« Oblivion of first "Shivering Isles" | トップページ | 週刊少年チャンピオン17号 »

2010年3月23日 (火)

読物 『チベット旅行記』

だから私は、どうも子供をむやみにばかだとののしったり、記憶力や判断力が足りないことをむげに卑しめて、自信を失わせてしまうのは、その子供の発達を妨げる教育法だと思い、子供に自信をつけて、十分進めるのだという観念を起こさせるように教育することが必要だということをチベットで悟ったのである。

下巻 P.137

TRPG『WARES BLADE』は、4を基数としている。
1リートは4メートル、1リーは4キロメートル、1リットは4センチメートル。
戦闘ターンの最小単位である1セグメントは4秒。
ただし、貨幣や時間(1刻=2時間)は対象外。
4を基数にしながら10進法の単位換算しか用意しなかったのは便宜のためか。

この独創的なアイデアをずっとオリジナルだと考えていたが、小説版『聖刻1092』で主な舞台となった「中原」の諸地域の一つ、おそらくはモデルとなったチベット、その貨幣の世俗的運用に着想を得たのかもしれないと、本書読後に思うようになった。
同世界が「中原」と表現する舞台がいわゆる中央アジアあたりを指していることは、明確に読み取れる情報として小説やゲーム世界に紹介されているが、どういうわけか我が身はそれをしかとは認識できないまま今日に至っていることは余談である。

本書は、1897年にチベットを探検した日本人の自筆記録、その抄訳にして現代語訳である。
抄訳といっても原著の75%程度はフォローしたようで、原著を知らぬが故に、現代語訳のためにどれほど原著がもつものが損なわれたかは不明である。

しかと読み取れるのは、現代人の多くが経験することの叶わない「旅」であり、異国を異文明と感じることのできた「時代」である。
著者は、仏法修行の一念から当時鎖国状態だったチベットに密入国したという。僧というには方便多用のありさまはいささかいかがなものかと思わざるを得ないが、同時代人たる大谷光瑞、明石元二郎と対照するに、後ろ盾もなくばそうせざるを得なかったのだろうとも思う。
やはり同時代人の福島安正についても読んでみたい。

« Oblivion of first "Shivering Isles" | トップページ | 週刊少年チャンピオン17号 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

うおっ。えらいトコに手を出されてますな!
これも旅路のひとつなのでしょうか。

日本には珍しいタイプですよね、河口 慧海。
といってもこれは読んだことないので、よく知らないのですが…。

旅路につく前からたぶん、読んでみたいと考えていたと思うのです。
『西蔵旅行記』で名を知っていたと思うのですが、タイトルの語感から、手を出せないオーラが感じられて今に至った次第です。
手を出しにくい本でも気軽に手を出せるのは、図書館様々であります。

私もまた、文筆から察する以外に人物像を知らないのですが、ちょっと調べてみたら、堺市に銅像があるらしいですよ!

余談ですが、自筆による英訳版は"Three Years in Tibet"というらしいです。

うう、旅に出たい。移動したい。
(木曜日生まれだから)

冒頭のこれ、「子供をむやみにばかだとののしったり、記憶力や判断力が足りないことをむげに卑しめて、自身を失わせてしまう」、
正にワタクシの教育そのものなのですが、我が子の芽を摘んでいる犯人がワタクシだったのでしょうか?

ダメだこいつはと思っていた子が、中学生になったからか、ほめるようにしたからか、因果は不明ですが、よいと思える方向に変わってきました。
因果が私にあると仮定したとき、どんなささいなことでもいいからほめることがまず肝心なのかなと思うにいたりました。

私は実に気楽な立場から子供と接しており、叱ることは必要だと思うけれども、なんとか叱らずに楽しんでもらいたいと常々考えております。
楽しんでもらってるなあという子からは「一生少林寺やりたい!」とか、実に子供らしい、しかし嬉しい言葉を聞かせてもらったりするにつけ、私自身も学ばせていただいてると痛感するところでもあります。

こんな立場から共感できるものではありますが、現実はなかなか難しかろうと思います。
ただ、親ができないやらないことを、資本主義的立地から、ガッコや習い事の師に押しつけるのは大いなる勘違いだと断ずるものです。

もはやワースも懐かしいねえ。そっかあ、アレはチベットが元ネタだったのか。中国が手を引けばチベットも行ってみたい国のひとつなんだけどね。

そういえば昔、体内のマニ車を高速回転させて魔力増幅するロボットマンガがあったなあw

チベットとインドがごちゃまぜになってる感はあるけれど、たぶんチベットであってると思う。
クリシュナはインドの豪商、ガルンは東南アジアの武門の出ということになるんかな。
やつら、何語で会話してるんだかw
余談だが、WARESはD20システムで今世紀になってから再始動かかったようだよ。


>体内のマニ車
『混淆世界ボルドー』じゃな。
Favoriteじゃよ。

先駆けすぎるマンガがいっぱいあった。
いい時代じゃったのう。

ワタクシも生徒やよその子ならどんなアホでもほめられるのです。ただ、自分の子となるとどうしても感情的になってしまいます。
ただ、小さいときから「たとえ親だろうが王様だろうが、相手の言ってることが見当違いだと思ったら臆することなく反論しろ」とだけは仕込んできてまして、最近は「オマエばっかだー」と言うと「アンタに言われとないわ!」と返してくるくらいには打たれ強く成長しております。

本の趣旨と脱線してしまいました。すみません。

私の叔母ですが、娘つまり私のいとこに対する態度が「いきすぎじゃね?」と思うことしきり、いとこがふくよかになりはじめてからずっとそのことをいじり続けて、ついに娘つまりいとこは反論するものの、心底では無視を決め込んでいる風になってしまった観があります。

注意を全く聞こえない風でやり過ごす子供に接する機会がありますが、身内のそんなやりとりとも関係する何かがあるのかなあと思ったり思わなかったり。

私が幼少の折は、「話を聞け」と注意を喚起するアクションを頂戴したものですが、昨今、そんなことをすれば謝罪と賠償を要求されるようです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/542052/47884445

この記事へのトラックバック一覧です: 読物 『チベット旅行記』:

« Oblivion of first "Shivering Isles" | トップページ | 週刊少年チャンピオン17号 »

フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック