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2010年2月

2010年2月24日 (水)

Windows 7 On Work

使用を開始して三ヶ月、自宅で使用しているWireless Mouseの電池が切れた。
そんな昨今のこと。

職場で使用しているPCが三台に増えた。従来からのXPに、Win7と2008Serverが追加された。デスク近隣とは垣根のない状態だったのが、いきなり防壁が立った感がある。
特に要望は出していなかったのだが、OSやDBのバージョンアップに伴う事前調査のために複数環境要であることは報告していたので、気を利かせてくれたのだろう。

Win7。
画面が狭くなったことを除けば、間違いなく高速だし、PCとして使用する分には申し分ない。XPの挙動と比べて、いささか思うところがないわけではないが、まあ、差支えない。
しかし、

Winsockコントロールが使えない。APIや.NETを利用するしかないらしい。

pcAnywhere 10.0が使えない。

Access2003の挙動が不審である。
(Access2003は使ったことがなかったので、Win7が原因かどうかわからない。どうやら不具合の多いバージョンらしい)

Sun VirtualBoxとやらでWin XP環境を作成してみたが、ネット環境設定がうまくいかなくて、というかうまくいかないのが仕様らしくて、DB接続など最低限の用は果たすが、純正XPマシンの代替というわけにはいかない。

スリープ機能がデフォルトで30分になっているらしい。週末、処理中のプロセスを放置して帰ったら、週明けに終わってなかったよママン!

アカウントはAdmin権限のはずなのだが、Administratorでログオンしないとhostsが編集できないらしい。

など、業務用ないし開発環境としてはどーなのというところである。

OSがバージョンアップしても快適さは向上しないという意見がある。OSが要求するPCのスペックが、バージョンアップとともに増していることを指すもので、動画再生だのなんだの、かつてはやりたくてもできなかったことができるようになったとか、PCを使用するリスクが年々増大しているとかいうことを考えればやむを得ないことなのかもしれないとは思う。
とはいえ、Windowsはどうも現時点ではXPがBestらしいという印象は拭いえない。

2010年2月23日 (火)

Oblivion of first その5

自分のセッションを自分でプレイしたいと思ったことがある。
そうすることは自慰行為に等しいと、当時は気付かなかった。

想定する行動、推奨される行動をある程度規定しても、なかなか思うようにはいかない。
意図を感じさせず意図するところへ誘導できれば、そうは思わなかったであろう。
未熟だったということになる。

オブリビオンのダンジョン探索は、かつてそんなことを考えたことを思い出させた。
忍び足で慎重に進む。敵をやり過ごす。
接敵して急襲をかける。声もあげさせず一撃で沈黙させる。
しくじって乱戦になる。装備の限りを尽くして応じる。地形を利用して状況の改善を図る。
このような、実際にやろうとしたらえらい手間かつめんどいこと――行為判定を行動単位にせず、状況単位にすることを、当時の我が身は思いつかなかった。または、よしとしなかった――を、思うがままに満喫できるからだろうか。

EverQuestでは、危機からの脱出方法として「ゾーン」と称される行為を選択することができた。EQのエリアすなわちゾーンはロード単位である。町から外へ出る時、ダンジョンに入る時などにロードが発生して、他のエリアへ移動する。必ずしもそうではないが、概ねこのようになっている。
ゾーンを超えて、MOBは追ってこない。ロードを要する他のゾーンへの脱出を称して「ゾーン」というわけだが、オブリビオンはこのゾーンが効かない。MOBが諦めるまで追跡は続く。これ由来のバグっぽい現象も見受けられる。
まだ邂逅を果たしていないが、一都市を全滅させうる戦闘能力を持つ個体が存在するらしい。そういう話があるということは、わざわざ連れて行って試した奴がいるのだろう。NPCにNPCをぶつけて倒すという方法は、EQではおなじみの戦術であり、オブリビオンでも実現可能である。

さておき。
メインクエストを再開した。
レベルを急激に上げたことで増加した世界の危険性が、クエストの難易度をもあげてしまったのではないかと懸念したが故である。
幸いなことに、超キツいということはない。前述のような戦術を駆使し、基本1プルでMOBを倒すことを心がけているからであろう。ちきん万歳。
これまでと相対的に同程度のシビアさではあるが、装備の損耗率はやや高い。攻撃が痛いということなのだろう。盾で受けるBlockのスキルよりも先に、重装鎧の効果的な使用スキル(Heavy Armor)がCapに達してしまったことからもわかるように、基本ガチで殴りあってきた。現在感じるシビアさは軽装鎧のスキル(Light Armor)向上を図っているためもあろうが、Blockとヒット&アウェイをそれなりにこなすことがMustとなっている。

操作に慣れて、ようやく、戦闘状況を観察する余裕ができた。
こまごまと、いろんなことをやっているようである。攻撃に攻撃を合わせたとき、受け流しているように見えるとか。
射撃スキルが向上して、ノックバック&スタンが見た目も明らかになったとか。射撃スキルといえば、一定値を超えると、照準時にズームすることが可能となる。射撃による急所攻撃が有効なのかどうか、試してみたいところである。
対外的に効果を及ぼす魔法は投射なのだが、慌てて外したり、回避し損ねたりすることが少なくなった。乱戦時には非常に混乱するが、戦闘時はOwn Viewを使用すべきということになろう。高レベルの敵は巧みに死角をとろうとするので、これもまた難だが、ニヤリとさせられなくもない。

ノックバックや魔術投射など、個人的にはなじみが薄いがRQやMERPGを思わせられ、同時代人が、似たような経験とこだわりから創出した作品であることが確かめられる。
火炎ダメージ無効とか、大味な効果をもつ装備が出現し始めれば、でもやっぱり基本はD&Dなんだなということも確認できる。

2010年2月17日 (水)

Oblivion of first その4

人間は訓練次第で(ry
というわけで、3D酔いにも慣れ、一日一時間の制約がなくなった。
わりとハマっているのは当月の読書量にも如実に反映されているようだが、意を決して着手した人気長編シリーズが面白くないという理由もなきにしもあらず。
さておき。

拠点を手に入れた。
メインクエストを進めていくと、わりと早期に拠点となる建物を手に入れられるというか、無断で無問題に使用できるようになるのだが、今回のそれは、クエストの報酬として与えられたとはいえ、貧相な小屋とはいえ、自力で手に入れたものである。

このゲームにはポケモンのやりこみ要素と似たような仕組みがあり、レベルアップ時のステータスアップのボーナスは、スキル上昇値に依存するらしい。レベルアップの条件はメジャースキルを10上昇させることで、前述の行為はアンダーレベリングといい、マイナースキルを上昇させることで達成されるらしい。
んなことを小耳にはさんで、よくわからぬままに必死にやっていたら、いつの間にかレベルアップ条件がたまりまくっており、ためしにレベルアップしてみたら一気に9から17になってしまった。

ようやくゲームに慣れてきたところ、レベルアップによって難易度が増してゲームを嫌うようになるよりは、あえてレベルアップをせずにこの世界を楽しもうと思っていたのだが。
レベルアップをしてもあまり変わりない――と思っていたら、ウィルダネスにウィル・オー・ウィスプやオーガ、ミノタウロス、なんかよくわからんがブルーみたいなの、なんかよくわからんがギーガーズエイリアンみたいなのが出現するようになった。これまでネズミや狼だったのが、熊やライオンになり、TRPGでいうランダムエンカウント的な局面でいらんケガをしたりするが、多少は戦術を工夫できるようになって、相対的な体感的難易度は不変であるように感じられる。

現在の装備は、一部Dwarvenで、一部Orchishで、一部Ebony。一気にレベルアップしたことによって、変態観満載と噂に高いGlass装備の時代を飛ばしてしまった感がある。
Dwarven Helmを装備している理由は、なんとなくだが、『レリクス』に登場したBOSSっぽいルックスになるためだ。なんとなくだが、やめられない。

重量で、いつもわりと大変なことになる。
拠点を手に入れたことと、レベルアップによって、それが少しは楽になるかとおもったのだが、装備の重量が増して、いつもわりと大変なのも不変であるようだ。

2010年2月16日 (火)

読物 『アンディ・フグの生涯』

著者の谷川貞治は言う。
「武道には生産性がない」
と。

K-1前夜、格闘技では食えないとされた時代を指してのことだろう。ここでいう武道とは空手のみを指しているんだろうが、まあ、どうでもいい。

アンディ・フグという人物の、個人的には知らなかった経歴や人となりを垣間見ることはできた。
だが、著述に対する信頼性を疑わされては、なすすべもない。

2010年2月15日 (月)

読物 『黒い手帖』

なにやら「海外ゲーマーが指摘するありがちストーリー」的なものをあちこちで見かける昨今だが、個人的には20年ほど昔に同様のことを思い、CRPGに対し一線を引くようになっている。
「コンピューターゲームだからそういうものしか作れないのだろう」
そんな思いもあったのだろうが、それだけは『カオスエンジェルス』によって打破された。エロゲながらエピックファンタジーの雰囲気もあり、早川翻訳レーベルに並んでも遜色ない物語をもっていた同作品は、今なお俺史上最高のゲームといって過言ではない。
プレイアビリティも著しく高く、マジな部分をお茶目に濁していたにもかかわらず、表現するものすべてがゲーム世界を語っているという傑作であった。

それ以後同じ琴線を刺激する作品に経巡りあっていないという一事から、一線に対する態度は改まっていない。そうであるからには最早CRPGになにかを求めたりはしない。
求めずとも『EverQuest』や『オブリビオン』のようにハマれるゲームに巡りあえたりもするし、『EverQuest』を経験してからは一線を超えそうなゲームを忌避するということを覚えたりもしたが、つかまされて怒り狂うことはあっても、巡りあえないことを嘆くようなことはない。

だから「もし、ゲーム的英雄が現世に出現したら、世界を救えるかなあ」などと思ってしまったのは、我が身にまだ残る厨二病的感性の発露というばかりではなく、読了したばかりの本書に刺激を受けたからかもしれない。
フランク=ハーバートによる厨二的見解は「レトの平和」であり、SF的に長寿を得た神皇帝による独裁統治は3000年続き、打倒された。
ダン=シモンズによるそれは、自然発生的に?知能を持つにいたった無機物知性体が、文字通りシステムに取り込んだうえで、そうと悟らせずに有機的生命体を支配するというもので、組織やシステムがもつ生存本能は、そこに所属するもののそれとは一致しないことを暗喩しているが、それはさておき。

副題『創価学会「日本占領計画」の全記録』。

昨年着手したものから、本書と関連すると思われるものを並べてみた。並び順で読んでいる。
われ万死に値す
二人の首領
実録 少林寺修行記
破天荒人間笹川良一
阿片王 満州の夜と霧
昭和激流 四元義隆の生涯
梶原一騎伝 夕やけを見ていた男
大山倍達正伝

なんというか、よくもまあ、いい加減に回してこれたものである。
昭和のお父さん、お母さんは、きっとよく働いたのだろうなあ。

2010年2月 9日 (火)

Oblivion of first その3

ねずみ、かに、おおかみ、いのしし。
強盗、盗賊、狂信者、殺人犯。
ゾンビ、スケルトン、ヴァンパイア。
ゴブリン、トロール、オーガ、ミノタウロス。

登場するモンスターに見るPCの成長もまた、RPGの楽しみであったことを思い出しつつ。

吶喊プレイでもテクニックは身についてくるもので、装備が貧弱な狂信者に対してはSide Viewで動き回りながらなで斬りを楽しむのもありだが、強敵に対してはOwn Viewで間合いを計りながら戦うのがいいらしいことがわかってきた。特に大型怪力のモンスターに対しては、盾などあってなきが如きものという印象である。攻撃を受けると盾の構えを崩されたり、スタンすることもあり、可能な限り回避しつつ後の後を取ることが無難である。

移動速度という要素もかなり重要である。彼我の差が十分であれば、間合いを取りつつ射かけたり攻撃魔法を投射したりということも可能になる。我が移動速度は装備で向上する。彼が移動速度は、毒や魔法で低減させることができる。
薬や毒は店でも買えるがAlchemyスキルで自作することもできる。EQでは7GMを達成したほどトレード好きな我が身は、本ゲームでもAlchemyに熱心であり、その素材たる採取にも余念がない。花を摘んで重量オーバーという身上になって久しい。
薬の効果は飲めば大体分かるが、未だによくわからないものもある。当初はわからなかった病気や毒の治療もだいたいわかってきたが、ステータス低下の治し方についてはまだよくわからない。効果が短いこともあり、レジスト系も使用タイミングが微妙で、使わずに病気をもらうこともしばしばである。
毒については、Healthを奪うもの、速度を低減させるもの、麻痺させるものは劇的に効果が視認できる。Healthを奪う毒を塗布した矢を射て、こちらに向かってくる途中で息絶えたりとか。

ポーションや毒の位置づけを見ると、なんとなくだがSlash & Hackが相場であるらしい米国のロールプレイ事情も垣間見える。日本でもそうなのかもしれないが、我が経験のうちではポーション類はどちらかというと宝物扱いされ、与えるのも使うのも慎重だったように思う。
出現頻度やアイテムの重量からしても、少なくともOblivionではガンガン使えという方針ではあるらしい。

2010年2月 7日 (日)

読物 『まっすぐに蹴る』

思い立ってから着手に至るまでずいぶんと間が開いてしまったのは出物がなかったためで、つまりはその程度の興味であったということになる。

格闘技に限らずスポーツ観戦はしない。マラソンも高校野球もオリンピックも等しく見ない。一時期、貴乃花が横綱になる直前までは大相撲にプチはまりし、同時期K-1などもわりと見たが、見る目がなかったためか、すぐに興味をなくして今に至る。

佐竹雅昭の来歴も、だから全く知らない。たまたま目にした試合や、耳にした試合結果は負けばかりで、どちらかというと芸能人としての印象が深い。ほぼ10年間のプロ活動で80試合弱をこなしていたことも知らなかった。

ゆえに、本書の内容の真偽や相対的な諸事については一切妥当性を判じ得ない。

その上で述べることを許されるならば、付録がイチバン面白かった。

2010年2月 4日 (木)

【Re:】ベヨネッタ

PS3版に、「HDDインストールを可能にするパッチ」が公開されたというハナシを耳にして、さっそく試してみた。
アップデートモジュールが140MB。HDDから読み込むだけの変更にしては大きい。実行部分にも手が入ったということか。

実際に試してみる。
パッチインストール開始からゲームインストール完了まで30分ほど。
どこまでやったか忘れていたが、ジャンヌでHARD10章だった。
木馬ネーチャンのジェットストリームアタック、時間凍結耐性のカニ二匹、ミサイル戦艦三機・・・と、ここまでやって思い出した。発動タイミングがシビアなジャンヌのウィッチタイムを使いこなしていないためにミサイル戦艦にボコられまくり、嫌気がさしたのだった。ここにたどり着く前に十分にうんざりしていたのに、ダメ押しをされたのだった。

さておき。

ロードは速くなっている。待たされる感はあるが、短くなっていることが体感できる。

動画サイトで箱版とおぼしき動画を見れば、記録動画ですらPS3版との差異は明らかで、箱とPS3双方を所持しているユーザは箱版を買えという意見に変わりはないが、PS3のみ所有しているユーザに対しては、以前よりはおススメできるようになったといえる。

3D酔いする『Oblivion』は一日一時間だし、『THEXDER NEO』はorzだったし、『白騎士物語』は(ryだし、遊びしろがまだあるということらしい。

ふたつのSDK

現在の職場には、エースがいる。ごく小さなソフトハウスに見受けられる、守護神タイプの技術者である。
我が身が身を寄せる以前から在籍している方で、とはいえ勤務地が異なり、電話の取次やメールでのやりとりはあったものの、一度も顔を合わせたことがなかった。

やらざるを得ない仕事に仕様書の類が存在しないことはこの業種では稀なことではなく、該当機能の動作を再現できる環境がない場合、プログラムソースファイルを見ることなしにはひどく手間のかかる作業が発生することになる。
かような理由で、該当機能を作成したエースにプログラムソースの提供を依頼したところ、なんのかんのと理由をつけられて、入手に至るまでにけっこうな日数と強い要請を重ねた。
そのような経緯から、「エース」は典型的な技術者であろうという印象を強めていたわけだが、それはさておき。

先週、エースを含め、その時点で係累のある人物すべてにようやく面通しを図ることができた。一面識ではさして対面前の印象は改まらず、次の機会となった先日のプチ懇親会を迎えた。

きっかけは、なんとなくだが察するところではある。

「私も、ゲームやるんですよ」

唐突に、エースはそう、我が身に語りかけてきた。
察するところではあったから、まあ、乗れないわけではない。
ゲームの話から、昔のパソコンの話、開発技術の今について、話題は尽きない。
いずれもかなり押され気味で、我が身の浅薄さが歯痒いところである。このエースは、ソッチ方面でもエースだった。

数週間前からKindleユーザでもある彼は、電子ペーパーがかなり良いということ、日本語を表示するすべがあることなど、その利点を多く語ってくれた。新品で購入した書籍をバラして電子化し、Kindleで参照するという。液検索できるなどの利点、また液晶ディスプレイは目に優しくないという理由から、そうしているのだという。
話題は転じて、PSP版『THEXDER』。エースは良い印象を持っていることを明らかにしたが、つい先頃、PS3版もリリースされ、実はひそかに体験版を遊んでおり「テンキーで遊ばせろ」というか、そのようなリメイクをしかできなかった『THEXDER NEO』に悪い印象をしかもちえなかった我が身とは裏腹である。あるいは、PSPの画面サイズなら遊ぶに足る、ということなのかもしれない。昔ながらのあの画面構成は、大画面で遊ぶことを全く考えていないとも思えるからである。意見は対立したが、「どうせなら『FIRE HAWK』だせよな」という見解は一致した。

そんな話題の中で、興味深いトピックが二つ。

ひとつは、「Sytem4SDK」というもの。もうひとつは、「Visual Studio 2010」のこと。

「Sytem4SDK」とは、日本のエロゲメーカー、アリスソフトが自社開発した統合開発環境である。教えてもらうまでその存在は知らなかったし、アリスソフトがそういうことのできる技術力を有していることも知らなかった。
アリスソフトのゲームで覚えているのものは『闘神都市』しかない。『カオス・エンジェルス』の信者である我が身は、『ドラゴンナイト』など、当時世に出たコノ手のRPGはすべからく否定していたが、『闘神都市』はSLGであり、だからそれほどファナティックな反応はせずに済んだのであろう。
思い返してみれば、「エロゲのクセにしっかり作ってあるな」という印象を抱いた覚えもある。当時、漠然とした印象しかなかったそれを言葉にすれば、痒い所に手が届くシステム設計とでもいえばいいのだろうか。どちらかといえば好きでもなく、美麗と感じることもないビジュアルの印象の方が強いにせよ。

「Visual Studio 2010」は、Microsoftが提供する統合開発環境である。
VB.NETとC#の比較論になり、これまでは考えてみたこともなかったものの、.NETの開発環境上ではどちらも大差ないと思える旨自論としてまとめるに至った。これまで自論をもつほどには.NET環境に親しんでいなかった我が身ではあるが、論旨の背景として、先日とあるきっかけでdllを作成することになったとき、もちあわせた知識でさっくり作れてしまったという経験を踏まえている。
エースの意見ではC#であり、初心者もC#で入門すべきだろうというのだが、Cの開発経験にあまり良い思い出のない我が身としては、現状云々はさておき同意しかねるという次第であり、VBの経験があるならVB.NETで、Cの経験があるか、全く経験がないならC#でよかろうなのではないかということを落としどころとした。
この手の話題は、長引かせてよいことはないのである。

これに付随する話として、オブジェクト指向の話題が出た。
なんでも昨今はオブジェクト指向というものの考え方は古いらしいのである。エースの論旨をまとめるとそのような印象を得たのだが、どうも主張がはっきりしない。
関連する話題としては、「MS Accessの存在意義はもはやない」というものもあったが、それはVSの進化がMS AccessおよびVBAの利便性を上回ったからというもので、Accessのフォームに相当するものはVSでカンタンに作れるからというものらしい。SQL Server Express Editionを利用することによって、DBエンジンとしてのMS Accessにも存在意義はないという。

しかしながら、これは技術者の考え方である。
エースの論旨は、対象を企業に限ったものかもしれないが、MS Accessの想定ユーザは個人である。悪名高いマルチユーザ性の悪さがその証拠である。
MS Accessが不要というからには、VS+SQL-Serverの組み合わせが、エースが想定するような初心者ないし素人が取り組めるものでなくてはならない。しかしながら、想定する対象者はまず、後者の組み合わせを見つけ出すことが至極困難であろう。

X箱を買おうとしてXNAをインストールし、一念発起したものの、X箱の故障率の高さに購入を断念して、XNAの習得も連動して停止してからおよそ二年。XNAとX箱をセットに考えていたことはすっかり忘れ、うっかりPS3を買ってしまったことはさておき。
新技術の勉強を怠っていたことを痛感させられたという意味でも、収穫のあった懇親会だった。

PS.
およそ10年ぶりにC言語を書いた。
久しぶりとなると、だいたい忘れるのが宣言とif構文などのネストの作法、行末のセミコロンなのだが、予想にたがわず忘れ。
VB.NETで書いたドライバからVB.NETで書いたdllをコールするときと、VB.NETで書いたドライバからC#で書いたdllをコールするときのIDEの挙動が異なり、根拠はないが、C由来のナニを思わせる。
今回Visual Studio2003を用いたのだが、昨今のバージョンではこの辺改善されているのだろうか。

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