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2009年12月

2009年12月30日 (水)

忘年会

年の瀬に東京に出るのはひどく億劫で、ここ数年はサボっていた。

忘年会が30日とか31日という設定は都心部在住人にはさほど問題がないことなのかもしれないが、最終で2時間かかる距離に在る地方人にとってはかなりつらい。面倒い。ダルい。

今年は29日ということもありまた、忘年会のほかに予定ができたので参加する気になったが、本来であればぶっちしているところであり、今回は会場と二次会のアレさに辟易させられて、東京はおっがねえトコだという認識を新たにさせられた次第である。

土産にご当地モノを持参したのだが、地元駅の土産物売り場が一新されていたことは見知っていても認識してはおらず、これまで興味もなかったのでその内容をばまったく感知するところではなかったのだが、餃子的なナニかは菓子メーカーのものではなく、観光地産業的なものにリプレイスされており、狙っていた「餃子おっとっと」的なブツは見出せず。かわりに「レモン牛乳」的なブツを見出した。
インパクトはあったようで、それなりにウけたようではあるが、なんとなく不本意ではある。

会そのものは、「我々がどれだけ一般的でないか」ということをeb!的社員に延々と諭された以外は楽しく進み、つまりeb!的商品を我々が支援する必要はないのだということを暗黙のうちに理解させられた以外はこともなく、久々に会う面々との対話も楽しく終了した。
eb!的ナニで個人的に企画した●歴史が存外ウけているらしいことも確認できて、満足である。

今回、いよいよアレな携帯電話端末の挙動にウンザリさせられ、そもそも通話機能以外は特に求めることもないナニであるが、更新を余儀なくされていると痛感させられた次第である。

2009年12月28日 (月)

アニメ 『空の境界 第七章 殺人考察(後)』

小説版を確かに読んだはずで、しかしながら暴れん坊の荒耶宗蓮が暴れたという記憶しかなく、いくらなんでもそりゃねえべと、我が身の哀れな記憶力を嘆きつつ、とまあ建前はこの辺で、記憶にないということはその程度の出来だったのか、思い出したくもないということで間違いなかろうと確信はしているものの、とはいえ多少はどんな話だったか思い出したくもあり、ともあれ供養のためにアニメ版の鑑賞を決意したわけである。

結局やっぱりなんだかよくわからない。

少なくとも、どんな話だったかはわかったので、当初の目的は果たしたことになる。
早くもうろおぼえなのだが、アニメ第一話あたりで前のめりにさせられた覚えもあり、それより後を鑑賞した印象と比すると、物語にではなく映像に、らしいことも確認できたことになろうか。

2009年12月26日 (土)

アニメ 『装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ 劇場版』

荒野を走るスコタコの列には一見の価値あり。

観賞を中断してしまった同OVAシリーズはもはや忘却の彼方であり、今回そのダイジェスト版ともいうべき本作品を観賞して記憶が曖昧だったことを確認したわけだが、ATにほどこされたウェザリングはバスカッシュのそれと遜色なく、よい味を出している。冬季迷彩とか雪原用オプションとか、AT好きなら一度は見るべきガジェットも豊富である。

だが、物語は『赫奕たる異端』以後、いや『野望のルーツ』いや『ビッグバトル』からもはやアレであり、『メロウリンク』程度のスペクタクルにまとめられんのかと思うを禁じ得ない。

どうしてクメンで止めないで、クエントまでいきたがるのか。クエントは黒歴史だと、どうして認められないのか。わからない。

これでとりあえずは見定めたと思いきや、『幻影編』なる『赫奕~』の後日談がラインナップにあるという。
さて。

PS.本作品では、キリコオタクの異名を与えられたロッチナのありし日々を見ることもできるが、この後いかようにしてキリコが小惑星リドの作戦にかかわることになるのか不明である。おそらくは、ペールゼンの手引きということになるのだろう。

以下、略年表。

  • レッドショルダーに配属、特殊任務班X-1として作戦に従事したらしいが描写なし(『野望のルーツ』)
  • レッドショルダー解体。各地を転戦、どこかの惑星に不時着(『ペールゼンファイルズ』)
  • 不明
  • 小惑星リドにてフィアナと出会う(本編承前)
  • 終戦
  • ボトムズ第一話 (本編)
  • 『ラスト・レッドショルダー』
  • 『青の騎士ベルゼルガ物語』
  • 『機甲猟兵メロウリンク』
  • ボトムズ最終話
  • 『ビッグバトル』
  • 『赫奕たる異端』

2009年12月25日 (金)

アニメ 『化物語』

面白かった。

まずはそれを。

戯言シリーズとやらで合わないことは確認済みだったので、見る気は全くなかったのだが、これも縁ということか。

ゴングが鳴り、手四つ。そこからいきなり大技。
パイルドライバーでもブレーンバスターでもよいが、この際バックドロップにしとこう。
バックドロップが着地に至る直前空中回転開始、アイヤー超人プロレスだたアルかってな印象とは裏腹に、勝負の行方から目が離せない。つかみはおっけ~。というか、つかまれっぱなし。
常人の目では追えないアクロバティックかつマニアックな技の応酬、それらはただ眼前を通り過ぎるままに。只人には、二者がリングを派手に、縦横無尽に転げ回っているとしか認識できない。
そして、漫画チックな塵埃が消え去ってみれば、そこで二者はブレイクダンスのフィニッシュを決めている。

そんなカンジな印象の作品であった。
念のため、これは反射的に我が脳裏をかすめた印象を列挙したに過ぎず、プロレスやブレイクダンスになんら恣意を抱いてのことではないことを付記させていただく。

ともかく。
物語にというよりは、一見して実験アニメか低予算アニメという印象を抱かせられる映像に酔わせられたというのが正しいのかもしれない。

通して見て、それなりに事情を集めてみれば、「第一話冒頭の90秒」とやらの印象も変わる。
ファンはきっと、我が身がOVA『ジョジョの奇妙な冒険』のOPを鑑賞したときと同様のエクスタシーを感じたことだろう。

終わったらしいと安心して手を出したら終わってなくて、それでもマンゾクというのは、昨今では『東のエデン』がキオクに新しい。
まだまだ現役、というところか。

2009年12月24日 (木)

Windows 7 Printer Driver

否応なしとは困ったモノで、周辺機器の対応状況など待ったなしに事を運ばざるを得ない。

PCが手元に届いてからああそういえばとベンダーサイトをのぞいてみれば「2009年12月下旬に対応」的な記述があり、まあそんなもんだろと首肯したものの、いざ使用に駆られてみてもなお、提供に至らない。

周辺機器とはこの場合、Brother MyMio MFC-840CLNの事を指す。プリンタとは縁遠い生活を送っていた我が身に購入を決意させたのはFAX機能で、ついでにスキャナとコピー機能があって幸せというブツである。

印刷機能は思ったよりも使わないもので、ほとんど使用していないにもかかわらず一年強でインクが空になるなどのことがあり、毎日あんだけうがいしてりゃそりゃなくなるわいなと思うところがないわけでもないながら、購入から数年経過して現役である。

詰め替えインクを利用してみたところ、あまりよいモノではないとわかったものの、買ったからには消費しようとセコく詰め替えしていることはさておき、昨日ようやく、ひっそりとドライバがUpされた。

ユーザ登録してるんだから告知しろとは思うものの、同じソフト屋としてはよく間に合わせてくれたと飲み込んで、原始メールをせこせこ作成する次第である。

2009年12月23日 (水)

読物 『トーキョー・プリズン』

柳広司という著作者の傾向を知るために。

今でもそういうのかわからないが、かつてアドベンチャーゲームと呼ばれたジャンルのゲームをやってるような気にさせられた。

物語や作品の属するジャンルに対するアレコレはどうでもいいこととして、このような気分に陥った理由を考えるに、プロットあるいはシナリオというものから物語が生成されるとして、この生成の純度的なものがそう感じさせたのではないかと思ったり思わなかったり。

とりあえずは、予約した『ダブル・ジョーカー』で一区切りというところか。
『ジョーカー・ゲーム』の1エピソードをコミカライズしたという『Dの魔王』にちと食指が動く。

2009年12月21日 (月)

【She makes every move】ベヨネッタ【cool and smooth】

ジャンヌでNormalクリアし、スーパーミラー解禁となった。
ジャンヌの衣装はデフォルトでd'Arc、ベヨネッタが標準装備とする魔女正装はオプションとなる。魔女正装とは、本編では発禁部分が発光する伝統的な変身シーン後にジャンヌが着用するアレである。

ジャンヌの魔女正装は「アンブラの魔女」と「キューティーJ」バージョンの2パターンあり、ベヨネッタのそれと同様、コンボが続くと薄着になっていく。
「キューティーJ」とはいわずもがなのアレのオマージュであろうが、シルエットは『ベルセルク』のグリフィスないしはフェムト。ただし、素材の描写が覆面レスラーっぽい。

『ベルセルク』といえば、34巻を読んだ。
古本屋などで見かけたら立ち読む扱いとなって久しい。
当巻の展開、総合的にはフムンと思える部分はあれど、漫画の読み手としてはもはや言葉もなく、まあこれでガッツに勝ち目を出したのかなと思える程度。かつて著者は『ベルセルク』画集にてガッツの敗北をほのめかし、リッケルトの運命についても言葉を残していたようだが、そこにむけての収束とは、現時点では思えない。
とはいえモンスターにかける情熱は相変わらずで、当巻に登場するガニシュカ分身は、EQの拡張セット"Prophecy of Ro"のゾーン"Arcstone, Isle of Spirits"に出現するa lesser tanglefootを思い出させ、RangerとEnchanterの2AccでCharmして遊んだことを記憶に蘇らせたことは余談である。

さておき、今回の表題は英語版『キューティーハニー』の歌詞から引用したものである。直訳的歌詞も存在するらしいが、それとは異なる。
1994~1995年に製作されたOVA『新・キューティーハニー』の主題歌で、かつて、この曲のためだけにサントラCDを購入した経緯があり、それに呆れてアレコレのたもうた友人が、同じ口で聞かせてくれとねだったことも余談である。
以下は歌詞の全文。

She is a girl with a tender smile
She takes everyone's breath away
Yes,her name is Honey
She's so cute,a sweet warrior of love

So Honey,just tell me
The denger we will face
You don't have time to cry
Wipe your tears away
Who did it? They did it! Now is the time to change
Honey Flash!!

She is a girl with a perfect look
She makes every move cool and smooth
Yes,we call her Honey
She's the one,She's the key to our peace

So Honey,just show me
The power you have in yourself
You know that's the only way
To save our precious world
I need you,We need you,Now is the time to change
Honey Flash!!

So Honey,just show me
The power you have in yourself
You know that's the only way
To save our precious world
I need you,We need you,Now is the time to change
Honey Flash!!

2009年12月20日 (日)

読物 『ジョーカー・ゲーム』

かつて、本作品と同じ手法を採った作家を、ただ一人だけ、知っている。

その作家の名は京極夏彦。

そのジャンルに、妖怪という名のオブラートをかぶせた男だ。
このジャンルは注意深く避けているので、他に存在するとしても、無知が故に知るところではない。

この物語を著した作家と、その作品の傾向について知ることもなく、本書を手に取った。
読んですぐ、ああ、そうかと思った。
無知とは恐ろしいものである。事前に明らかな情報を、自ら感得せねばならないのだから。

本作品は、オブラートをはがさないように読めばスパイ小説だが、読んでいるうちに忍者小説を読んでいる気にさせられた。
悪い意味ではない。
いささか物足りないと思わせるくらいに面白い。ただ、自業自得ながら、オブラートを破かぬようにしなくてはならないのがややウザい。

スパイに対する最新の個人的認識は『Gunslinkger Girl』で、当時そしておそらくは今も、著者の大のお気に入りであるアレッサンドロがかつて所属していた部署がそのような機関であった。
スタイリッシュに少女に銃を撃たせるだけではあきたらなくなり、大人の女と、それにつりあう男を描きたくなっているらしいと察しつつ、安心感とともに同作品を読んでいた頃のことである。

さておき。
舞台装置にどれほど意味があるのか不明だが、日中戦争中を扱っているらしいということで、一連の旅の里程に含めることもできる。
『トーキョー・プリズン』なる作品もまたそれに該当するようなので、戦時・戦後の空気を知るものとして読んでみるにやぶさかではない。

2009年12月19日 (土)

読物 『だから僕は・・・』

経年効果の違いか、『∀の癒し』よりは毒性が低い。

2008年の10月に『∀の癒し』を読んで、一年と強。毒物とは、一度親しんだからには、たまには摂取しなくてはならぬものらしい。
特に感応する知識やセンスを持ち合わせているわけではない身の上としては、一つの昭和史として眺める以外に飲み込む術はないとしても。

読物 『皇国の守護者』

 そういえば。間の抜けた思いを新城は味わった。僕はなにをしにきたのだったか。

第四巻 P.222

未完。
それが手を出さなかった理由だった。

コミックを読んだ。とても面白かった。

打ち切りになった。
原作者に科があると聞かされた。原作よりも面白いコミックに嫉妬したゆえである。そう、巷で囁れているとも聞いた。

なんとなく読んでみる気になった。ネガティブなところをトリガにするあたり、我ながら歪んでいると思う。

既刊9巻。
未完と聞いていたが、これで完結ととらえられなくもない。新城直衛の征く果ては漠然とではあるが語られている。終わった物語として評価することもできる。
刊行を追ったファン、コミック版を支持するファンからすると、設定変更に言いたいことがあるらしいが、個人的にはそれは気にならない。

明らかな方針変更が見受けられるのは、恐らく初期の構想が陳腐に思えるほどの大構想を思い付いてしまったためであろうが、その変更は個人的に許容範囲である。丹念に巻を重ね、皇国の守護者たるを描写し続けた姿勢には変わりないが、変更以前と以後では物語の尺度が異なり、面白いが、書きすぎとも思える。
そう、書きすぎてしまったのだ。

そんなこともどうでもいい。

おもしろかった。コミック版が大きく勝るとは思えない。
ただ、絵にはわかりやすい反面、そぎ落とさねばならぬ情報もあり、小説とコミック、両者が比肩する質の場合、それは両者それぞれの長所を評価すべきであろうと思う。

中断の理由について、原作化の過程で、そぎ落とさねばならぬものが大なりであることを、原作者が厭うたのではないかと、そんなことを思ったりもするが、これもまた、どうでもいい。

読中に抱かされた感慨のほとんどがほどよく昇華された今、思うことは。

佐藤大輔という作家は、福井晴敏よりは信用のおける作家であろうこと。

塩山紀生のカバーイラストは手抜きすぎだろうということ。

そんなところか。


PS.
「現代社会に跳梁跋扈するモンスターを狩る専門家が、山手線で現場へ移動する」
かつてこの作家の身の内にあった、虚構と現実の線引きに関するセンスは、本作品にもそれなりに活きてはいる。
自らデザインしたゲームを自らプレイする場合には無様は晒さない、と読み替えることもできるが。

2009年12月16日 (水)

れべるあっぷ

叩かれなかったので、2レベルに進化した。

どんなことになるのかとWeb検索してみたところ、どうにもヒットしない。しかたなく黒本開いてみたら、D&Dはモンクじゃなくてミスティックだった。

レベル2は、

攻撃回数:1
素手によるダメージ: 1d4
AC: 8
特殊能力:アウェアネス(Awareness) ※1d6の1のみサプライズ

注意事項:

  • 素手での攻撃は魔法の攻撃という扱いをしない。
  • 移動速度は上昇しない。
  • シーフ同様にクライム・ウォール、ムーヴ・サイレントリー、ハイド・イン・シャドウが行える。
  • マルチプル・アタックは複数の行動を行う事ができる。もしへーストの呪文がかかった場合、ミスティックはさらに1回の追加行動を得る。
  • 経験値表はサイクロペディアのミスティックのものを用いる。
  • アクロバティックス選択による経験値-20%のペナルティはない。
  • アクロバティックス:サイクロペディアにあるミスティックが選択できるものと同様。
  • ドッジ:ファイター・コンバット・オプションの「パリィ」と似たもの。
  • ディザーム:ファイター・コンバット・オプションと同じもの。

ということになるらしい。

攻撃回数は有効打と考えるならそうかもしれない。ダメージは、ダガーと同等と考えるとありすぎかもしれないが、攻撃回数と比すると妥当かもしれない。
ACはまあ9も8も変わらんものとして、サプライズの可能性が常人の1/2というのは適ってればうれしい。
魔法云々はさておき、クライム・ウォール、ムーブ・サイレントリー、ハイド・イン・シャドウの訓練はしていないが、マルチプル・アタック、コンバットオプションの修練は積んでいる。

ダイスチャットでHP振ってみた。

test1D6 → 4 = 4 (12/16-21:35:02)

まずまず。CONはマイナス修正入ってることは確実だが、耐久力は上がっているような気がしなくもない。

2009年12月15日 (火)

アニメ 『バスカッシュ!』

資源の無駄遣い、とまではいわないが。

昨今のCG技術はすばらしいもので、人物の作画がアレでもロボットだけはきちんとしているから、そこそこ見るに堪える。
本作品に登場するロボットは既成概念でいうとウォーカーマシンのようなものだが、それらしくウェザリングが施してあり、「使ってる」感がある。
『ペールゼンファイルズ』のATをさらに昇華させた印象か。

これまであまり気にしたことはなかったのだが、本作品では背景画に目を惹かれた。これもまた鑑賞を助けたに違いない。

さておき、佐藤竜雄分を補給しようとして、しかしその気になれず、『プリンス・オブ・ダークネス』を再鑑賞して気を高め、ようやくにして鑑賞に至ったわけだが補給は果たせず。
となれば『シゴフミ』をみるしかないのか。

2009年12月14日 (月)

【魔女】ベヨネッタ【再び】

とあるところに電話をかける。

音声通信ではない。

業界ではあまりに有名なコマンドを入力する。

一定額のヘイロウが消費されれば、受領されたことになる。


そしてはじめたジャンヌプレイ。
かつてテクニシャンだけが到達しえた領域の門番を、資本主義が懐柔したというところか。
さておき、既知のとおり、ストーリーはベヨネッタと同一であり、操作するキャラクターがジャンヌに変わっただけである。キューティーJの活躍裏話というわけではない。
いわゆる本気モードのロングヘアジャンヌが見たければプレイすべし。

初回プレイよりはるかにましだが、修羅刃+オデット、中佐+中佐を愛用していた身の上としては、かなりつらい。初回プレイにも痛感したことだが、Chapter.4までのそれと比べてChapter.5の難易度が上方に飛躍したこと、「なんでもないところで、ただ高速移動手段がないがためにしくじる→即死→ロード地獄コンボ」が再現し、忘れていたはずの怒りを呼び起こさせる。

しかしながら、初期装備「オール・フォー・ワン」、ベヨネッタでいうところの「スカボロウ・フェア」によるプレイの楽しさを否応なしに知ることになり、収穫はあった。操作に長けたため、またジャンヌは回避連続回数制限がない(ベヨネッタは連続5回回避すると硬直する)ことも無縁ではなかろう。
とはいえ、WT発動タイミングがシビアになり、ベヨネッタと同じ感覚でWTを期待しているとハマる。バット・ウィズ・イン発動タイミングで回避することにより発動するらしい。

ようやくビースト・ウィズ・インが使えるようになり、現在Chapter.6。
これが『ベヨネッタ』の魅力なのだろうか。それとも、禁書、禁ゲームの反動だろうか。

∞クライマックスまで、もう一周しとくか。

2009年12月13日 (日)

おや、

ちゃりのようすが・・・

2009年12月11日 (金)

またまただいきょうきん理論 上腕の凝

上腕外部のコリが歯痛の原因となることがあるだろうか?

ある。
あるのだ。

最新の俺学では、そういうことになる。

少年の時に負った頚部のダメージ、いつのまにかそうなってしまった肩コリ体質もあろうが、低気圧の到来などによって失調するようにもなってしまった我が身は、「具合が悪い」原因の特定がひどく困難になってしまっている。風邪のひきかけからこれら不具合が顕著となり、風邪をひくともうどうしようもなくなる。あちこちアレやコレやとなる。
今回は、風邪のひきはじめかと疑った。実際そのようでもあったようだが、そうでなかったようでもある。暖かくすることを徹底したこと、あちこちまさぐって復調を図ったこと、いずれが効いたのかまずは分からなかった。

大胸筋のコリについてはその後、どうも腕と脇由来であることが明らかになった。脇もどうやら腕由来らしく、結論からすると腕の失調が肩コリに連動しているということになる。
肩は上肢のクロスロード、稼働範囲の異なる筋肉が結合する部位である。加えて、腕という重量物を支える部位でもある。軽症の肩コリはおそらく、重量物を支える過負荷として顕現する。

昨今、腕をメンテナンスするようになってから、肩コリの自覚に乏しくなった。時折不意にひどい具合になるが、それは大抵、長時間変な姿勢で寝転がって読書をしたあとや、不可侵宙域のキリコ状態で映像鑑賞をしたあとなどに表れる。
慣習的にコリを感じる部位を揉んでも状況は改善せず、俺学を紐解いて腕やら脇やらをまさぐって常態への復帰を図る。
このような重症の肩コリは、腕の筋肉あるいは骨格の捻じれが原因であると思われる。ねじられる部位は主に手首だが、応力が集中するところは肘周辺で、その辺をいじると、手首の痛みも緩和する。
同様に、肘周辺に発生した応力が肩に悪影響を及ぼし、それは首にまで至り、偏頭痛や歯痛を引き起こすらしい。応力は上腕二頭筋背部全体に蓄積されてゆき、肩にいたる。そんなふうらしい。

手首に対し、急激で極度な負荷がかかることをしているとき、大抵はセットで腰や首にもダメージがくる。それらももちろん無視できるものではなく、背中下部の慢性的なだるさの原因であろう。
肩コリに比べて深刻ではないので、上肢と同様の論展開が下肢にも適用可能であるらしいという程度の追求にとどまっている。

暫定的に復調して原因特定がしやすくなった現在、上腕のコリと歯痛に因果関係が存在する可能性を見出したという次第である。

2009年12月10日 (木)

Eagle Eye

就職で、進学で、父兄間の対立で、さまざまな理由で道場から人が去った。

増員もあったが、増えた分減ったという印象だ。

これまでもあったことで、気にしたことはなかったのだが、少年部がわりと総入れ替え的になったこと、指導補佐的立場となったことが感傷を招いているらしい。
けっして。けっして女性拳士が激減したからではない。と思う。

ゆえにというわけではない。と思う。が。

此度入門した9歳女子は、どちらかというとお母さんが熱心で、娘はそれにつきあわされている印象がある。お母様の目的意識ははっきりしているようで、すなわち自衛である。自らだけでなく、それを娘にも、ということのようだ。どの辺に興味があるのかさまざまな情報を提供してみたところ、金的蹴りの技法にいたく執心だったことが印象的である。
少林寺拳法を始める前は空手を一年半ほどやっていたとのことで、遠くて通うことが困難になったためにやめざるを得なくなり、どうしようかと悩んでいたところ、お母様のお父上、つまり9歳児のおじいさんが「少林寺拳法をやれ」的な発言をなさったらしい。他の子のことだが、やはり少林寺拳法と縁のあるおじいさんの影響で昨今入門した中学生男子がいる。9~14歳の孫をもつとなれば、60~70歳か。その世代には、好印象をもたれる材料がなにかあるのだろうか。
さておき、9歳児との初対面は最悪で、というのも、初心者的指導をうけもったのだが、眠くて目が据わっている状態での対面となり、やる気どころか興味もなさそうな雰囲気での出会いだった。

どうしたものかと頭をひねり、積極的に近い年の子たちと組ませること、つまり、ともだちを作ってもらうこと、ほめちぎって興味を持ってもらうことに専心することにした。
やる以上はやめてほしくはない。

さておき、空手をやっていたためだろうか、母娘そろって、突き蹴りがなかなかサマになっている。娘の突きは年齢にそぐわぬシャープさで、蹴りも高く上がる。ほめる好材料を得て、調子に乗ってほめちぎったら、ハッスルしてくれて一安心。

と思いきや。

時折、中学生に小学生の面倒をみさせることがある。中二女子に、この9歳児とペアにした6歳男子の面倒をみてもらったところ、ダメぽとの報あり。
9歳児の目が死んだサカナのようになっている。

こりゃアカンと気合い注入。
初心者や子供には無心になにかをやらせるとよい場合もあるらしいこと、指導的立場にある者は自己嫌悪に陥るほど自らのテンションを高めてその熱を伝染させるようにする必要があるらしいことをなんとなく察する昨今、とりあえずは腹を叩かせた。突きの練習と、回避の方法を指導するために、まずは当てさせたわけであるが、驚いたことにこれが正確に水月にヒットする。子供の力とはいえ、水月を叩かれれば、瞬間的に具合は悪くなる。具合が悪くなっているということは、効くところに当たっているということになる。
ペアとなった6歳男子はそうではなく、彼の目の高さあたり、つまりは我が腹筋の一番具合のよいあたりを無心に叩いた。これはこれでよい。が、比較の対象にはなろう。

時折、急所に対する感覚の鋭敏さについて、女性のほうがセンスがあるのではないかと思わされることがある。

これについては、中学生女子二名について前例がある。兄の水月を蹴り抜き、あるいは我が三枚を強打するモノドモがかつて在籍していた。

結局は人による、ということになるのだが、やせっぽちな腕の、思わぬ打撃の威力に、ライオンは雌がハンティングをするというハナシをふと、思い出させられた次第である。

2009年12月 6日 (日)

ゲーム 『ベヨネッタ』

難易度「∞クライマックス」に着手して、なにかが折れた。

ここまでか。

そういう感触だった。

「∞クライマックス」では、個人的にこのゲームのキモと認めるウィッチタイムが発動しない。代替となるのが、「ウィッチタイム発動の代わりに爆弾を設置して自動反撃する」ことを可能とするアクセサリ「悪因悪果の数珠」である。
リトライして、これはこれでよいという印象を抱き、その感触は払拭されたにせよ、それまでは参考にするだけだった攻略情報に依存するようになり、つまりは攻略から消費に変わってしまった姿勢を正すことはできなかった。心の持ちようといえばそれまでだが、一か月以上遊んだのだ、もういいだろうという気持ちも無きにしも非ず。

ともかく、実績を全解除したことを区切りに、『ベヨネッタ』は遊び終えたこととする。

やり残したことといえば「ジャンヌ解禁」「エンジェルスレイヤー」「ロダン」となる。まず、「ノーマル」全プラチナアワードクリアはどう考えても無理そうだ。攻略情報に依存してなお困難という手ごたえが伝わってくる。となれば、その上なるものはますます、と短絡した次第である。

さておき、慣れて上達する感覚を、楽しんでやれたのは久々のこと。ロード地獄を味わってなお。

楽しかった。本当に楽しかった。

最後の仕上げとしては、サウンドトラックを購入するか否か、となろう。

もし、このゲームにこれから着手するならばまず、難易度「イージー」ないしは「ベリーイージー」で開始し、クリアすることをおススメする。クリア後に入手できるアイテムが、やり込み時に必要になるためである。
同ランクはいわば無双ゲームであり、本質的に異なるゲーム感となる。「永遠なるマリオネット」というアクセサリーを装備から外すことによってこれは解除されるが、なんにせよ「ノーマル」以上で慣れた後に同ランクを遊ぶなら作業感を拭いえないだろう。
しかしながら、もし、手持ちのハードがPS3だった場合、中古で安価になるか、ベストに落ちるのを待つがいいだろう。


PS.
本作品のなにに、魅了されたのか。

第一には、おそらく音楽である。Efigoのリンクから辿りついた公式サイトで聞いたBGMは、ベヨ姉の尻よりも強く我が身を魅了した。
プレイに至るまでネガティブな情報ばかりを与えられ、疑心暗鬼で望んだ本番。ゲーム性を理解できず、トライ&エラーとロード地獄で不快感を募らせられていた。あるいはベヨ姉の露出が、これを突破するまでのモチベーションを維持したかもしれないにせよ。

第二には、謳い文句である「絶頂感がぶッ続く」カンジであろうか。ウィッチタイムをそれなりに任意に発動させられるようになり、コンボを出せるようになって、つまりは操作技量が向上するに至って体感できるようになった。

第三には、作り手が意図してかせずしてか成しえた、ヒロイン・ベヨネッタの「魔人」感である。
魔人がそうであることに理由は要らない。理由が要らないことを感じさせてはならない。
そして跳ぶべきである。
それらを満たす魔人は、久しく見なかった。

「オタクはすぐ分類したがる」とはとある知人の言だが、つまりサイエンティストは須らくオタクであるということなのだろう。
さておき、ゲーム性以外の点に比重があるようで、我が身の内にある懐古的なにかが好印象を助けたのかもしれないと思ったり思わなかったり。

2009年12月 5日 (土)

Win7 2nd Monitor装備

かつて勤務した職場では各人2nd Monitor装備が標準となっていた。
それらはもともと、液晶モニタ勃興の頃から徐々に導入されてきたものの慣れの果てであろう。ノートPCが安価となってその役割を終えつつも、ノートの画面の狭さをフォローする役割を与えられて生き延びたというところだ。自宅はともかく、傭兵稼業においてこのような環境を遇されることは稀である。ノートで開発なんてジョーダンじゃないと思わされもしたが、これはその思いを改めざるを得なくさせられる、非常に便利なものだった。
支給されるモニタの質には差があり、当初与えられた14"のそれは、ないよりはマシだが、あるがゆえにイライラを募らせられるものでもあり、微妙な存在感だった。その後所属部署の利を巧みに活かして獲得するに至った17"は抜群の快適さを提供してくれ、開発と保守とメンテナンスその他モロモロを職務としていた当時、なくてはならないものとなった。

自宅の環境はといえば2台のPCに2台のモニタという具合で、それはEQを2ACCで遊んでいた時の名残であり、今回PCを更新するまではその構成を維持し続けていた。
2nd Monitorを要するようなことはやっていなかったという理由による。

此度、1st MonitorがPS3と兼用になった。使用しているプリンタのドライバが12月下旬配布予定となっているために、現在、ゲームをやりながら同時に攻略情報を参照する術がない。切り替えてやるのもいい加減メンドくなってきたので、死蔵していた17"をつなぐことにした。あまり気にしていなかったのだが、GeForce GTS 250 512MBにはDVI出力端子が二個付いているのである。
通常、2nd Monitorは右側に置く。物理的制約で2ndを左に置かざるをえず、右へマウスを動かすと左のモニタを見ることになるという事態を引き起こし、これがやや難であるが、使えている。
Aeroの機能の一環なのか、モニタをまたぐウィンドウ移動を行うと、またいだ途端、ウィンドウサイズが初期値にされてしまったり、よくわからない現象が起こるにせよ、まあ、使えている。

ところが。
モニタの入力切り替えを行うと、Windowsの画面も書き変わってしまうことがある。2ndに表示していたウィンドウが1stに移動してしまったり、予測できない挙動を示す。
PS3に切り替えたのちPCに切り替え、ウィンドウを移動しなおしてPS3に切り替えるというようなことをするとまあ意図したような状況になるのだが、これもメンドい。
モニタもWin7対応が必要ということなのか、なんらかのオプション設定で回避できるのかは不明である。

PCにモニタを二台接続し、一台はAV機器と共有するという環境は特に珍しいものでもなかろうが、従来はなんも考えずできたに違いないことができなくなっているというような印象である。
また、Alt+Tab押下時(ホイールボタン押下時)に表示されるウィンドウ切り替え画面は1stにしか表示されないため、2ndのみPC画面を表示させた時はAeroが大いに役に立つのだが、意図しないところでウィンドウサイズが変わってしまったりすることもあり、現状を総合すると、微妙な機能と評価せざるを得ない。

2009年12月 4日 (金)

携帯電話購入検討

どうやらPHSのバッテリーが怪しくなってきた。
現在使用しているのは『京ぽん』と俗称され親しまれたらしい京セラの製品であり、おそらくは2005年ごろに購入したものである。

そもそもPHSを使い始めたのは初代BIBLOでデータ通信を行いたいという要望があったためであり、それ一台で携帯電話機能と無線インターネット接続が可能となるデータスコープを選択したためだった。W社がD社と呼ばれていた頃のことである。
携帯電話が無料で配布されていた時代のことであり、購入しても数千円という時代に4.5kを投資した我が身に誰もが呆れ、我が身自信も呆れていたが、PDAとしてもなかなか有用であり、これまで使ってきたいずれの機種にも明らかに勝る性能を有していた。
ペルーで遺失して無念を残すこととなったが、今はただ、軍事転用されていないことを祈るばかりである。

電話番号を変えたくないという一点に固執して現在までW社を支持してきたが、風向きが怪しくなった昨今、なんも考えずに機種変更、というわけにもいかなくなった。
とはいえ、他社に変えるといっても選択肢は少なく、積極的に忌避するS社、消極的に忌避するN社というポリシーが育成されてしまった現在、よくわからんE社を検討しないとなれば、消去法でK社しか残っていないことになる。

先日の旅行では、高速道路で一部不通だった。
以前の旅行では、同様の状況でも通話可能だったことを考えると、早急に手を打つ必要があるような気がしないでもないが、通話プランを目にするたびになにか騙されているような気にさせられて、どうでもよくなってしまう我が身である。

2009年12月 1日 (火)

Over 3L

冬用ライディングジャケットを探すため、久々に、南海部品を訪れた。

この数年間、よい品を求めつつ先延ばしにしてきた。長年愛用していたTHE NORTHFACEのスキーウェアが良すぎてなかなか満足いく品が見つからないのだ。この品も縫い目に沿って裂けたところを修繕すればまだ使えるのだが、自ら修繕するには破損部位が大きすぎる。
かつて「お洋服のお直し」的な店に持っていったら「お母さんに直してもらいなさい」と塩沢とき的ザマスおばさんにすげなくされ、お直し屋さんに対する認識が間違っていたことを悟りつつ、以後なすすべもなく現在に至る。

折ごとにWebでも探してはいたのだが、ライディング用品関係のサイトはどれも出来が悪く、みるからに特殊走行集団向けといわんものばかりで、ジャケットやらグローブのセンスがアレなのもむべなるかなと思わせられ、仕方なしに店舗に赴いて物色することに決めたわけである。

アパレルのシーズンはいわゆる季節が到来する前に始り、いわゆる季節が到来したときには終わっている。
ジャケットのスペースは時機を逸した感を漂わせつつ、つまりモノは少なかったが、それでもなかなかよさげな品を目にとめて試着してみたところ、これがキツい。
サイズは3L。下にいろいろ着込む都合上、大きめのサイズを選択したわけだが。

どこがきついかといえば、肩がきつい。腕もきつい。胴まわりとか以前に、袖を通すことがすでに困難だった。
これまで身につけてきた皮ジャンなどは問題なく着用できているので、これはメーカー独自のサイズ規定というやつで、このメーカーの3Lは小さめに作ってあるのだろう。
地元には幸い、2りんかんもある。そっちで見つけられるだろう、きっと。

・・・皮ジャンって一回りも伸びたりしないよね?

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