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2009年9月

2009年9月30日 (水)

読物 『梶原一騎伝 夕やけを見ていた男』

 当時梶原は、週刊誌の取材に応えてこう語っていた。
「どうも今の先生と昔の先生は違うような感じがする。僕は、けんかばっかりするし、いじめっ子だし、要するに教員室のブラックリストに載ってたわけ。そうすると、ある先生が僕を放課後残して、二時間も三時間も諄々と説いて聞かすんだ。たった一人の問題児のために、何時間も費やしてくれた。誰もいないガランとした教室で二人だけ。外はだんだん暮れてきてね。そういう光景と先生ってのがダブって、なにかとても懐かしい。懐かしくもあり、こわくもあり、やさしい存在でもあり……。あの先生だって、今の僕よりずっと若かった。青春のド真ン中だった」
「今の子供たちにはいろいろ弱点もあるけれど、ひとついいものがある。そういう右翼チックなものに対する敏感な拒絶反応です。これは世の中の流れが自然にはぐくんできたものでね。屁理屈だとか、行動を伴わない大ボラとか、そういうものには本能的に拒絶反応を起こす。ナウというか、自由感覚というかね、それは唯一ともいえるいいところなんだから、変な右翼チックなものでぶつかっていくのはよくない。ただひとつのいいところを摘んでしまうようなものだ」(以上『サンデー毎日』昭和五十六年三月十五日号「梶原一騎が『校内暴力』を斬る」)

-P.472より

「行くぞ」
 またか、と思った。
 後頭部に三段腹を思わせる肉のひだをもつこの男は、他者に好ましからぬニックネームを与える性が因果となって、幾つもの不名誉なニックネームを応報されている。ややデッパだからラビット=「ラビ」と呼ばれ、後頭部の三段腹様から「バラ」と呼ばれていた。
 第一に体格がモノをいい、第二にレッテルを貼られているかどうかが重要な社会だった。その男は縦にも横にもでかく、おまけに足も速いという難物で、逃げようとも追い回され、抗おうとも力でねじふせられることが常である。力あるいは体格で同レベルにある連中も、今思えば内心のウザさを顔に出していたように思うが、同時にまたそいつを恐れていた。いわゆる不良らも同様である。
 給食後の休み時間のことである。この社会ではもっとも長い休み時間だが、長すぎるということはない。どこに行くというのか。
 その頃、その社会での流行は『あしたのジョー2』だった。ジョーが走れば走り、マンモスと練習をすればスパーリングをする。「行くぞ」というのはつまり、「ロードワークに行く」ということである。熱に当てられたヤツらとその輻射熱にあぶられたヤツらがアホ面下げて徒党を組み、廊下を整然と走るのである。反社会秩序的行為だが、不純ではない。教師らは対応の困難さを噛みしめたことだろう。
 「仲間」に誘われたことに若干の嬉しさが含まれていたからこそ、「行くぞ」といわれて無碍にもしなかったのかもしれないが、運動は好きではなく、特に走ることが嫌いだった。だから、「ロードワーク」は嫌で仕方なかった。
 「スパーリング」も同様だ。一昔前のような、スポーツの名を借りたリンチではない。あくまで「ごっこ」、かわいいものである。だが、その気もないのにつきあわなければならない「ごっこ」遊びなど、しらけるしかないものである。
 昨日は木人房をやり、明日はデクに秘孔を試す、絶えず流行する我らの今日は、当時、迷走していた。
 我が中学生時代のことである。


 投げてからミットに届くまで三十分かかる演出は好きではない。
 打撃が効いていることをくどいほど描写するテンポが好きではない。
 前回のおさらいを十五分やることに耐えられない。
 他者が「熱いッスよ!」と熱を込めればこめるほど冷めた。熱いだけで内容に乏しいことが常であったからだ。冒頭の引用は、つまりはそういうことなのかもしれないと思い当たったからだが、共感には至らない。世代がもつ基礎知識の飛躍的増大によると説明されるほうがまだ肯ける。
 我が身がサルだった頃のエピソードを語ったのは、直撃ではない我ら世代をも炙った一例を示すためで、炙られなかった我が身を語るためでもある。ウザさが先にたち、またアニメ作品にも耽溺することはなく、当時漫画作品も読んでいたはずだが、とりたてて好きな作品ではなかった。
 そういう人物が本書の読者たりえたことを語るためである。

 梶原一騎の名を知ったのは十歳くらいのことであろうか。床屋だったか塾の待合席だったかに『空手戦争』があり、読みふけった覚えがある。その頃また、コロコロコミックを卒業して少年週刊誌を読むようになり『プロレス スーパースター列伝』にもその名を見つけていたように思うが、特に意識することはなかった。
 『あしたのジョー』の原作者であろうことを当時知り得ていたか否か、いつ知ったか、さだかではない。ちばてつやの作品という印象しかなかったようにも思う。

 さておき。
 このような身の上のものであっても、本書は面白いといわざるを得ない。枚挙に暇のないエピソードをもつ人物が題材だからでもあろうが、それを語る筆致の巧みさも無視できない。
 この手の評伝は是のみ採られ、非はみなかったことにされるようで、個人的にその顕著なところは大山倍達伝であろうか。だが、本書は非も語り、しかしそれはオブラートに包んだ上丁寧な包装がなされ、リボンまでかけられて慎重に配達された趣がある。非を是とするがごとく筆を執った著者の魂をうかがおうと試みれば、そこには梶原印の焼印がまだ煙を上げていることが察せられる。梶原よりの文章ではあるが、そこには擁護というよりは実物大の人間を語ろうとする心根があるように思え、不快ではない。

 自らの思惑を離れて「物語が走り始める」ことを喜ぶ作家がいる。
 個人的には、そのような現象から傑作が生まれることは、そのような現象が起こらなかった作品が傑作となることと等しく稀有なことであろうと考える。誰がいいだしたのかということはこれまで考えたことがなかったが、現在これを言う作家らはおそらく、梶原を起源としているのではないかという疑いを抱くに至った。
 暴走した作品がどうなるのか、僕たちはよく知っている。それを唱える作家は遅筆だったり、作品を自画自賛していたり、ロリっ子魔女を登場させたり、広げた風呂敷をたたみもせずに燃やしたりする。ヒマラヤに旅行してしまったりすることは、「残高はゼロになっちまった」とうそぶいた梶原を知ってのこととして許すとしても、筆の赴くままを御してこそ作家ではないのか。
 しかしながら、これを唱えるものはおそらく、小説より奇なりということを、よく認識しているからであろうとも考える。本作品が傑作かどうかはともかくとして、これまでに読んだいずれの梶原原作作品に遜色なく面白いことを思えば、梶原一騎という人物像もまた、梶原の作品として評価すべしということなのかもしれない。

2009年9月28日 (月)

映画 『ミラーマンREFLEX』

元祖『ミラーマン』の初回放送は1971~72年というから、リアルタイムでは観賞していないことは間違いない。再放送で見たのだろうが、ストーリーはまったくといっていいほど覚えておらず、鏡にチョイ映った主人公が鏡に視線を移して変身、というお約束のシーン以外キオクにない。

数年前、セケンを賑わせた例の事件をきっかけとしてだろうか、ミラーマンで検索したところ、Wikipediaの記述を発見した。以下、その一部を引用する。

 (前略)京太郎の父は京太郎の撮影したフィルムに写っていた地球外侵略者・インベーダーからこの世界を防衛するため、異次元世界(2次元)からやってきた超人「ミ ラーマン」だった。彼はインベーダーの策略により命を落とし、優子は御手洗博士に京太郎を託して姿を消さざるを得なかった。そして京太郎も父から超人とし ての力を受け継いでいた。(後略)

なんも考えず見ていたヒーローものに、後年、設定の意外な重さがあったことを知ることは希ではない。個人的に初となったそれは『キカイダー』であり、カネのなかった学童時、TVで見覚えていた同タイトルを書架に見つけて「わ~い、キカイダーだ~」と無邪気に立ち読んだコミックス版に衝撃を覚え、なぜだかTV版のサントラを買ってしまったことがある。
店舗に在庫がなく、注文ということを初めて覚えた個人的記念碑であり、前金というものが必要となる社会のシクミにヲトナの世界を垣間見たものだが、その資金を祖母にねだったあたりが当時の限界だった。

さておき。
こんな設定があるのなら、焼き直さず、元祖『ミラーマン』の前日談を語ってもよいのではないのかと思ってしまったりしたのは、第一~第二話を鑑賞中のこと。『~REFLEX』は全三話構成、元祖をいわゆる「原作」に使ったベツモノである。
一口に内容を語れといえばそれは可能でズバリ『滅日』。とまではいわないが、あえてミラーマンでそうした理由がわからないというような切り口ではある。この手のリメイクによくあるヤツで、ターゲット市場が不明というか。一次作品を覚えている世代に対してそっぽを向いては、ネームバリューのある作品を手がける意味もなかろうと思うのだが、業界のセンスはよくわからない。

ブツクサいいながら見ていたものの、不思議なことに、三話では「まあ、コレもありか」などと日和っている自分を発見した。最後の敵との格闘そして夕日にたつミラーマン、BGMは元祖OPのインスト、というあたりのことである。その後数分間で評価は墜ちてまた昇り、その挙句、細かいことはさておく気分になったためであろうか、好評価を与えることにした。

なお、これまで「かくりょ」と思い込んでいたがそうではなく、「幽世:かくり-よ」であることを知り得たことは余談である。

Opps

2009年9月26日 (土)

アニメ 『Phantom~Requiem for the Phantom~』

薦められて『Noir』を見たのは確かオンエア中のことで、当時まだ「らしい格闘・射撃戦」をするアニメが少なかったがゆえにwktkして('A`)となった覚えがある。
『Noir』にwktkしたことを知っていた知人が「それなら」と薦めたのが『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』というエロゲだった。
物語の構図、非/被18禁の違いがあり、銃器を使用する少女が登場し、かつその少女がアヤナミ系であった点のみ共通する。

正直に告白すれば、『Noir』は大絶賛だったわけではない。少なくとも、もう一度見たいとは思わない。

『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』は。
新品を入手し、たしか三種あったEDを達成した。もう一度遊ぶかもしれないと思い果たさぬまま今年まで所有し、ついに売り払った。セーブデータのみ虚しくHDDで腐っている。
以上のことから、どちらかというと絶賛系の印象だったはずだと分析するが、本作品を鑑賞したためだろうか、超ネガティブな印象であったように思われてならない。

まるで見る気がなかったのにその気になったというのは懐かしさのためもあろうし、当時感じた印象を確かめるつもりもあったに違いない。スタッフの中に黒田洋介の名を見つけこれは僥倖と思いきや。

二つの作品は、多くのオマージュを生み出したに違いない系譜の中興であろうと感ずる。
その真偽にはさほど興味はないが、本作品についてはオマージュのオマージュ、という印象が拭い得ない。
今となっては、かつて我が身が『Phantom~』にどのような印象を抱いていたのかはもはやどうでもいいことであり、要するに、ちょ~ガッカリなのである。

2009年9月24日 (木)

漫画 『釣りキチ三平』

唐突に読みたくなり、しかしその膨大なるに思うに任せず、一年くらいかけて、KCSP全37+1巻読了。

少年期に手を染めていながら趣味となりえなかったホビーはどれほどあるだろうか。
我が身にとって自らそれと認めるものは二つ、将棋と釣りである。

どうも、ゲーム規模に比してユニットの価値が大なるゲームは苦手らしい。将棋やチェス、碁、ディプロマシーなどがこれに当たる。ユニットの自由度が高い場合はこの限りではなく、戦闘級SLGやトレーディングカードゲームなどは条件が対等ならば成績は悪くはなかろうと思われるが、運が悪い分負けているかもしれない。
要は、戦術や戦略に向いていないということになろう。将棋やチェスはその際たるものか、これまでに幾度か、上達を図ったが根気が持続せず成果はない。

釣りも同様である。
幼少の折、近所の汚い川にも平気で足を踏み入れることができるほどに胆力のあった頃、友人たちのブームに乗って釣りに手を染めたことがあった。友人がなかなかな鯉をヒットさせて、釣ってる最中は興奮これ極まったものの、釣り上げては、これどーすんの?的な思いを抱かされたことがある。近隣に手頃な釣り場所がなかったこともあってか、ローカルブームが去るとともに疎遠になった。
社会人になって一度、ツーリングキャンプの暇つぶしになるかとリトライしたが、第一投でえらいことになり、これはアカン、どうにも縁がないらしいとあきらめた。

だから、再読に駆られたのは、釣りという要素にではなく漫画という要素に魅かれたからであろう。
通読はしていなかったものの、一平じいちゃんの死で始まる最期のエピソードも知らぬではなく、中途半端な読者ではあったが、実に丁寧に書き込まれた背景とともに記憶に残るシーンが幾つかあり、再読して、ああ、ここが読みたかったんだなあという場面を見出すことができた。最大のものは一平じいちゃんの死である。実にいい顔で逝っている。

我がことであるが、同居していた父方の祖父は、苦しい死に方をした。
闘病は記憶にないが、肺癌で入院し、寒い時期のことで肺炎を併発し、末期は呼吸困難に陥ったと聞いている。自ら酸素吸入器を外し、逝ったとも。それは深夜のことで、小学生だった我が身は自宅で就寝していたが、逝く祖父の姿を夢に見て目覚めた記憶がある。
祖父がどんな顔で逝ったのか不明だが、通夜の顔は穏やかであった。

さておき、今回の通読で興味を抱かされた釣法が二つある。投網と、フライである。
投網はその体の運用に、フライもまた同様であるが、『A River Runs Through It』の影響も皆無ではあるまい。
とはいえ、清流が身近にない状況には変わりなく。

たがみよしひさの系譜は矢口―白土ラインなのかなあと思いを馳せつつ、キオクにあるよりも新右衛門さんではなかった魚紳さんや、脳内で自動再生される野沢雅子の悟空声に「まいったなや」と思わされたことは余談である。

2009年9月17日 (木)

だいきょうきん理論

 すべてをプラズマで説明できると言いきった男がいた。その真偽は長らく興味の外にあったが、そういうこともあるかもしれないと思うようになった。
 というのも、現在の俺様ちゃんの身体に発現している不具合は全て、大胸筋のコリで説明できることが分かったからだ。

 首のコリの原因も大胸筋。
 肩甲骨下部の痛みの原因も大胸筋。
 手首の稼働阻害および痛みの原因も大胸筋。
 脇腹のツッパリ感の原因も大胸筋。
 突き動作による肘部発痛の原因も大胸筋。

 鎖骨の根元、胸骨との連結部といえる箇所の直下に、骨のような手ごたえのナニかがある。先ごろ足首周辺や肘筋に覚えた触感と似たものである。コレをちょっとゴリゴリやったら、上記列挙箇所の具合がよくなり、気分も爽快になった。胴体前面のコリが背面の痛みの原因になっていることもやや驚きだったが、手首や肘とも関連するとは意外に過ぎた。

 どこか不具合箇所を改善してはまたどこかに発現ということを繰り返している昨今だが、根本的な原因としてはおそらく、長きにわたる騎乗活動によるものが大なりであろうと推察している。

2009年9月13日 (日)

読書リズム

読書の手がピタリと止まった。
イキオイ込んで借りてきた本が未着手のまま、返却期限を過ぎようとしている。

己の嗜好にサイクルがあることは薄々察していて、読めるときはどんどん読むが、読めないときはなんとしても読めない。今の欲求はといえばゲームかモノ作りで、ゲームはどうやら『ブシドーブレード』でなんとなく納得してしまったらしく、モノ作りにそぞろとなっている。

過去にどのように読んでいるのか、統計的なものを出してみればなにがしか分かろうかと考え、読書リストから視覚的な資料を作成してみたが、一見して季節や月には依存しないらしい。
あてになる2000年以降のデータによれば、およそ四カ月周期で波があるようだ。
機を誤って購入した本がおそらく、積読になるのであろう。

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2009年9月11日 (金)

その値、105円

『ボトムズ』を遊んで以来だから、一年半以上経つのか。
引っ越しを挟んで久々に電源を投入したPS2は、即使用可能な状態ではなかった。

なにをどうつないでいるのかイマイチ覚えておらず、やはり電源を切りっぱなしのコンポやらTV、AVセレクタをいじりまくり、汗をかきかきAVコードが使用不可になっていることをつきとめて、ようやく遊べる状態にこぎつける。

そこまでさせたソフトは『ブシドーブレード』、105円のサルベージ品。かつてクソゲーの烙印を押されかけたところを対戦モードがアツいことを見出され、仲間内の一部ではわりと遊びこまれた。カタンと同様、プレイヤーの性格がよく出るゲームといえよう。
HPなどわかりやすいパラメータはユーザインタフェイスには見受けられず、どれくらいダメージを与えているのか、あるいは食らっているのかわからない。出会いがしらに斬りあって双方即死することもある。斬られた部位の運動性が下がり、あるいは使用不可能になる。膝をついたり、片腕で剣を振るような羽目に陥ることもある。手足などいくら負傷しても死に至ることはないらしく、出血多量での死亡もないようだ。

格闘ゲーム全盛のころの作品であり、だからこそできたというべきか、野心作といえよう。誇るべき知識の持ち合わせのない我が身が知る限りでは、このようなゲームは他にない。
続編が作られたということは人気があったのかもしれない。残念ながら、「第一作のアツさはマチガイデシタ」的な仕上がりとなっている。

シナリオモードを遊んでみたが、懐かしさ以外はとりたてて感じるものもない。
対戦で遊んでこそのもの、ということらしい。

2009年9月10日 (木)

映画 『少林寺拳法』

事前に、アレであることは聞き知っていた。
ゆえに、ストーリーを云々することはない。ただ、著述などによって知識としていた時代背景を映像によって補完することを得たのみである。

現在では、中国拳法といえばそれなりに名の知れたものであり、標準的な日本人の感覚としては「よくしらないけどなんかすごそう」というものであろうが、当時、腕に覚えのある日本人の感覚としては「シナの武術なにするものぞ」という向きもあったらしい。
GHQが武術習得を禁じたこともあり、そんな時代にあえて"お上"の意向に逆らってまで一流を興した人々は、どこかとんがったところがあったのだろう。

千葉真一が登場する作品は、あまり鑑賞していない。
もっとも鮮烈にイメージが残っているのは『魔界転生』。もっとも最近見た作品は『キル・ビル』。両者ともアクションよりは存在感をもって印象としている。
本作品公開当時36歳の千葉ちゃんが見せるアクションは、それらのイメージを払拭させるものだった。実に優れた体術のもちぬしといえよう。殺陣とはいえ、技の冴えが素晴らしい。
余談だが、劇中に登場する門弟役の中では志穂美悦子の動きが突き抜けている。

鑑賞後、あまりにナニすぎて監督の名が気になった。見れば、鈴木則文、とある。
調べてみたら名のある人だそうで、『トラック野郎』 『伊賀野カバ丸』 『パンツの穴』『コータローまかりとおる!』なんかを撮っている。誰であるにせよ、鑑賞にあたって製作された時期の業界的流行を考慮せねばならないことは、作品の性質を云々するものであるに違いない。
なお、本作品が公開された同年には極真空手の映画も公開されており、いずれも松竹作品である。見比べるつもりは、今のところない。


2009年9月 9日 (水)

隊長と呼ばれた日

稽古の日。
自宅からわりと遠くない職場は、スムーズに事を運べば自宅で軽食を取ってからの稽古開始を可能にする。ために定時でそそくさと席を立ち、速やかに退社することがならわしとなっている。
オフィス前に停めた単車にうちまたがったとき、駐車スペースに侵入してくる車両があった。オーナーが帰社したのだ。
会釈をして、帰り支度を続ける。ヘルメットをかぶったところで勢いよく車の戸が開いた。
改めて挨拶をしようと顔を上げると、思いがけないことに、例の四歳が後部座席からまろびでてきた。我が名を連呼しつつやってくる。八歳の兄も駆け寄ってきてオッスとかいう。
Indifの時は長かったが、たった一度のクエストでAmiらしい。
「またあしたもくるよね?」
とは言われても会うことなどないのだが、
「くるよぉ」
などと応じつつ幾度も「バイバイ」のキヌギヌを重ねる。
すでに走り出した背中になお「じゃあねえ!」と声をかけられ、右手を上げてそれに応え去った。
そんな日。


「どんなふうに平日すごしてる?」
稽古前、たしか十歳の男子が、いきなり問うた。
児童はよく、こんな質問をする。しかもよく繰り返す。望みどおりの回答が得られるまで、耳に入らないということなのか。
さておき、
「朝起きてメシ食って仕事いって帰ってきてメシ食って寝る」
とかユメもキボウもない回答をしたら「かわらない」とかぬかす。「かわりばえしない」といいたかったのかもしれないが、まあよい。キミはどんな風にすごしてるのかと問い返してみたら、ウダウダと長くなりそうだったのでツッコんでとめた。
間があり、終わったかと思いきや、続いた。
「じゃ、××、日曜なにやってる?」

××には、我が身の呼称らしい単語があったようだが、よく聞き取れなかった。
通常、道場では、先輩、ちゃりさん、そのように呼んではならないといっているが先生と呼ばれる。そのほか、せんべい(『先輩』のガキ活用か?)、カマキリさんなどの例外があるが、そのいずれでもない。かつてそう呼ばれたことのないものだ。

「いま、『たいちょう』って言った?」
確信はないが、聞こえたままの音を問い返してみる。
「うん、間違っちゃった」
なにをどう間違うのか。いやまて、俺様ちゃんも小学生の折、ガッコの担任にむかって「おかあさん」と大声で呼びかけてしまったことがある。これは小学生にはままあることらしいと後年知り得たが、当時はかなりアレだった。
さておき、邪悪とかドワーフとか反逆児とか、短からぬ人生においてさまざまな呼称を得てきた我が身だが、『隊長』は初めてかもしれない。『司令』と呼ばれて萌えた炎尾燃のキモチがなんとなく理解できたような気がする。
なお、彼がなんの隊員で、我が身がどんな隊長に間違われたのかは不明である。

2009年9月 6日 (日)

読物 『昭和激流 四元義隆の生涯』

 政治家 
             宮沢賢治

あっちもこっちも
ひとさわぎおこして
いっぱい呑みたいやつらばかりだ
       羊歯の葉と雲
           世界はそんなにつめたく暗い
けれどもまもなく
さういふやつらは
ひとりで腐って
ひとりで雨に流される
あとはしんとした青い羊歯ばかり
そしてそれが人間の石炭紀であったと
どこかの透明な地質学者が記録するであろう


中曽根康弘元首相の指南役として知られた人物であるという。

四元という人物は、血盟団事件の関係者の一人であるという。
殺人に手を染めることはなかったものの、実行犯の一人として懲役実刑に処せられた過去を持つ。血による革命は事態をいっそう悪化させることを実体験の中から悟り、国家を善くするという大欲に身を投じ、砕骨粉身に働くうちに、同時代の、あるいは次代の政治家たちに影響力をもつようになったと読める。その在り方は、ナガト皇帝の若き日をどこか思わせる。

『坂の上の雲』では小村寿太郎の弁に触れ、本作品では宮沢賢治の詩に触れ、明治から昭和まで、日本の政治家の少なからぬは、政治ゲームプレイヤーにすぎないことを思い知らされてきた。意識してかせずしてか、言論もその風潮を支持していることは、本作品にも見て取れる。四元の前半生を語る前半よりは、戦後の政治家たちにいかに関わってきたかを語る後半部の方が筆がノっている印象は否めない。

著者が自ら語るところによれば、著者はこの人物の弟子にあたり、立脚点から著述にかたよりがあるだろうことを自ら弁じているが、それを見極める目は、我が身にはない。


2009年9月 5日 (土)

肩たたき痛打

現在通勤している職場はオーナーの自宅を兼ねたオフィスであり、周囲は民家、隣家にはすくなくとも五匹の猫が棲息していることが明らかになっている。
隔離された喫煙室は裏口兼用であり、その戸を開ければ隣家の物置の屋根に伸びる猫たちの姿を見ることができる。とらんきらいざーを吸引しながら眺むるのがこのところの日課となっているのだが、当方が一方的に和む反面、どうも彼らは緊張しているようであると察するに至った。

りりしいまなざしをした老猫。無垢な目をした若い猫。無警戒に寝ていた彼らが、ふと眼を覚まして当方と視線があい、以後視線をそらさない。
膝の屈伸などして彼らの視界から消えようものなら、すわ接近かとアラートメッセージ、間合いをとる。視界に入ればそこで立ち止まり、当方を監視・警戒しつつ待機姿勢に移行する。
数年前よりどうも、猫とは微妙な関係にあるようである。


さて、オフィス兼自宅には、オーナーの子供たちが住んでいる。
オフィスには滅多に顔を出さないが、ごく稀に姿を見せ、これまでに数度、互いを認識しあっている。本日、どういうわけか彼らと第一種接近遭遇を果たすことと相成った。
四歳の妹にシスコン気味、イケメンでバレンタインデーの甘味獲得には困ったことがないだろうコンチキショーという八歳男子は、いかにもこれから少林寺拳法の道場に行くぜというスタイルで我が身に自己紹介をした。
兄を連れ回してなしくずしてきに自己紹介の憂き目にあわせた妹は、この職場の事情を我が身よりはよく知る先達をして「お姫さま」と呼ばわしめる小台風である。
短い自己紹介のあと、台風が問うた。

「なんさい?」

子供はどうして年齢を聞くのだろう。
時節の挨拶的なものなんだろうか。どうせすぐ忘れるくせに、何度も尋ねられては応えるということを繰り返した我が身はこの質問にはもはやまっとうに応えることはできなくなっていて、「いくつにみえるかな」と反射的に問い返すようになっている。

妹、わからないという。「ひゃくさい」とか言ってくれないと「十万三十八歳」といえないじゃないか。台風の中心勢力は意外に弱いようである。
兄、「35歳」という。なかなか見る目がある。褒めたら、はにかむよりも微かな、非常に抑制された歓喜の表情を見せた。

「なんがつうまれ?」

これは女子からはたまに尋ねられる。ヤローはまず尋ねない。

「なんがつうまれにみえる?」
この質問はアリエネーと思いながら問う。妹も兄もわからないという。あたりまえだ。

定時間際、自席に座りながらのやりとり。オフィスに子どもを連れてきてしまったのはオーナーであり、親にして上司が止めないのだから無碍にもすまいという具合ではあるが、妹は気安くもたれかかってきたりして、猫との微妙な関係との対比を思う。

数分のコミュニケーションののち、空気を読んでか、低気圧は去った。去り際、
「またきてね」
というイノセントなご挨拶をいただいたが、職場で聞かされたこの言葉は妙味で、「次回契約更新はないヨ」的な、とても斬新な風合いを感じさせるものであった。

2009年9月 3日 (木)

神の供物その2

 何故にと問う。故にと答える。だが、人が言葉を得てより以来、問いに見合う答えなどないのだ。問いが剣か、答えが盾か。
 クッキング――
 この、危険な道楽が、これこそがこの世に似合うのか。

 今回『ゴマダンゴ』

 夢ちゃんが「けっこう大変」というだけのことはある。


 こねる。ひたすらこねる。練る。練りまくる。
 なんでこんなことはじめちまったんだろうという念が来ては去る。
 白玉粉のつぶをすりつぶす作業は話に聞く鉄砂掌の修業を思わせ、明らかに鍛えられていく筋肉の感覚と逃避できぬ現実から萌芽した哲学はいつしか料理の神との交信を阻害し、へひぃとかけくっとか叫ぶ神そしてアストラギウス銀河の神と混信していたように思う。
 知らず三昧の境地きたりてはや一刻、できたてを食して賛美の言葉を思い出す。うまい。

 さすがに買いもとめたこしあんが余りまくり、なにも考えず暇つぶしにはじめて手荷物を、やがてはバンクを圧迫してやめるにやめられなくなったNorrath世界での料理をふと、思い出した。

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