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2010年4月 5日 (月)

Oblivion of first "The Lost Spires"

※"The Lost Spires"はOblivionの非公式クエスト、いわば同人シナリオというべきもので、本文は同シナリオ(=Module、略してMOD)に対する私的感想です。

MOD制作者がネタバレしない方向で頼むということなので、この大作を作り上げたことに敬意を表して、そうしないように感想を述べ奉る。
発表から時が経過していることだし、こういう評価があってもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クソゲーwww

 

 

しかしながら、クライマックスまでは良ゲーだった。
オツカイ気味であり、戦闘バランス調整がナニだったとしても。

 

ゲームってなんだろう。
久々に考えさせられてしまった。

電源要では、一部の超人が神の領域を競うことを至高とした時代があった。ゲームのジャンルによってはそれはアリだろうし、なければつまらなかろうが、その筆頭たるシューティングゲームですら潮流が変わったらしいことは耳にしており、超人市場ではやっていけないという現実は覆せないのだろう。
ゲームメーカーが製品の謳い文句に「やさしい」を喧伝したものとして記憶に残るのは、Falcomの『イース』である。いまの基準からすればそれでもずいぶんとマゾいが、がんばればまあ、やさしいだろうか。あまりやさしくないかもしれない。
ゲームはあまり数をこなさないのであくまで個人的なごく狭い範囲の経験ということになるが、任天堂はその辺わりと意固地なイメージであり、それはゼルダに特化したものかもしれないが、『時のオカリナ』までは、ゲームは難しいもんだ、あるいは、ゲームは学習だ、あるいは、ゲームは達成感だ、というようなスタンスを固守していたように思う。『風のタクト』は、そういう意味では期待を裏切られた印象である。個人的にゼルダは、ある程度覚悟を決めないとトライできないタイトルだったから、お使い感だけそのままで、難易度は高すぎず、ストーリーも長すぎはしなかった同タイトルに「あれ、こんなもんか」という肩透かしを感じるを禁じ得なかった。

電源不要ではどうだろう。
TRPGでいうなら「俺シナリオ」に類する冠詞を評されたマスタリングは、大方においてプレイヤーに不服を抱かせるものであったと思う。NPCサイキョー、シナリオはご都合主義、アイテムマンセー、そういうものだ。TRPGは勝ち負けを競うものではないが、マスターの独りよがりは得てして、マスターの勝ち気がもたらすものなのかもしれない。
Mt:Gは資本が火力であり、勝負の次元を変えてしまった。アイテム課金と同様、満足に至る過程がゲームの枠を超えているように思われる。

オブリビオンというゲームは、これらの反省ないしは経験に基づいた、「やさしい」ゲームであると認識している。クエストマーカーという仕組しかり、レベルに応じたバランス調整しかり、否定する材料は見つからない。
それをあえて逸脱した理由はわからない。MOD製作者の間では「14へ行け」を実装することは必須と考えられているのだろうか。

 

さておき、これだけの大作を作り上げた労力に対する敬意はいささかも失われるものではない。
ゲームデザイナーがストーリーテラーであることは希であることをただ確認したのみである。

追記:
非常に有用な非武装アイテムが実装されているので、そのためだけにプレイする価値はあるかも。

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コメント

なんせやってないゲームなもんで、ふにゃふにゃと想像するしかないのですが…。
『ゼルダ-』のくだりに共感しつつ、そうですか、そういうゲームでありましたですか。
私、洋ゲーはほとんど経験がないので、日本のRPGの「ストーリー」にヘキエキしたときは、洋モンだったら、ゲームをつくってる層が日本とは違うだろうから、ストーリー面でちゃんとしたヤツがあるのかもなぁと思ったりしましたが…。
ストーリーをつくる力というのは、ゲームデザイン能力とはまた違うものなのですかねぇ。

しかしまあ、ゲームについてはさいきん隠居状態なので、何とも言いがたいものがありまする。
変な書き込みでもうしわけないです。

念のため、『オブリビオン』に咎はありませぬ。絶賛お奨め中です。
PC版だったら、2980円+若干の四苦八苦で三ヶ月は戦えますw

『オブリビオン』には、任意に機能を追加する仕組みがありまして、多くのファンが多数の機能を開発しています。
本文の趣旨は、そのひとつ"The Lost Spires"という同人シナリオがアレという次第であります。

ストーリーを作る能力云々についてはZEROがFF13評に記していたような気がしますが、FFは伝統的にシステムとストーリーが密接なつながりを持っているようなので、ストーリーデザインとゲームデザインを分けにくいのだと思います。

これは同人シナリオに関することなんだよね? オブリビオン自体がクソだという話じゃなく。
PS3で買おうと思ってるんだけど、PC版で買って、ちゃりのようにmodなど楽しむのが吉?

昔のゲーム、とりわけ黎明期のPCゲーの難易度は凄まじかったね。あんなマゾゲーを嬉々としてやっていたのだからよほどゲームに飢えていたんだろうな。いや、うん、飢えていたよなw
また、ちゃりが事あるごとに言うTRPGの「俺シナリオ」マスタリングは、少なくとも黎明期のTRPGを経験しているものは全員味わっていることだし、だけど責任はマスターだけではなく、プレイヤーのプレイングの質にもあったのは間違いなく、おたがいさまであったなあとw

マスタリングもプレイングもこなれてきた頃にはTRPG熱も下火になり、ああ、逆説的だが、その拙さ、先の見えなさ、欲望のままに突っ走れてたそんな空気(年齢?時代?経験?)だからこそ、TRPGが空前の面白さをもった遊技でありえたのだなあと思ってみたり。ちょっとメタっぽい表現でアレだが、「TRPGというダンジョン」を探索する(追求する)遊びというのがプレイングの上位に存在しており、「TRPGというダンジョンの鉱脈」をあらかた掘り尽くし、まっとうな遊び方ができるようになったころには「TRPGというゲーム」の不思議さや未知の楽しさが失われていて、倦怠期プレイみたいになっていったように思う。

つまり、クソなマスタリングとプレイングで喧々囂々、相手を非難し合いながら、それでも何となく遊びになっていた頃が一番面白かったのだなあという、書いてみたらあまりにも普通な結論w

もちろん同人シナリオに関することだよ。

『オブリビオン』がフィットするゲームかどうかがわからないのでPC版が吉とはいえないが、PC版ですべき設定(参考:http://wiki.oblivion.z49.org/ )すなわち日本語化を自分で何とか出来ると思えるなら、お試し版としてもPC版がお手軽でよかろうと思う。難しい作業ではないし、在りし日々のゲームを相手取ってきた我らならば、ありがたい有志翻訳の多少の不備など脳力で十分に補完できよう。

>責任はマスターだけではなく~
もちろん了解している。
つまり、このMODに対して思うさまぶちまけたいところを、MOD制作という大いなる労力に対する敬意と相殺するカタチで、マスター側に対する言及にあいなったと受け止めて欲しい。
なんでああしちゃったんだろう。謎だ。

学生時代、TRPGにおいてゲームシステムとゲーム世界を密接にすることがスタンダードだった当時、同期がゲームデザインをしたいと言ったが、俺はすげなくした。ルールは既存のものでいい、世界をただ表現したいと思っていたから、全く興味がなかった。
当時は、どいつもこいつも覇権を狙っていた。今WotCがやってることだけど、基本となるルールを無償配布して、それに肉付けするようなやり方が早期にできりゃよかったんだが、下火な今だからこそできることなんだろうな。

個人的にはTRPGはまだまだやりたかったが、PSOが世に出て、MMOというものが提供する楽しみに比べて、自身が提供できる楽しみが勝るかどうか分からなくなったとき、遠距離をおして来訪してくれる皆に申し訳なくなってやめた。
まあ、老後の楽しみにでもするさ。


そうそう、最後に一つだけ。
自キャラは女にしとけ。
自キャラは女にしとけ。
PS3版は関係ないかもしれんが、イチオウ。

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