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2010年3月

2010年3月31日 (水)

Oblivion of first "The Dungeons of Ivellon"

公式コンテンツはほぼ終了したっぽいのだが、もうちょっと遊びたい。

Chameleon装備(累積70%くらい)で、Sneakして、射撃。現在、このスタイルが一番楽しい。
ガチで殴りあうと、NPCの戦闘スキルに圧倒されすぎて爽快感がない。NPCの攻撃魔法も痛すぎて、装備変更を怠ると結構なダメージを負わされる。
などが、このスタイルを好む大きな理由かもしれない。

そんなプレイをもうちょっと続けたい。
いろいろ調べてみると非公式Quest(非合法ではない)がいろいろとあり、中でも"The Dungeons of Ivellon"の評価が高いことがわかった。

「OBMMを用いてゲームに適用する」という行為をおまじない程度にしか理解していなかったので、これもおんなじだろうと適当に適用。とりあえずクエストは開始したのでOKかと思っていたら、クエスト独自のガジェットが出現する段になってエラー発生。虚空に巨大な!マークが。

これは、表示しようとするオブジェクトが参照できないことを示すもの、らしい。
仕方なく"The Dungeons of Ivellon"のドキュメントを読むなどしてみたら、インストーラでインストールする仕様になっていることに気づく。
パッチ分だけDataフォルダにコピーしていたので、それに日本語パッチが当たり、それに基づいてクエストは進んでいたわけだ。表示すべきグラフィックオブジェクトはインストーラによって適用されるということらしい。

なんのかんのとありながら、とりあえず終了。
以下、まとめ。

  • Undead! Undead!
  • たいまつ、またはLight系魔法使用推奨
  • Night-Eye非推奨

作品の感想としては、『ほしのこえ』に感じたものに等しい、というところ。
これはおそらく、Night-Eye装備で第一印象を汚してしまった我が身に原因がある。
装備系グラフィックが今三くらいなことも無縁ではないが。

2010年3月29日 (月)

Oblivion of first "Knights of the Nine"

着手が遅くなった理由は、クエストが起動しなかったから、ということになる。

まずは経緯を。
PC版Oblivion GotY Editionを入手したのは2010年1月中旬、3D酔いにさいなまれつつものめりこみ、同年2月中旬、DLC(DownLoad Contents)パッケージ"Knights of the Nine"の入手に至る。

来たぜひゃっほうとばかりにインストールすれば、怒涛の如く更新されるクエストジャーナル、わけわかんねえが、とにかくうまくインストールされたらしい。
日本語MODとか日本語化とかよくわかってなかったから、新規に導入された分にそれらが未適用だと気づいたのはしばらく経ってからのことで、その間、"Knights of the Nine"の序章を知らず進めていた。

メインクエストクリアを滞らせていた理由はオブリビオンゲートを全数撃破しようと目論んだためであるが、メインクエストの進行に比してゲートが出現することを知らず、つまり、メインクエストを進めすぎてもはやゲートは出現しないらしいことを悟れず、いたずらに時を過ごし、"Shivering Isles"を先にクリアするに至る。

その間、DLCパッケージ"Knights of the Nine"に含まれた他のコンテンツは消化していた。
"Knights of the Nine"にも無論挑んだがどうにもクエストが進まない。
Greater Power "Pilgrim's Grace"を獲得しているので、導入クエストはうまくいっていると思われる。最後の巡礼地で出会うらしいNPCとも出会っている。Infamy(悪名)の問題でもなさそうだ。
巡礼を何度繰り返してもうまくいかない。

いたしかたなくDark Brotherhoodクエストに着手し、Infamyを蓄積する。巡礼すればInfamyは拭われるらしいということだったのだが。
やがて終了、さて、やることがない。

メインクエストが終了しないとあかんのかと思えどそのような情報には巡り会えず。この頃にはどうやら最早ゲートは出現しないらしいと悟っていて、まあいいかとメインクエストを終了させるもなお、クエストは進まない。
巡礼しても、Infamyが初期化されない。

('A`)

もういいや。

コンソール起動。

> SetPCInfamy 0
> SetPCFame 161 (我がfirst の名声が160だったため)

巡礼。NG。

hehe

> setstage NDPilgrim 20

ジャーナル更新(゚∀゚)

ようやくにして着手に至った本クエストは、Wizardry #2 - Knight of DiamondsのFlavorで、リフトウォーサーガのTasteだった。余談だが、"Shivering Isles"は #5 - Heart of the Maelstromなカンジであり、EQでいうならLoY的な印象で、グラフィック的な雰囲気はあまり好みではない。

入手から二ヵ月半。
幾つか未完了の小クエストもあり、試してみたいMODもあるが、一通り、遊んだことになる。

2010年3月28日 (日)

親鸞聖人 七五〇回大遠忌お待ち受け法要

我が身は無信仰である。
次男を亡くした祖父が法要のため旦那寺に日参するようになり、弟の死に深い悔悟を抱いた父もそれに従った。かようなわけで幼少から仏事に触れる機会が多かったものの、どうもそれが逆縁となった向きがある。ラオウの薫陶を受けたためであろうか。

この日、このような我が身とは無縁の機会に身を置くことを選んだのは、ありていにいえば父の流儀に従ったに過ぎない。
宗教については、教えに対しては特に感慨はないが、組織や団体となって、それらを保守する立場になると大同小異に歪むという印象があり、このような機会についても同様の念を抱くを禁じ得ない。

いい加減、不惑を迎えようという身の上であれば、多少の我意は押して忍ぶべし。
なにか得ることもあるだろうと足を運び、五木寛之氏の講演で、得がたい機会であったことを思い知らされた次第である。

以下、講演の概要。
『蟹工船』、ドストエフスキー、そして氏の著作は未読であり、聞いたままを要約したつもりであるが、不適切な表記があった場合は我が身の無知に由来するものとして、五木寛之氏の免責を申し上げる。

  • 餃子のこと
    会場への車中、餃子が根付いた理由を尋ねたが、どうもはっきりしない。調べたわけではないことを前置きして、ご自身の推理を語る。
    盛岡は冷麺が栄えている。朝鮮から帰国した方々が広めたとされている。
    餃子は中国東北部の食べもので、ロシアでは主に水餃子として食べる。おそらく満州から持ち来られたものではないか。
  • 執筆活動を停止して聴講生となったこと
    龍谷大学で聴講生となった折、とある教授から、ある学生のエピソードをうかがった。普段、あまり熱心とは見受けられなかったその学生だが、きちんと期限通りに論文を提出した。その論文タイトルは、教授の長い職歴の中でもたいへんユニークなもので『親鸞聖人と尺八』という。刮目して教授は、論文を精読した。
    不真面目と思えた学生が記した論文は、二章立てになっており、前半は親鸞聖人について詳しく丁寧に記されている。後半は尺八について、よく調べ上げた内容となっていた。
    結びにはたった一行、「以上の論を持って、親鸞聖人と尺八の来歴には何の関係もないことがわかった」とあった。

以上、つかみはおっけ~系。
以下、本旨。

  • なぜ、今、親鸞か
    • 私的な理由
      師範学校を卒業し、教員となった両親の子として生まれた。
      当時、世界恐慌後の日本には、満州、朝鮮、ブラジルなど、おちこぼれるようにしてそれら海外の国々へ転出していく人々がいた。両親も、おちこぼれるようにして朝鮮へ渡った。
      敗戦を迎えたのは平壌にて。軍の高官や情報を早々と掴んだ人々が本土への帰還を急ぐなか、平成通りにふるまうようにと伝えるラジオの広報を信じ、ある日、ソビエト軍を迎えた。なにも知らない身の上では、ただ茫然とするしかない出来事であった。ソビエト軍の第一波としてやってきた彼らは粗暴であり、様々なトラブルがあった。毎日早朝三時ごろまで励み高等学校の師範となった父親(「出世の階段を三段くらい上った」とは氏の談)は、敗戦で酒浸りになり、中学生だった氏は、父親と弟妹を食べさせるために、非合法なことにも手を染め、食いぶちを得た。
      ソビエト軍兵士は、日本人のコミュニティに対し、女を差し出せとしばしば要求してきた。軍用車両に機関銃を搭載して、そんな要求を突きつけたという。女を出すか、皆殺しにされたいか、選べという状況だった。そのようなとき、コミュニティの相談役たちは、無理強いして女性を差し出した。ボロボロにされて帰ってきた方もいれば、帰ってこなかった方もいる。
      相談役という立場は選ばれてなったわけではなく、せざるを得ず立った立場であり、このような決断を積極的にせざるを得ないという暗黙裏の立場にすぎなかった。このような決断を無言で認めたコミュニティの人々は、沈黙の肯定という意味で同罪である。氏は、沈黙の肯定をした多数の一人として、以後、自責の念に絶えなかったという。
      帰国した後日、高校に通い、大学に通い、社会人として東京で仕事を始めた。楽しいこともあったが、そんなときにも心から楽しめるということはなかったのは、過去の自責の念を受け入れがたく持ち続けたからである。
      心はれぬ日々が続き、東京での仕事を辞め、金沢に移った。金沢で暁烏敏文庫に通うようになり、蓮如上人を知り、親鸞聖人を知るにいたった。(「蓮如上人の開いた広い道に入り、親鸞聖人の深い森で迷っている」という印象的な言葉を用いられた)
      浄土宗は、優雅な平安期の末期、自殺者が多く出た時代に生まれた。法然の開いた易しい教えを、親鸞が深く追求し、蓮如が広めた。
      その教えに触れた時、晴れぬ自責の念をようやく受け入れられるようになった。
    • 時代的な理由
      • 『蟹工船』
        つい数年前、『蟹工船』が再評価された。
        『蟹工船』が発表された時代は、世界恐慌の直後であり、それが再評価された現代もまた不況の中にある。
      • ドストエフスキー
        ドストエフスキーはロシアの大家であるが、長らく歴史に埋もれていた。『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』などが代表作である。
        過去、殺人には理由があった。現在、理由のない殺人が横行している。どのような「心の闇」が、理由のない殺人を行わせているのか。ドストエフスキーがテーマに選んだものは、現代のこの側面を照射するものである。『蟹工船』同様、流行は世相を反映するという一つの証左であろう。
      • 五木寛之氏の生い立ちと半生、蓮如に出会うまで
        暁烏 敏(あけがらす はや)は、明治期における真言宗大谷派の僧侶である。加賀の三羽烏の一人として数え上げられた人物であり、大変な読書家であった。五万冊といわれる蔵書を金沢大学に寄贈した。世に『歎異抄』を知らしめた方である。(上記、「私的な理由」と重複)
      • 自殺の時代
        日本における年間自殺者数は増加の一途をたどっている。平成10年に年間3万人を突破し、以後は3万人以上の数字を維持し続けている。
        アメリカ軍が十数年におけるベトナム戦争で出した戦死者は7万人弱であった。戦争の十数年を、平時のわずか二年が比肩していることになる。
        平和とはなんであろうか。現代には、自殺者を大量にだしてしまう「時代の闇」というものがある。
      • 親鸞の時代もまた自殺の時代であった
        個人が抱える「心の闇」、社会が「抱える闇」。
        闇を照らす光が必要である。平安の時代には、法然、そして親鸞が光の一つとなった。

    以上、他に立松和平氏を悼む言葉もあったが割愛した。
    巧みな文章を書く方が話上手とは限らないものだが、大変話の上手な方であり、職業的な意味で、言行一致の言葉遣いをされる方である。機会があれば、一度、講演を拝聴することをお薦めしたい。
    氏の著作に触れてみたくもなった。

    2010年3月26日 (金)

    週刊少年チャンピオン17号

    雑誌を購入したのはたぶん、ゴング格闘技が最後で、森恒二のインタビューが掲載されたものだと思う。漫画雑誌を最後に買ったのはいつのことか、なんだったかも覚えていない。
    実に久しぶりのこと。

    本号は、『板垣恵介の画業20周年と「範馬刃牙」連載200回突破を記念した「刃牙」特大号』だということで、各界著名人からのイラスト祝福寄稿やコメントが寄せられているということで入手するにいたった。
    ぶっちゃけていうと祝辞者たる水島新司、高橋留美子らが描くところのバキに興味があったわけだが、水島の描くそれは「昭和のバキ」でこれはまあアリ、高橋留美子はラムちゃんを描き、なんというかアレだが、まあアリだろう。いつもどおりの原哲夫wはさておき。

    バキもどの辺までマジメに読んでいたかというとマウント斗場登場直前までで、その後は(´ ∀`)σ)Д`)なカンジで30巻あたりまでコミックスを買い続けて、見切りをつけた。
    休まない、止まらないという意味ではよい作家なのだろう。

    2010年3月23日 (火)

    読物 『チベット旅行記』

    だから私は、どうも子供をむやみにばかだとののしったり、記憶力や判断力が足りないことをむげに卑しめて、自信を失わせてしまうのは、その子供の発達を妨げる教育法だと思い、子供に自信をつけて、十分進めるのだという観念を起こさせるように教育することが必要だということをチベットで悟ったのである。

    下巻 P.137

    TRPG『WARES BLADE』は、4を基数としている。
    1リートは4メートル、1リーは4キロメートル、1リットは4センチメートル。
    戦闘ターンの最小単位である1セグメントは4秒。
    ただし、貨幣や時間(1刻=2時間)は対象外。
    4を基数にしながら10進法の単位換算しか用意しなかったのは便宜のためか。

    この独創的なアイデアをずっとオリジナルだと考えていたが、小説版『聖刻1092』で主な舞台となった「中原」の諸地域の一つ、おそらくはモデルとなったチベット、その貨幣の世俗的運用に着想を得たのかもしれないと、本書読後に思うようになった。
    同世界が「中原」と表現する舞台がいわゆる中央アジアあたりを指していることは、明確に読み取れる情報として小説やゲーム世界に紹介されているが、どういうわけか我が身はそれをしかとは認識できないまま今日に至っていることは余談である。

    本書は、1897年にチベットを探検した日本人の自筆記録、その抄訳にして現代語訳である。
    抄訳といっても原著の75%程度はフォローしたようで、原著を知らぬが故に、現代語訳のためにどれほど原著がもつものが損なわれたかは不明である。

    しかと読み取れるのは、現代人の多くが経験することの叶わない「旅」であり、異国を異文明と感じることのできた「時代」である。
    著者は、仏法修行の一念から当時鎖国状態だったチベットに密入国したという。僧というには方便多用のありさまはいささかいかがなものかと思わざるを得ないが、同時代人たる大谷光瑞、明石元二郎と対照するに、後ろ盾もなくばそうせざるを得なかったのだろうとも思う。
    やはり同時代人の福島安正についても読んでみたい。

    2010年3月22日 (月)

    Oblivion of first "Shivering Isles"

    D&Dのルールには、ゴーレム製造に関する記述がある。これを利用することを考えているうちに、「完全自律行動型のゴーレム」という着想を得た。

    手元の記録によると、1998年に開始した一連のキャンペーンにてこのアイデアを使用しているから、着想の大いなる助けとなったものが『シャーマニック・プリンセス』あるいは『外道の書』だと自覚していても、セカンドインパクトの影響は皆無ではないかもしれない。

    D&Dのルールから大きく逸脱することのないように実現を試みたそれは、ゴーレムにエレメンタルを封入するというものだった。たいていのエレメンタルは召喚を非常に嫌っている。召喚されたエレメンタルは時給100円のアルバイト並にモラルが低く、命令に対しては積極的な曲解を常とすることは余談である。
    ちょうどよい具合に、別キャンペーンにてエレメンタルプレーンに幽閉されたまま放置されたPCらがいた。幽閉された数名のPCのうち一名は別キャンペーンで同様のことをやらせており、幽閉されたキャラクターは本能的にプライムマテリアルプレーンに戻りたがっているはずで、エレメンタルとは真逆の反応を示すに違いないから、召喚には容易に応じてしまうだろうという中二的論理武装は既に済んでいる。
    「エレメンタル召喚」に対し、そのキャラクターの魂魄が応じ、ゴーレムに封じ込められちゃった――ということは隠し球にして、当のキャラクターのプレイヤーにプレイしてもらった。

    およそ一年半に一つという割合でキャンペーンを行っていた当時、遠路はるばる赴いてくれる参加者は延べにして七名。ほぼ重複するメンバーであった。
    本キャンペーンの参加者は二名。これはキャンペーンの性質にもよるが、プレイヤーにゴーレム+エレメンタルという、マスターにも未知数の構成要素を提供したことも無縁ではない。プレイヤーが暴走しがちなタイプのスタンド使いであったことも無論少なからずその理由ではあろうが、それはさておき。

    もう一方のキャラクターはマジックユーザーで、8レベルくらいなのに、ドラゴンをうっかり配下に従えてしまっていた。戦士二名が戦闘不能という危機的状況に置ける起死回生のバクチが成功したカタチで従えたもので、チャームモンスターによるものだから、時間切れになれば再び襲いかかってくるのだが、『オーラバトラー戦記』のミイナとトキョーを思い出したためだろう、この愛らしいペットをそのまま預けておくことにした。

    キャンペーンの冒頭において、マスターの意図を余すことなく汲んでくれたプレイヤー二名は「偶然の遭遇」を果たし、ゴーレムとマジックユーザーというか、ゴーレムとドラゴンは戦闘になった。
    遭遇戦は都合三度。一度はまともにぶつかったゴーレムの大敗、二度目はドラゴンの片腕をもぎ取るカタチで勝利、三度目はドラゴンがモラルチェック失敗で遭遇時に逃走という結果を得た。いずれも空中戦である。ドラゴンはたしか10HD***くらいで、それを手玉に取る性能を、7HD*****くらいのゴーレムは発揮したことになる。
    空中戦に不慣れなというか初めてだったドラゴンライダーは、「飛行するドラゴンに騎乗したまま呪文詠唱は不可」かつ「人を乗せての戦闘に、ドラゴンは難儀しているようだ」というマスターの裁定に納得し、せめてドラゴンの足手まといになるまいと、戦闘途中でドラゴンから降りていたが、相打ちの可能性少なからずと見てドラゴンに逃走を命じ、自らは捕虜になってしまったことは余談である。

    ゴーレムは、ドラゴンとの最初の戦闘において失った腕を、二度目の戦闘で得たドラゴンの腕で補った。この「換装」がこのキャンペーンのテーマの一つだったはずなのだが、どのようなテーマだったのかは、無論覚えていない。
    その後も順調に身体各部を喪失していき、最後にはランダムエンウントしたトロルの肉体で補完するようになる。初期型ではジム体型だったゴーレムは、最終型では足つきジオングのようになっていた。
    とある才能が創造したゴーレムの名はイラァヴァル――忌まわしき炎――といった。

     

    オブリビオンのDLC、"Shivering Isles"には、そんなことを思い出させるガジェットがあった。
    「をを!? ドリルアーム!?」
    とか喜び勇んで取り付けたらメイスだったりしてちょっとがっかりだったことはさておき。

    本作品は、マイケル・ムアコックのエターナル・チャンピオンシリーズへのオマージュである。たぶん、間違いなく。
    少なくとも、コルム的アリオッチと、同混沌界の雰囲気を楽しむことができる。

    我が身は39レベルで開始して、レベルと物語の釣り合い的な意味でも問題を感じなかったが、個人的には未経験のヒーロークエスト、ないしは緑ないし黒箱レベルのD&Dキャンペーンという印象があり、そのような意味において低レベル時に楽しめるかどうかは不明である。

    2010年3月20日 (土)

    しぼむ電池

    目覚ましは、PHSのアラーム。
    昨今、電力が尽きても目覚めないことがある。
    やや寝坊気味に目覚めると、PHSを握りしめたままということもある。アラームを一時停止して覚醒に至らずという、わかりやすいアレだ。

    その朝も、握りしめていた。
    ふと、握りしめた手の感触が常なるものだと気づき、見れば、バッテリーカバーのふくらみが減じている。開けてみれば、電池のふくらみも減じている。
    充電すればまたふくらむだろうと思ったらその通りで、電池をはずし、数日、非携帯電話生活を過ごした。

    新品同様の品とうたわれていたYahooオークション出品物は微々っと値上がりしていき、面倒になったのでこれをあきらめ、ランクB、「予備用」とうたっていた楽天オークション出品物を購入することにした。
    前者は800円、最後に見た価格は900円。後者は350円。

    ブツはLD-K3001の後継で、LD300K。
    とりあえず、つかえている。
    半年も持てばよい。そのころには始末がつくだろう。

    2010年3月16日 (火)

    Oblivion of first その7

    最近お気に入りのスタイルは、Sneakで移動しつつ、射撃。
    潜伏状態でヒットすれば3倍ダメージ。小技を使うと6倍ダメージになるが、Marksmanスキル向上を目的としているので、Poisonも使わないようにしている。
    Acrobat、Athletic、SneakスキルおよびAGIが向上すると、やれることが増えて意外な攻略が可能となる。射手スタイルと親和性が高いのだが、Fast Travelを多用したため、Acrobat、Athleticのスキル向上が遅れ、今更ながらに気付かされた次第。Meleeクラスは殴りあってるとレベルが上がってしまうので、Mainorスキルを注意してあげてやる必要があるかもしれない。

    我がパスにおいては低レベルでGoblinと遭遇することは希だったが、高レベルになって遭遇した奴らはWarlordの格を得ていて、打撃力は弱いが耐久力もウザイほどに多い。間違いなくOgreやMinotaurよりもしぶとい。魔法使いタイプは要注意で、移動装備だと知らぬ間に耐久力を削られている。
    Flame、Frost、Shock完全耐性Ringを獲得したので、主装備を対格闘としているためであり、手間を惜しまず逐次装備を変更すればそういうことにはならないのだが、ボクらのトモダチGoblinにはどうも手を抜きがちとなってしまう。EQでも、BBMからLDoNまで、実に長きにわたってお付き合いさせていただいた旧友だからといって、おざなりにしてはいけないということか。
    Oblivion Wikiによれば、とあるクエストで獲得できるSpell Reflect装備はゲームバランスを崩すほどのものとあったが、他のクエストで獲得できるDamage Reflect装備も同様で、EQ的な表現をすれば「Pullにしくじって多Incした」状態でも、無問題に処理できる。
    デザイナーはどうも、Hack & Slashがデフォルトであると想定しているようである。そうしないプレイがやりたい人はどうぞというところで、そうしたいプレイヤー、あるいは、それしかできない人でも楽しめるようにしてあるということなのだろう。

    いろいろと見る余裕が出てきて、Blockスキル上げしてるとOgreが挑発してきたり、侵入に気づいたGoblinの射手が集合して並んで一斉射撃してきたり、Skelton Championがこちらの攻撃を巧みに受け流したり、上位Daedraが武器をベテランっぽくスイッチしてみせたり、素手で立ち向かってきたNPCが倒れた仲間の武器を拾いに戻ったりと、けっこう多彩だ。
    TRPGにおいて、雑魚AがNamed NPCに昇格することがあるが、こうしたちょっとしたリアクションにPCが反応したときなどがその機会となる。Bethesdaのデザイナは、いいセンスしてる。

    Undeadを相手にして潜伏したまま気づかせず倒したりすると、どうもあらぬ方の妄想が膨らんできてしまうが、発露する機会は当面なさそうである。

    OB会の帰路に頂戴して、ちょっと遊んで楽しみ方がわからず放置してしまった『白騎士物語』が目指したところが、なんとなくわかったようなわからないような気がしたことは余談である。

    2010年3月15日 (月)

    我が身は学生でもある。
    卒業までに2・2・3・4で11年かかる。
    講義は月一度、四時間程度の拳禅と、二時間程度の座学を行う。
    修了課程があり、実技と論文の試験がある。今年度は、最初の修了課程に臨むこととなった。

    論文といっても原稿用紙にして五枚程度のものだが、わーぷろおっけーな事情から、個人的には厳しい制約と感じている。少ないと感ずる向きもあるかもしれないが、肉筆ならば書き手には超満腹な量であり、なんにしても読み手には適量であろう。北斗神拳伝承者たる我が身には、電子文書で2000字程度はセキズイ反射で賄える量である。出来の悪いセキズイなので、五枚の文量を添削する工程に非常な労力を要したがそれはさておき。

    実技試験は一月。各地で行う。合格はいただいたものの、ひどく凹まされた。
    論文締切は11月末、本部提出で、結果が不明のままだった。凹み具合が悪く作用し、実技おっけ~で論文NGだったらどうしようという構図が頭のどこかに引っかかったまま二ヶ月を過ごし。

    修了式の日、論文の結果がもたらされた。
    他の例を知らないので、手放しで喜ぶことはできないが、他者から好意的な評価を得られる文書を作成できたことは誇れる。
    評価の内容からすると、いわゆる論文というよりは、教義と関連する体験談のようなものを求められているようだ。社会生活での実用例を広く求めているということなのだろう。

    文部科学省の告示によれば、中学校の武道必修化において挙げられた選択肢は、柔道、剣道、相撲が筆頭であり、これら以外はその他に分類されているという。柔道がありなら相撲もありかもしれないが、女子も必修となれば、柔道か剣道が落ち着きどころか。
    授業における指導は教員が行い、部外者の直接的関与はNGだという。クラブ、部活動として認められれば、顧問として指導に当たれるらしい。
    今後、各武道団体は、ガッコのセンセ育成に乗り出すことになったりするのだろうか。

    2010年3月11日 (木)

    ふくらむ電池

    ウィルコムがやう゛ぁいという情報は昨年いつごろかに入手して、さてどうすっかとケータイを見に行き、サービスとコストが全然理解できなかったので見送ることにした。
    本格的にやう゛ぁいという事態に陥っても、先の事情から浮沈を見守ることにしていたので特にアクションは起こさずにいたわけであるが。

    本日、我がPHSにかつてない触感を得た。
    何かと思えば、ケース背面のバッテリーケースのカバーが持ち上がっている。もういい加減古いものなので、外れたかと思いつつ、そうではないことを察しながらカバーを外してみると、バッテリーがふくらんでいることを目視確認できた。

    とりあえずバッテリーの市場価格を調べてみると、新品4200円、オークション品800円。
    4200円ならウィルコムを見捨てることもやぶさかではないが、800円なら現状維持の心情を保てる。

    さて。

    2010年3月10日 (水)

    読物 『コンサルタントの危ない流儀』

     陰鬱な冬のヨーロッパを後にして意気揚々たる筆者は、アジアの太陽の下にいた。気温三十度、湿度最高。

    P.238

    かつても今も、我が身が就業するギョーカイはいわゆるIT分野であり、クライアントが電器屋さんだろうと自動車屋さんだろうとそれはかわりない。独立愚連隊として活動することを現実的に考え始めたころは、自分の立ち位置は契約に応じて顧客にソフトウェア作成に関するスキルを提供する一種の傭兵であるという認識であり、いずれは(単価的に)そうなりたいと考えていても、その時点で自身がコンサルタントの一種でもあるとは考えてもみなかった。

    我が身は、本書で語られるところの「IT野郎」ということになる。
    著者は、我が身の印象では「エーギョー」ということになる。

    我が身はお互い様という認識でいたのだが、当時の同僚はよく営業を非難していた。
    非難の切り口は様々だが要約すると「無茶な仕事とってきやがって」的なものであり、自社の戦力および顧客要求の難易度を理解せず、ただノルマ達成のために仕事をこなすように見えた姿をして、そんな愚痴をこぼしていたのだろう。
    本書では逆の立場からIT野郎を非難している。
    クライアントとしては、IT野郎とエーギョーを足すか掛けるかしたような人材を求めるに違いないので、互いに非難しあうのは一種、同病相哀れむ的であるというか。
    著者も、自身に足りない素養をある程度は自覚しているのであろうという印象である。

    サービスプロバイダの末席を汚す視点からクライアントを見た場合。
    クライアントは、相談を受けたほうが驚愕を覚えるほど、自身の業務がわかっていないことがある。正確には、日々の運用には差し支えないが、システム化を試みたときに差し障りがある程度に、理解していない。仕事を、いかに人間力で回しているかということになる。マニュアル化には是非があるが、是とするところものだ。
    おおよそ、どんな仕事にもインプットとアウトプットが存在し、それを処理するプロセスが業務ということになる。顧客要求を整理していくと、どうみても省けそうなプロセスが発見されることがある。
    プロセスの要不要を決定した時、後にそれが覆ることがある。まず間違いなく手遅れな状況においてそれは発生し、たいていはクライアント側の窓口レベルではOKだったものが、上司に報告してNGとなるケースである。NGの理由は「必要だから」の一点張りであることが少なくなく、クライアント独自の会社文化を背景とした慣習であることが少なくない。
    会計ひとつにしてもそうで、慣習を廃すれば勘定奉行なり会計王なりで済むところが、ナニがアレするために既存のモノを使えないケースは、零細の小売業にすら見受けることができる。会計の一般化が進めば、確定申告も楽になるだろうになあ。
    本書が語る期間は1970年代から30年間といっているから、我が経験とは数年ほどかぶるだろうか。著者は、「コンサルタントは常にカネのかかるオンリーワンシステムの導入を推し進めている」と断じているが、オンリーワンシステム導入の背景となる理由として、このようなクライアントの問題もあることを、我が身は経験としている。それを覆えす熱意を有してこそコンサルタントであると著者は語り、同意できるものではあるが、そのスタイルをヨーロッパ式で推進したところ、アジアで失敗したと述べている。常には成り難いことということになろう。

    本書の主張はタイトルに凝縮されているが、コンサルタントのやり口を切るとともに、クライアントのありようをも語っている。
    そして、業務の効率化・改善を売り物にするコンサルタントが、それらを自社の業務には適用できずに瀕死の状態に陥ってしまったことを語っている。

    「おいおい、デイヴィッド、本当かい?」

    と言い切れないのは、ギョーカイ的な雰囲気としてなんとなく察するところがあるからで、人間には二種類しかないという馳星周の、正確にはその作品に登場する人物の主張を、改めて思い出させられた次第である。

    2010年3月 5日 (金)

    Oblivion of first 番外編 その2

    顕著な現象には通称が発生する。
    例としてはLDやOLSなど。現象は異なるが、共通していることは迷惑だということだ。

    さて、CTDとはCrash to Desktopの略であり、PC版Oblivionの不正終了を示す。

    ゲームを始める前から同現象が発生しうることは認識しており、日本語化MODの適用時に発生しうることもわかっていた。
    これまでは、ゲーム終了時にたまに発生することがあったものの致命的ではなかったため特に気にしなかったのだが、昨日、Fighter Guildのクエスト"Azani Blackheart"を遂行中、セーブすると必ずクラッシュするようになってしまい、ロードしなおすなどしても、どうにもならなくなってしまった。
    先日適用した巨MODも外してみるが変わらず。

    MODに興味を抱き始めた昨今、Oblivionにはユーザが自作した様々なツールがあり、クラッシュを回避するための様々な工夫があるということは既知としていた。
    ゲーム内のコンテンツが未消化であるがゆえにか関心は低かったのだが。

    まず、OBSE(OblivionScriptExtender)を使ってみた。
    まだよくわかっていないツールなので、おまじない状態。状況変わらず。

    次に、Wrye Bashを使ってみた。
    Oblivionには、累積プレイ時間が一定値を超えると発生するバグがあるらしく、それはセーブデータに依存するらしい。このツールには、あやしくなったセーブデータをなんとかしてくれる機能があるという。まだその時間に達してはいないが、セーブデータを修正してくれるというなら、それにはあやかりたい。
    このツールはPythonを使っている。ユーザーが作成したツールは導入が手間なことが少なくないが、これらのツールの開発者らは日本語MODにも留意してくれたり、Pythonのインストーラまで作成してくれたりしている。いい人たちだ。
    セーブデータの容量を見ると、セーブ時にCTDが発生したものは明らかに容量が少ない。先立ってこれらのロードも試してみたが、読み込めなかった。あきらかに使えないし、復旧の見込みもない。
    直前のセーブデータに適用してみる。NG。
    そのひとつ前に適用。OK。

    CTDを起こすということがわかっていたので、こまめにセーブするように心がけていたことが幸いしたというところか。

    2010年3月 4日 (木)

    Oblivion of first 番外編 その1

    MODを導入した。

    wktkしながらゲームを起動した。

    なにも変わっていなかった。

    遺跡の調査をした。

    バンパイアがいた。ちなした。

    lootした。

    巨乳だった。

    驚いた。

    MODの効果だと思い至るまで、しばしかかった。

      

    これまで、剥くと「中世の下着(c)来留間慎一」になるだけだったが、適用したMOD、その設定により、剥かれた時に、ないすばでぃなふるぬーど表示になるらしい。
    自キャラにないすばでぃが適用されることを期待したのだが、すぐにはできんものらしい。

    MOD適用手順の覚書:
    1)OBMM(Oblivion Mod Manager)をインストールする。
    2)MODをダウンロードし、OBMMで読み込ませる。
     MODはダウンロードしたままの形式(圧縮ファイルのまま)でいいっぽい。
    3)OBMMを使用して、適用するMODをなんとなく設定する。

    2010年3月 3日 (水)

    Oblivion of first その6

    プレイヤーに、自分のキャラクターの強さを実感してもらおう。
    かつてTRPGをやっていた頃、そんな風に思ったことがある。

    プレイヤーのグループは、平均7レベル、ファイターx2、マジックユーザーx1、クレリックx1(半病人)に、NPCである、人間サイズに縮小されたストームジャイアントの娘x1という構成だった。
    娘は娘であるから、HPはともかく、火力として戦闘に貢献することはないであろうことはマスターとして事前の決定事項にしていた。あるプレイヤーに対して、この娘を守り切れるか、という命題をひそかに与えたことはさておき。
    半病人が半病人であることを重く受け止め、行動の制限をマスターの鉄鎚と感じたらしいことが想定外であったといえる。

    対するは、ゴブリンの一部族。
    5HDくらいの族長x1、同じくらいのシャーマンx1、部族の食客たるオーガx1に、20体くらいの1HDゴブリンという構成。
    きっかけは、既知の文化圏から遠く離れたウィルダネス、そこにテリトリーを築いていたゴブリンの狩猟隊若干名を、有無をいわさずプレイヤーがイわしたことにある。完全な奇襲で、逃げるものもしとめた、虐殺行為であった。

    当初は、彼らと知的交渉をも想定していたのだが、それはなくなった。
    日光を嫌う性質をもつゴブリンは、当然の如く、夜間の捜索を行う。襲撃もしかりである。
    日光を嫌うが暗視能力をもたないゴブリンには、演出的効果も含めて松明を持たせた。

    深い森の中、次第に追い詰められていくプレイヤーたち。松明の数から推定した敵対勢力の規模は、自勢力の5倍程度。雑魚といえど、数は暴力である。プレイヤーたちから積極的な行動を奪うに足る脅威を演出することができたようだ。

    ふたを開けてみれば互角やや分が悪い勝負となった。
    プレイヤーのファイター一名はオーガとタイマンしていい結果を出したが、もう一名はゴブリンシャーマンに金縛りにされて身動きを封じられた挙句、ゴブリンにタコにされ、それをストームジャイアントの娘にかばってもらうなど面目を逸したことはさておき。
    そもそもの目的たる「強さを実感してもらう」どころではなくなってしまったが、なかなか面白い経験をさせてもらった。

     

    我がfirstは、レベル31になった。
    スキルも装備も向上し、地形などにハマってロードしなおすことはあっても、死ぬようなことはない。この楽さ加減は、ネットの評によれば「ゲームバランスを崩しかねない」アイテムを獲得したことが、おそらくは大きい。とにかく、できることの幅が広がった。
    Impを、スニークから射撃で即死させたり。一つのダンジョンを、ただそれのみで制圧したり。
    水上を歩くことによって、そうできないときとは異なる攻略をしてみたり。
    Silence毒で敵性魔術師を狙撃し、即死ないしは攻撃力を奪って奇襲したり。

     

    自分色で他者のマスタリングを染めるなどおこがましく、自身がプレイヤーでやってみたかったことを、かつては自ら演出することでしか無聊を得られなかった。
    戦士をかばい自ら傷つきながらも「ダイジョウブ、シャチョサン?」とその戦士を気遣うジャイアントの娘が演出されることはないにせよ、かつて望外のこととしていたものが手軽に入手できる幸運を味わいつつ。
    レベルを超越してゴブリンは強敵なんだなあと、やたらと硬いGoblin Warlordに因果を極められた観のある昨今である。

    2010年3月 1日 (月)

    読物 『この世でいちばん大事な「カネ」の話 』

    十二三年前のこと、もし子供を育てるようなことがあれば、コスト意識を育くもうと思った。

    ランドがなければマナは出ず、マナがなければファイアーボールすら撃てない。
    マナがあれば小コストでもずっと俺のターンが実現できるが、それを成しとげるためには枠組み外のコストが発生する。
    枠組み外で30万円投資したものは枠組み外で3万円投資したものよりも枠組み内で勝率に勝るが、それってど~なの?
    ということではない。

    さておき。
    「カネの勘定の仕方を教えよう」ということなのだが、本書でも謳われているように、そのように高らかに宣言するのはいささかはしたないという思いが当時はあった。
    今もそれを完全に拭い得ないのは、幼時、確かにどこかで、カネにあからさまな関心を抱くことは恥ずべきことだと教えられたことを漠然と覚えていて、それが当方にうまく伝わってこなかっただけで、本質は述べられていたのかもしれないと思いつつ、言葉の字面通りにうけとめていたことを未だに引きずっているということなのかもしれない。

    社会に出て意外に感じたことの一つに、一般的な「社会人」のコスト意識の欠落がある。
    会社を興そうという人物に対しても、少ない例ながら、「お前それで大丈夫なの?」と、さしたる意識を持つわけではなかった我が身をして、そう思わせられた。
    二十歳の頃、そのような感覚を十分にもちえていたならばという、個人的な思いもある。

    数年前、誰かに言われたことがある。
    「カネの力を認めてはいるが、カネが嫌いだろう?」
    宗教めいた観じ方においては是、である。

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