し込んできた。
 これまで二本は、外国から武器を買っていたが、売り手になるのは、はじめてである。
 味方となるべき相手なので、フランスにたいして「三八式歩兵銃五万挺、銃弾二十万発」の売却に応じた。
 すると、今度は英国から「小銃二十万挺、一挺につき弾丸五百発」の注文が来た。
 時刻の国防と戦争準備のために応備できぬ、と断ると、九月三日、ロシアから意外な要請をうけた。
 三軍団六個師団・約十二万人を派兵してほしい――という。
 駐ロシア大使本野一郎によれば、同兵力はフランス戦線用であり、ロシアは英国から要求されたが、充当する兵力が無いので日本に肩代わりを願う、とのことであった。
 さらに同日、英外相E・グレーは駐英大使井上勝之助にたいして、日本艦隊の地中海派遣を打診してきた。
 トルコがドイツ側に起つ気配がある。その場合は、トルコ艦隊を敵にまわすことになり、連合国海軍は劣勢になる。日本艦隊で「穴埋め」してもらいたい、というのである。

P.282

 社員塚村によれば、汽船「マーク」号は島をはなれたが、当人は掘立小屋に監禁され、ニューギニア人の警官に監視されながら、毎食パン一片しか与えられぬ「虐待」をうけた。
 社員塚村は死を覚悟し、日本人であることを明らかにしておくために、ガラスの破片で身体じゅうに「日本人塚村兼吉」と刻みつけた。

P.287

 原総裁は、衆議院議長官舎に「結束本部」を設けて、不安心とみられる代議士たちの「硬化」につとめた。
 とくに「軟化の気配濃厚」と観測される十三は、赤坂の待合・三志満にカン詰にして説得させ、「稍分別の定まりたる者」は議長官舎に送って、総務たち幹部が「仕上げを施し」た。

P.382

 『東京朝日新聞』は、次のような政友会の弱点を列挙した。
△第一弱点〔与党体質〕
 政友会は明治三十五年いらい、第一党かつ与党としてすごしてきた。それは、一方で「藩閥と妥協・提携」し、他方で政府与党として鉄道、港湾、治水、道路、橋梁、学校などの事業を「好餌」にして、「利に走る小人を網羅」した結果にほかならない。ということは、つねに政府と合体するだけに、政党としての政策、経綸はないままに経過してきた。
 だが、いまや立場は逆転した。政治的「好餌」をばらまけず、ただ「無策の野党」として選挙にのぞまねばならない。
△第二弱点〔政府攻撃材料の不足〕
 前議会において、政友会は「増師」と「外交」の二つを、政府に対する主要な「攻め道具」とした。ところが、「増師」については、根本では賛成するが、「欧州戦乱の終熄御の次期議会」まで延期する、という。
 つまりは一年間の延期だが、選挙後は、次の通常議会までの期間は「六ヶ月」になる。それを前提として増師反対を選挙の「題目」にして、はたしてどれほどの効果があるのか。また、地方には増師を歓迎するムードがある。二個師団の新設は、三万人以上の若者の「就職先き」の創設にほかならず、不景気からの脱出策とも考えられるからである・・・・・・。
 「外交」問題も、政府攻撃のテーマとしては迫力を欠く。政友会内閣は、二回の中国の革命、漢口および南京の外人陵辱事件、米国カリフォルニア州の排日土地法案など、過去において外交上の失敗をかさねた「前科」がある。
 それにくらべて、大隈重信内閣の外交は、まだ大きな失敗を記録したとはいえず、現に、前議会での政友会の追求も、もっぱら国家のために憂慮するというだけであった。
 ほかにも、政友会が指摘する政府の「失政」は、いずれも「微々」たるものであり、政府が「曲がりなりにも一定の計画」を示すのにたいして、「揚足取り」式の質問に流れていった。
 選挙でも同様の主張を維持するだけで、政策を示さないのでは、たんなる「反対の為の反対」にすぎず、民心を集めることはできまい。
△第三弱点〔政権意志の不明〕
 原敬総裁は、大政党の統領であるにもかかわらず、政権担当の意欲を明確に表示しない。
 腹中の意向は、口外しなければ他人にはわからない。政友会に政権担当の意欲または能力がないとすれば、「同会を利用して利益を占めんとする」政治勢力の結集は困難となり、選挙民も目をそらすことになろう。
△第四弱点〔一般的アピール力の不足〕
 明治維新は幕府の横暴にたいする闘い、大正維新は閥族の横暴にたいする闘い、という理解が行きわたっている折柄、「横暴」非難は一般にアピールしやすく、高齢者が陣頭指揮する姿も同情を集めやすい。だが、政友会は、それらに対抗する「魅力要素」を持っていない。

P.392

 また、両相のレコードは、法相のものが両面盤五枚一組七円五十銭、首相のが同じく三枚一組五円で市販されたが、売れ行きはさっぱりであった。
 浅草のレコード屋では、「阿呆陀羅経」より売れぬ、と店主がこぼしたと『中央新聞』はつたえ、『東京朝日新聞』は、首相と法相との「愚にも付かぬ蓄音機競争」だと舌うちするとともに、演説蓄音機に次の呼称を与えた。
 「大正四年式駄法螺機」――。

P.405

 しかし、原総裁は、政友会が世の人望を失ったとは考えず、選挙の敗北は政府側の買収工作によるものと断定し、日誌に記録した。
「二十三日、就中甚だしきは二十四日に於て、各候補者に数千円の金を送りて自由に投票を買はしめたるは、彼等大勝を得る最大原因にして、又我党失敗の大原因なりとす」
 選挙は金だ、この次は買収でやる――との宣言にも聞こえる記述である。
 既述した「金力選挙は人心を腐敗させるバチルス」だという、検事中川一介の警告とは裏腹の着想であり、逆にいえば、買収に応ずる有権者にたいする批判にもなる。

P.426

「政治に権謀術数の必要なことは、已むを得まい。しかし、近時は権謀術数のみが主になって正道を忘れ、政治はペテンの掛合ひであるかに見ゆる」
 とは、検事総長平沼騏一郎の嘆声だが、平沼検事総長は、かねてその「覇道的政治」の中心人物の一人が大浦内相だとみなし、嫌っていた。
「大浦は、自分の私腹を肥やすといふことはしない人です。けれど・・・・・・悪辣なことばかりをやる」
 平沼検事総長によれば、内相は警察に勢力があるので、「政府に反対する」議員にたいして警察に調査させ、脅迫するのを「慣用手段」にした、という。

P.488

「一代の御盛儀に参列する栄誉には、一代の難行こそふさわしいものと覚悟致し居ります」

P.546

 鳳は、中国の想像上の瑞鳥で、頸は蛇、尾は魚、背は亀、アゴは燕、クチバシは鶏のもので、聖徳の天子の出現にあわせてあらわれる、という。
 凰は、そのメスである。

P.552

 だが、外相チンメルマンの「自白」は、計算ずくの心理作戦であった。
 ドイツ側の当面の目的は、既述したように、無制限潜水艦戦によって英国を屈服させる「秋」まで、米国を参戦させないことにある。
 チンメルマン工作は、日本、メキシコという米国の「警戒対象国」を表面に出して、米国の両国にたいする疑念をかきたて、背後からの脅威を理由に参戦を注しまたは延期させるのが、狙いである。つまり、ドイツ・メキシコ・日本三国同盟の実体の有無は問題ではなく、その影に脅えさせるだけで良い。

P.708

 日本は日露戦争のさい、ロシアの勢力を裏面で削減するために、とくに開戦までの駐ロシア武官明石元二郎大佐を革命派に接近させ、資金援助をして叛乱を企図させた。
 明石工作は戦争中継続されたので、あるいは大佐がまいた種が十二年ぶりに開花した、とも考えられる。

P.727

 女性「独探」(ドイツ・スパイ)「マタ=ハリ」の処刑が近づいていたからである。
「マタ=ハリ」はオランダ人で、本名マルガレータ・ゲルトライダ・ツェレ。四十一歳。スパイ暗号名「H二一号」。
 当人は、オランダ陸軍大尉R・レオドと結婚し、大尉の赴任地ジャワで一男(死)、一女の母となったが、一九〇二年(明治三十五年)離婚した。
 三年後、ダンサーとしてパリでデビューした。
 そのさい、自選した芸名が「曙光」を意味するマレー語「マタ=ハリ」であり、踊りは、ジャワ舞踏にストリップ要素を加えたものであった。
 エキゾチックでエロチックな美人ダンサー「マタ=ハリ」は、急速に人気を集め、各国の一流劇場での公演が相次ぐとともに、ヨーロッパ社交界でももてはやされた。
 生活は派手になり、「マタ=ハリ」は貴族社会である社交界での「通りを良くする」ために、歴史家に系図を作らせ、「公爵夫人」を自称したりした。
 「マタ=ハリ」がドイツ陸軍情報部のスパイになった動機は、はっきりしない。
 恋人のドイツ軍人に感化された・・・・・・、ストリップ・ダンサーとしての前途をみこして新境地を求めた・・・・・・華美な生活を維持するための金欲しさにスパイになった・・・・・・など、いくつかの推理が語られるが、当人は告白せずに終わっている。
 だが、いずれにせよ、「マタ=ハリ」は一九一二年十一月から約三ヶ月間、ドイツ・ババリア地方の「ローラッハ諜報学校」で訓練をうけ、世界大戦がはじまると「H二一号」としての活躍を開始した。

P.780

 弁護士E・クリュネは、最後の手段として、「刑法第二十七条」による処刑延期を要求した。
 同条は、妊娠中の女性の処刑を禁止している。しかし、「マタ=ハリ」は二月に逮捕されていらい、男性に接触していない。
 立会検事がその点を指摘すると、七十五歳の弁護士クリュネは、自分は独房で単独で「マタ=ハリ」と何度も時をすごした、自分が同人の胎内の子供の父親だ、と主張した。
「まさか・・・・・・その歳で・・・・・・」
「バカにするな。イスラエルの始祖アブラハムも、九十歳で子供を生ませているじゃないか」
 老弁護士は胸をはったが、その主張は「マタ=ハリ」自身に否定された。
「ムッシュウ・クリュネ。ご親切に。でも、アブラハムは紀元前二千年の人。現代人にはそんな能力はありませんわね」
 「マタ=ハリ」は、お湯割りのブランディ一杯を飲み、馬車で刑場にはこばれた。

P.782

 早々に倒れであろうと予測されていた大隈内閣は、遠い異国間の戦争という奇貨を拾う。日英同盟の履行を熱心にはかる政府は、国会の支持を得て、当時ドイツが領有していた青島への派兵を決定、これを占領する。
 明治天皇の崩御、皇太后の逝去と国家的弔辞が続き、ようやく迎えた大正天皇の即位の儀は大いなる熱意を持って国民に祝賀され、戦争景気に帝国はわきたつ。
 早期に決着がつくと見込まれていた数カ国間戦争は長引き、関係しながらも無関係に等しい情勢にある国内は政争を再開、大隈首相は「辞任」し、寺内内閣が成立する。
 戦争に疲れて内患を重篤にしたロシアは、二月に共和制を目指した外科手術を、十月に社会主義を目指した内科的処方を受けてソビエトとして生まれ変わった。
 帝政を支援することは国義に反するとして態度を決めかねていた米国は、ドイツの無差別潜水艦攻撃被害を受けてなお参戦に踏み切れないでいたが、ロシア帝政の崩壊を決定的要素として、帝政ドイツに対抗する国家への支援を決定する。

 日本が第一次世界大戦に果たした役割について、「世界史」からはなにも学べなかった。かつて耳にしたキーワードが、四半世紀を経てようやく脳に到達したということになる。

読物 『平和の失速(一)』

2010年6月18日 (金)

そのごのわいやれす

代替品を求めていろいろ探ってみたところ、世の中はワイヤレス主流になりつつあるらしく、してみると、不具合は当方の環境由来なのかと思ってしまわなくもない。

代替マウスを探していたはずが、いつのまにかワイヤレスの不具合について調べており、そのさなか、興味深い経験談を発見した。

「27MHzのワイヤレスマウスを購入したが、オフィスで使用されている一般的な事務机の材質はその帯域をわりと吸収してしまうらしく、通信障害を起こしているようだ」というものだ。
USBポートが左側にあるノートPCに対して、ノートPCの右側でマウスを使用するというようなケースなので、わりと一般的な使用環境といえる。距離は最大でも1m未満だろう。

どうやって解消したかというと、USB延長ケーブルを買ってきて、レシーバをマウスの近くまでもってくるというもので、ワイヤレスがまるでダイナシなアレ。

似たような現象はあるものだと感得しつつ、改めて2.4GHzの仕様に目を通す。

「2.4GHz帯ワイヤレス方式」は、使用する場所が非磁性体で最長約10m、スチールデスクなど磁性体でも最長約3mという広範囲な場所での操作を可能にするワイヤレス方式です。レシーバとマウス本体の位置関係や距離を気にすることなく、従来方式のワイヤレスマウスよりもさらに快適なマウス操作を実現できます」

自宅の机は二十年来使用している木製のもので、座る位置から左側にメタルラックを設置し、床から60cmくらいの高さの位置にPCを設置している。前面、背面のUSBポートに座ったまま手が届くカンジだ。
PCとマウスおよびキーボードの距離は2m未満。レシーバとの間の空間にはこれといった障害物はない。たまに湯飲みやヘッドホンが投げ出されることがあるくらいだ。

あれこれ考えたが、生活レベルの物理的環境要因ではないだろうと思える。
霊的なナニかとかなのか。

ワイヤレスの仕様と対照して、前述の延長USBケーブルによる対処方法はこの際適当ではなかろうと思いつつも、500円程度の投資で解決するなら、マウスを買い直すよりは良コストといえる。
というわけで、試してみたところ、同様の不具合が発生した。本試行開始当初は良好だったのだが、一週間ほど経過してダメに。電池交換のタイミングでダメになる不具合があり、その対処法が紹介されているが、本件がそれに合致するとは思えず。
ともあれ、なにが原因でダメになるのか、これ以上追求するつもりはない。

さて、いろいろ検討した結果、Logicoolの安いキーボードと、同MX-518を購入することにした。
安いキーボードはInsert、Delete、Home、End、Page Up/Downの配置がナニで、わりとこのキーを使う身の上としては不便極まりない。次に買うときはキーの配置を確認することを心に誓いつつ、この教訓を身体に刻みつけるために、しばらく我慢することにする。

MX-518は8ボタン機能を持つ。うち6つはカスタマイズ可能で、マウスポインタの移動量(解像度というらしい)変更をわりあてることもできる。
そして、これが重要なのだが、まいくろそふとのわいやれすなナニではできなかった、ホイールによるインベントリのスクロールができる。『オブリビオン』のハナシである。
同社の『ゲーミングマウス G500』も検討したが、あまり高機能すぎるマウスは『オブリビオン』では持ち腐れになるというか、マウスの解像度が問題になるケースがあるらしいので、適度に安価感のある本品を選んだという経緯がある。
形状にやや難を感じるものの、機能に問題はなさそうだ。マウスは浅く把持するので、本品の形状はいまいち手になじまない。マイクロソフトのナス形を愛用し、同社製品を信頼するに至った理由は、形状のフィット感においてこれに勝るものがなかったためだ。
『Microsoft Wireless Mouse 5000』はこれを失墜させるもので、同社製品に愛を感じることが稀有な我が身としては、まことに残念なことである。
約5000円で、ワイヤレス製品への不信を買ったような結果となった。

2010年6月17日 (木)

萌え死ぬということ

萌え。
かつてわかったことはなく、いまだによくわからない。

先日、小四女子に対し、構えの不具合を指摘したところ、

 にゃん

擬音にするならそんなカンジのポーズをとった。なんの脈絡もなく。
幼稚園のお遊戯会で「うさぎさん」を演じる園児がごとく。あるいはミッキー・ロークのごとく。

ちょっとだけ、大人になった気がした。

2010年6月13日 (日)

やや過ぎたる養行

絶賛不調中。
先月は今日とは比較にならぬ超不調で休んでしまったから、今月はなんとしても参座したい。
悩み抜いた末に、参座することにする。

ものすごく肩が痛いのである。鍼灸も効果がないのである。
肩こりではなく、とある稽古のしすぎである。下手だから痛いのだ。
午前中は座学のため、身体を温める程度の運動を行い、様子を見る。
あまりよくならない。

鍼灸を始めてからストレッチ以外、自分でいぢるのはやめにしていたが、いぢることにする。
首をいぢる。
脇をいぢる。
肩をいぢりたおす。
明らかに軽くなり、痛みも大幅に軽減した。

それでも今日は控えめに。
稽古中はわりと痛みを感じないが、事後にツケがやってくる。
受け損なった箇所や、思いがけずつかざるを得なかった膝が猛烈に痛い。

さておき。
参座の甲斐はあり、二年前にご来訪いただいた講師の再訪を迎えることができた。
御年六十八歳、ご自身の短躯をネタにしつつ、四十七年の修行の成果をご披露くださった。
受け取る側の感性には二年前とは大きな変化はなかったらしく、初段予備群の大学生と共に悩む。

現役の修行者は、熱量が一段と異なる印象がある。
末永くご壮健であらんことを。

2010年6月11日 (金)

完結編への序章

『フルメタル・パニック!』の新刊は、2010/7/17発売予定だそうである。
ついこの間は最終刊と聞いたのだが、新刊になってしまった。

タイトルは『ずっとスタンド・バイ・ミー(上)』だそうな。

小説などの巻構成で、なんも考えずに「上」と聞けば、上下巻構成と思い浮かべることが多いと思われる。ちょっと訓練された文字読みなら上中下巻構成の可能性を疑うだろう。
だが、上中下ときて「完結編1」と続くことを事前に察知し得る人類は存在しないに違いない。ここで話題にした完結編は「完結編3」まで続いたようだが、我が身は「下」で切ったことはさておき。

然るべくして生物は学ぶ。

シリーズものは完結してから読むよう心がけるようになった。
本シリーズに関しては、その禁を破ったというよりは、アニメから入ってお試し的に小説版を手に取るという隙をみせたがために、罠にかかった観がなくもない。とはいえ、出れば読むが、でなくても苦痛ではない程度のFavoriteではある。
いつでも切れるスタンスで挑まねばならないというのも、切ないものだ。

2010年6月10日 (木)

Oblivion of first "Kvatch Rebuilt"とか

時間のかかかるクエスト/生産系MODに着手してしまい、どうにもこうにも。

Spirits Edge
 日本語化していなくても、だいたい雰囲気はわかる。
 Mageギルドの調査員が行方不明になり、その最後の消息を追っていくと・・・

 比較的低レベル向けっぽい。

Kvatch Rebuilt
 本編クエストで廃墟と化した街を再建する。超有名MOD。
 導入時に開始する一連のクエストを完了した時点で、たちどころにKvatchの瓦礫が除去される。クエストの第二段階発生はしばらく後のこと、物資運搬のトラブル調査。この時点で街の様相は変化せず。

Retros Fur and Leather Armor Crafting
 ドキュメントには「Rangerの気分を~」な記述があり、確かにそんな風でもあるが、わりとヒッシに皮集めしているうちに、徐々に妄念めいたものが身に憑いてくるカンジを味わっている。

Retros00
"Armor Worker's Kit"、"Leather Curning Kit"、"Skinning Dagger"

Bravilの某店にて販売されているというが、某店のみならず、Bravilのあちこちの店で販売されていた。また、Imperial CityのMarket Districtのお約束の場所にもセットでおいてあった。

Retros02

Retros03

Retros08

Retros01

MODを導入すると、"Fur and Hide Tailoring Starter"がインベントリに自動追加される。
これを使用すると、初期設定画面が表示される。
この設定は一度しかできないが、MODをDeactive/Activateすることによって、再度設定できるらしい。

Retros04

使用する原材料の比率を設定する。
たとえば、Bootsは皮1枚で作成することができるが、この画面の設定で『5』を設定した場合、Bootsの材料として皮5枚が必要になる。
『1』が無難であろう。

Retros05

使用するスキルを選択できるが、『Crafting』以外を選択したところ、うまくいかなかった。
MODをDeactive/Activeすることで再設定できるので、『Marksmanship/Armorer』のうち、自信のあるスキルを選択した方がいいかもしれない。
仕方なく選択したが、『Crafting』道はマゾい。

Retros06
「これでいいですか?」

Retros07

設定が完了すると、Tokenがインベントリに自動追加されるようだ。

 使用するスキルとして3種から選択できるようだが、よくわからない。わからないままCraftingという新しいスキルを選択したのだが、いきなりLegenderyクラスのFur Armorができてしまい。既存スキルと連動しているのかもしれない。

 以下、ランク順にレシピを列挙する。数値はCuirass作成に必要なスキルレベル。

  • Rat(Fur)
  • Deer(Fur)
  • Wolf(Fur)
  • Boar(Leather)
  • Bear(Fur/85)
  • Lion(Fur/100over)
  • Troll(Fur)
  • Daedroth(Leather)

Retrosdeer
Deer

Retroswolf
Wolf

Retrosbear
Bear

Retrosboar
Boar

Retrosbear02
Boarのボーナス

 以下、雑感とまとめ。

  • スキル成長がだんだんとマゾくなるので、初期設定は1がよかろうと思われる。
  • Troll、Daedrothなどの革鞣しでもCrafting Skillのトレーニングになる。
  • Poor、Normal(ラベルなし)を作成しても、スキル経験値は獲得されないか、微小であるらしい。
  • スキル値が絶対条件となっているようで、それを満たすまではランクの高いものを作成することはできない(スキルが84の場合、Exceptional Bear Cuirassは作成できるが、Legendary Bear Cuirassは絶対作成できない)。
  • ランクごとにステップを踏まなくてもよさげ。(WolfをとばしてBoar作成しても問題なさそう)
  • From 2ch Lives の Eden で Ratが大量に狩れる。(Rat 92枚を確認)
  • かなりマゾいので、既存スキルで楽しむ方が無難かもしれない。

 なお、"Legendary Abilities"と干渉する。"Retros Fur and Leather Armor Crafting"の皮剥が機能しなくなる現象を確認した。
 その他、某紳士系びりおんとスクリプトが干渉する模様。

 観測された干渉は、本MODで皮剥ぎができないというものだったが、どうも、"Legendary Abilities"にはメッセージ表示の不具合ないし干渉があるらしく、機能の干渉ではないらしい。

■Weapons Of The Fallen Heroes

Weaponsofthefallenheroes_glamdring
グラムドリング
過ぎ去りし日々、大いなるインスパイアを得た剣

Weaponsofthefallenheroes_orcrist
オークリスト

Weaponsofthefallenheroes_sting01
スティング
つらぬき丸だよ、いとしいしと

Weaponsofthefallenheroes_sting02

かつてミスリルはファンタジー世界の金属において頂点に立つものだったが、その凋落は甚だしく。オブリビオンでも下位に属する。

Weaponsofthefallenheroes_urukhaisci

ウルク=ハイの剣。
某世界では1HDだが、中つ国のオークはもともとエルフなので、ふつうな武器を持たせても強いんだろう。

Weaponsofthefallenheroes01

ここから始まるクエストで、これら武器が手に入る。
タイミングによってはボロミアの死体が発見できるようだが、導入直後に赴いたところ、見いだせなかった。
映画三部作公開後、ボロミアは人気のキャラらしい風聞を耳にした。どうでもいいことだが、個人的には、高校生だった初読当時は嫌いなキャラクターだった。

■Angel Slayer
Angelslayer

クエスト版とアイテム追加版の二種があるらしく、後者を導入したのに、前者を導入したつもりで遺跡を探しまくってしまったことはさておき。探し出すのにストレスをためてしまったためか、それに値するほどの剣ではなかった。
エンチャントなしの、素の剣。

Legendary Abilities
 "Retros Fur and Leather Armor Crafting"と干渉するが、同MODのあまりのマゾさに一時断念し、本MODを適用してみることにした。
 スキルキャップは100だが、これを突破するMODがある。だが、Vanillaにおいてスキル値25/50/75/100で獲得できるようなスペシャルアビリティーは追加されない。
 本MODは、100を超えて一定のスキル値を獲得した際、スペシャルアビリティーを追加するものである。Alchemyが"Grandmaster of Alchemy"を使用している以外、他のスキルすべてにオリジナルスペシャルアビリティーが用意されているようである。
 体感したのはSneakのみで、Sneak時にChameleon効果が付与される。

Anduril - Flame of the West
 かつて導入したような気がしていたが、"Ringwraith Mod"と勘違いしていたようだ。いいカンジにSSが撮れなかったので放置したような気がする。
 さて、「西の炎」だが。
 幾つかの作品があり、それぞれディティールにこだわりがある。2006年ごろの作品もあり、最新のものは2010年2月。それらの中から気に入ったディティールのものを選んだ。
 片手バージョンと両手バージョンがある。

Anduril01

Anduril02

Anduril03

Anduril04

Anduril05

2010年6月 8日 (火)

続・衝撃の数千件

数千件の実態は7000件強で、データでご提供いただき一安心。

さて、提供されたデータファイルの拡張子はxlsで、開いてみたところ、各行A列にのみデータが格納されている。一見してcsv変換に失敗しているように見受けられたが、実際は、csv形式で保存されたファイルの拡張子をxlsにリネームしただけのシロモノだった。そうと気づかず、1.5hかけてDBに格納するプログラムを書いてしまったことはさておき。
最近は、bmp画像の拡張子をjpgにリネームして画像変換できたわーいとする風潮があるようだが、なまじ開けただけに、ファイル形式を疑うことは思いつかなかった次第である。
いらんワナしかけんなと。

事前に了解していたとおり、顧客を管理するテーブルが10個ほどあり、ざっと見てみると、同じテーブルに重複する顧客データが存在する。異なるテーブルにも重複する顧客データが存在する。クライアントが二十年蓄積したエントロピーを目の当たりにしているわけだ。
テーブルごとに桁数が異なる顧客コードはあてにならない。同じ顧客データであるかどうかを識別するためは電話番号か顧客名に依るしかないのだが、電話番号が未入力のレコードが存在し、同じ顧客と思える名称もバリエーションに富んでいる。

とりあえずは、データのパターンを洗い出し、重複と見なせる条件を設定する必要がある。
この手のデータ解析は須く然りであるが、答えのないパズルであり、精度は眼力に依存する。わかりやすい、アナログとデジタルの境界線の一例といえよう。

2010年6月 7日 (月)

脱・弁当男子

弁当持参の身上となって13ヶ月余。

興味はあったけれども、好きで始めたことではなく。

始めた頃にちょうど「弁当男子」なる言葉が世に出てきて、俺様ちゃん、なんだかリューコーに乗っちゃったみたいじゃね?なカンジでやめようかと思ったりもした。
そんなコトバ、今ではまったく耳にしない。メイワク至極なこと、この上ない。

さておき、一年強は続いたわけである。

なんだかもうイロイロとあって、しばらく弁当をやめることにした。

職場の近所で気になってたソコココお試し第一弾はイタリアン。
ランチセットの中から選んだのは、おすすめリゾット。『カロリーヌ物語』で憧れを抱いたデカいチーズ、それっぽいチーズの上にリゾットが乗せられて席まで運ばれてくる。客の眼前で、店員がリゾットをチーズとからめていく。空腹という名の調味料を混ぜ合わせているようでもある。
こってりとからめているようでしかし、非常に繊細なクリーミーな味わいとなるものであったが、残念なことに好みではなかった。

2010年6月 6日 (日)

読物 『ダブル・ジョーカー』

用言止めがきらいだ。
わりと若手に属する作家の用言止めの文章には、練りの甘さを感じさせることがきわめて多く、そう感じてしまうとそれ以外を感じることはなく、どうにも嫌いでしかたない。福井某の用言止めは特に、著者のアジテーションまるだしで大嫌いだ。

イマドキの作家に影響を与えた用言止めというと『北斗の拳』だろうか。あるいは、一時期流行った、わたせせいぞう系のナレーションっぽいアレであろうか。

つきつめれば視点の問題になりそうだが、そこまでの考察はない。

そのような不利な印象があったとしても、作品としてはまあ面白いんではなかろうか。
スパイ、カッコいいし。

1900年代前半の日米関係について、ここ数年蓄積してきた知識と齟齬を来す内容もあったが、本書とそれ以外と、いずれが正しいかは不明である。

鍼灸とツーリングと

土曜、晴れたらツーリングに出かける予定だったが、早朝、雨。
午前中遅くに晴れるも、予報では午後半ばから雨。
諦める。

代わりに、耐え難くなったアレコレをナニするために鍼灸に。
初めてかかったのは数年前のこと、以来二度ほど世話になり、そのたびに「筋肉の凝りがとれたら関節的なそれがでました」的な腰痛が生じ、「効き過ぎる」と判定していた。
此度は腕の不具合と、右足のどうにもならない感の解消を企図してのこと。間隔を置かずに再通院した方がいいとの施療師のものすごく控えめなアドバイスに、心から同意する。
マッサージや鍼灸の類を施術されたのちは、激烈な睡魔に襲われる。帰宅後耐え難く、16時頃倒れた。

13時間後、覚醒。晴天。
寝疲れで具合が悪い。桐山零が塩をなめながら水を飲むのがよいといっていたような気がするので、そうする。
ややだるいが、横になっている間に調子が上向き、8時30分、かねてより計画していた下見旅行に出発した。予報では終日晴れ、このチャンスを逃すとロクなことになりそうにない。
9時20分、現地の高速を降りる。
和歌山の山奥で辛酸をなめさせられて以来、国道400号台は信用してはならない国道であると決めつけている。個人的な経験では、おおかたにおいてそれらが自然に帰りつつあることが実証されているからだ。煙草二本分ほど道の駅で休憩し、覚悟を決める。
10時20分頃、目的地へ到着。目印は「すっぽんの河童」ないし「河童の湯」。国道自体はなんということはなく。「国道400号台」に対する印象は「国道401号以降」に修正されたが、それはさておき。国道から外れて山を登る道路が自然に帰りつつあり、紅葉の季節は単車ではヤヴァげな雰囲気である。というか、前年の落ち葉が残っていて、この季節でもややもすると危ない。
二十年ほど前、だいたいこの時期に日光にツーリングに行き、Tシャツに薄手のジャケット一枚という非常に舐めた装備では寒気に追い返されるのみと理解していたため、フリースのインナーに革ジャンというやや重装備を選択した。高速および午前中の高原ではちょうどよかったが、日照がよいと高原でもやや暑い。町中では論外。
帰路は、裏道にあたる印象の有料道路を試したが、わけ分からんところに連れて行かれて、延々と下道を走るさだめの人の子に。下りで30個以上低速コーナリングさせられるのはつらかった。

蕎麦食って13時頃帰宅。
総走行距離約150km。高速分は約40km。
目的地はとても山奥で、人里離れた地であることが確認された。
懸念されたような工事渋滞もなく、不便ではあるが、目的にそぐわぬわけではない。

ちょー久しぶりのツーリングだったが、凝り症を培ったのは単車生活かもしれないと思ったり思わなかったり。
あーケツ痛。

2010年6月 4日 (金)

ココログの不思議な仕様

ココログには「アクセス解析」という機能がある。
どのブログに、どこから、どのブラウザで、などの閲覧履歴を表示するものだ。

本日なにげにそれら情報を閲覧したら、「ブログタイトル」項目にハングルが入り混じっていた。ココログを使用してからおよそ一年が経過するが、初めてのことである。

ブログタイトルはブログオーナーが入力するもので、当然、読み書きできない外国語を記入するはずもない・・・・・・と思いきや、『ΠΛΑΝΗΤΕΣ』とか『Il Nome della Rosa』とか使った過去を思い出した。さておき、ハングルを入力したことはない。
どういうことかとFAQなんぞに目を通してみると、似たような現象報告があった。

「アクセス解析」には、ブラウザの表示環境も表示される。画面サイズ、言語がその内容だ。
ハングルが表示されているものについてみると、言語が「ko」になっている。

「アクセス解析」に表示される「ブログタイトル」項目はブログから取得したものだと思っていたが、どうもHTTPに含まれる情報のみでアクセス解析元データを蓄積しているということらしい。

たとえば『Oblivion of first ケモノ耳オフライン』は『Oblivion of first 케모노귀오프 라인』と表示されている。翻訳してみると『ケモノグィオプ ライン』、そうされる理由もないのに狙い撃ちされているようで、ちと怖い。
本例は、「『Oblivion of first 케모노귀오프 라인』と表示されているリンク元からアクセスがありました」ということをデータとして保存する実装であることを示している。
「『Oblivion of first ケモノ耳オフライン』にアクセスがありました、リンク元には『Oblivion of first 케모노귀오프 라인』と表示されていました」
という表示になっているなら、混乱しないと思うのだが。
どうにも妙な印象があるが、Webプログラミングのスタイルということになるのだろうか。

・・・・・・などとぬりかべっていたら、日本語表記になった。
一次情報としてHTTPから取得したデータを蓄積し、タイミングによってはそれがユーザに開示される。蓄積した後、定時バッチ的にブログタイトルとのすりあわせを行い、最終的なアクセス解析データとする。
ということになろうか。これならナットク。

・・・・・・気になったので、もひとつ試す。
言語が「ko」となっているリンク元からアクセスしてみたらハングル表記になった。
つまり、最後にアクセスしたリンク元のHTTP情報が全表示に影響を及ぼすことになるらしい。

なんだかよくわからんのである。

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